第5章 : 不知火姫子 2
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「父上はもうご存知かと思いますが、来週、撫子が実家へ帰ります。それに備えて、新しい側仕えを用意いたしました」
今日はいつもと違う日だった。父と母が一緒に食事をとりに来たからだ。
それは偶然ではなく、二人が娘に重要なことを伝えるために来たのだった。
「はい……撫子から聞きました」
父と母の前では、使用人や側仕えを丁寧語で呼んではならなかった。
かつて使用人の一人が罰せられそうになった時、姫子が父に懇願したところ、両親から力いっぱい平手打ちを二度受け、「お前は神の依代である。そのような振る舞いは神々への冒涜だ」と言われた。以後、両親の目が届かない時や家にいない時にのみ、彼女は丁寧に接するようになった。
しかし実際、あの平手打ちと怒鳴り声は、周囲に「姫子の行為は神への冒涜である」と信じ込ませ、彼女を両親の支配下に置くための芝居だった。
「うむ……これまでお前は同年代の者と話したことがなかっただろう。父と母は、お前と同じ年頃の少女を側仕えとして迎えることにした」
哲近の言葉に嘘はなかった。しかしその裏にはもっと深い事情があった。
その日の朝、二人は幕府の知り合いに会い、ある江戸の豪商を紹介された。
話はまとまり、商人の息子とこちらの娘を政略結婚させ、他地域の有力者との繋がりを確保し、オランダや清からの輸入品の取引権を手中に収めることになった。
ただ一つ問題があった。姫子は家に閉じこもったままの少女で、妻としての教養が全くなかった。
そこで岐阜から少女を一人雇い、一年で姫子を教育・躾けることにした。これは両親の方便に過ぎなかった。本来なら即座に嫁がせても良かったが、相手を信用しきれず、利益を即座に与える代わりに結婚を一年延期し、「娘の準備ができていない」と理由を付けたのだった。
「あの娘の名は?」
「父は覚えていない……その日になればわかるだろう」
「はい……」
姫子はただ米を口に運び、相槌を打つだけだった。
「あの……父上、母上……一つお聞きしてもよろしいですか?」
二人は箸を止め、少し間を置いてから「言ってみよ」と言った。
「どうして……あの信者の方々は、あんなに神様の力に頼るのでしょうか。たとえ祈りを捧げても、何も起こらないことの方が多いのに」
哲近と直美はしばらく沈黙した後、短く答えた。「すべては神のご意志によるものだ」
姫子が自ら話しかけたり質問したりしなければ、二人は決して口を開かなかった。連絡事項を伝える時以外は。
この距離感が、彼女を本当の両親よりも使用人たちと親しくさせた。
使用人たちはその溝を見て取り、姫子が歩き始め、言葉を話すようになった頃からずっと彼女の面倒を見てきた。
しかし使用人は使用人だ。彼女たちは姫子と両親の問題に深く関わることはできなかった。
彼女たちは、姫子が神の依代としての務めを心から望んでいないことを知っていた。
しかしそれが定められた務めである以上、ただ最善を尽くして彼女の世話をするしかなかった。
二人の夫婦が金を欲するために行う詐欺だとは、夢にも思わずに。
もし可能なら、家族同然のこの少女を外の世界に連れ出してやりたかった。
しかしそれが神への冒涜であり、災いを招くことになると信じ込まされていた。
「ご馳走様でした」「ご馳走様」
五分も経たぬうちに二人は食事を終え、急いで部屋を出て行った。
撫子は、言葉にできないほど寂しげな姫子の顔を見つめた。
「若様……早く食事を済ませて、お休みになりましょう……」
「うん……」
撫子がさらに言葉を続けようとした時、姫子はさらに暗い表情で言った。
「どうして父上と母上は、私と話そうとしてくれないの……」
彼女は撫子の顔を見つめながら言った。撫子もこの質問にどう答えればいいかわからなかった。
「私を嫌っているの? 私が何か気に入らないことをしてしまったの?……どうしてあんな風にするの?」
撫子はただ黙っていた。彼女自身、二人が娘をどう思っているのか知らなかったからだ。
それを見て姫子は「もういいわ」と言って、崩れ落ちそうな表情で床についた。
同じ夜、馬込宿。
更屋敷 璃々緒の視点で綴る記録。
この村の昼間は非常に賑やかだった。
道沿いに店が所狭しと並び、若者も老人も、菓子から農具まであらゆるものを売っていた。
食事処も多く、村人や通りすがりの商人が「何を食べようか」と迷うほどだった。
小さな村ながら、ここは木と紙の交易の中心地である岐阜の要衝だった。
もう一つの特徴は、江戸と京都を結ぶ宿場町であること。馬込宿は「宿場町」としても知られていた。
旅人や商人が休息を取る場所であるため、昼間は商品を売る者で溢れ、夜になると森のように静かになる。
そしてここは、一人の気丈な少女が生まれた土地でもあった。
あと一週間で、彼女はこの賑やかな町を離れ、比べ物にならないほど大きく華やかな町へ向かうことになる。
小柄だが派手な装いの少女。土地の者でなければ「どこかのお嬢様か」と勘違いしそうなほどだった。
ピンクがかった中国風の髪型が珍しく、顔立ちは可愛らしい。姫子ほどではないが、村で一番美しい少女の一人と言えた。
更屋敷 璃々緒——それが彼女の名だった。
璃々緒は幼くして父を亡くし、母と弟と小さな家で暮らしていた。生活は極端に貧しくはなかったが、ある理由で十歳の頃から二人で働き始めた。宿屋や店の小間使いとして、ささやかな収入を得ていた。
十五歳の頃、母が脳の病で倒れた。二人はさらに働かざるを得なくなり、璃々緒は長女として他の町へ働きに出ることが増え、たまにしか家に帰らなくなった。
弟の玉雄は昼は蕎麦屋の手伝い、夕方から夜九時までは宿屋の雑用係(手代)を務め、休憩時間に母の世話をした。運が良ければ大名や重要人物の付き添いとして本陣(高級宿泊施設兼公式施設)へ行った。温和な性格のおかげで、彼は常にその仕事を任された。
璃々緒は容姿と話し上手さで仕事を見つけやすく、給金も良かった。現在は荷運び人として働いていた。
性的サービスを伴う仕事はせず、必要に迫られない限りはしなかった。
島原で芸者として二年働いた後、現在は荷運びに戻っていた。
その仕事ぶりから、玉雄によく「姉ちゃんは力持ちすぎて婿が来ないよ」とからかわれた。現代ならモテただろうが、当時は穏やかで可憐な女性が好まれた。残念なことだ。
小柄ながら彼女の体力は男二人分に匹敵し、それが村の男たちから求愛される機会を減らしていた。
その日、彼女は寺町から幼馴染の雇い主と共に戻り、弟が働く宿屋に立ち寄ることにした。
「姉ちゃん! お兄ちゃん! こちらです! 熱々の蕎麦と温かい布団はこちらですよ!!」
温和な弟が大声で二人を呼んだ。
「よお……どうだ、玉雄」
「久しぶりだな、池田さん」
玉雄は気さくに二人を迎えた。
「よお、ガキ。大きくなったな」
「久しぶりだな玉雄。母上はどうだ?」
「前よりはだいぶ良くなったけど、丸山先生が数ヶ月安静にって言ってるよ」
「そうか……どうする? 家は遠いし、帰るかここに泊まるか」
璃々緒は雇い主に親しげに尋ねた。
「ここに泊まるよ。玉雄、部屋は二つ空いてるか?」
「空いてますよ。料金はいつもの二百文です。どうぞ」
玉雄の後ろには足洗い用の桶があり、裸足で歩く時代のため、足を洗ってから上がるのが礼儀と清潔のためだった。
「荷物は俺が預かる。二人は先に帳場へ行ってくれ」
宿屋は将軍家の法により宿帳を厳格に管理しなければならず、怪しい客には前払いを求めることもあった(通常は朝に支払う)。
「よう、八五郎の叔父さん。久しぶりだな」
「犬も食わねえような口を利けるのはお前くらいだぜ、池田」
「ええ……そんなに言わなくてもいいだろ。ところで、いつになったら直江ちゃんを俺にくれるんだ? この宿も後継ぎが必要だろ」
二十歳になったばかりの若者が、宿の主人である叔父に馴れ馴れしく話す。
土地の者でなければ追い出されるか殺されるような物言いだったが、皆慣れていた。
青山 池田は、江戸の豪商・青山家の次男だった。
一族は国内外の交易で成功を収め、日本各地に分家を持つ名家だった。
しかし江戸の裕福な生活に飽き、九歳で家出して商人の一人旅に同行し、この商人の故郷であるこの町に落ち着いた。
数時間前、青山家の当主と不知火家が、長男・明一と姫子の縁談を決めたばかりだった。池田はその時、寺町から璃々緒と商人の友人たちと話しながら戻っていた。
「俺が娘をやるくらいなら、一生独身で過ごさせた方がましだ」
「ひどい言い草だな、まったく……!」
池田がさらに言い返そうとした瞬間、幼馴染の璃々緒が彼の頭を力いっぱい叩いた。
「ちょっと!!! この馬鹿!! そんなこと言うんじゃない!! 早く名前を書け!!」
「すまん……」
記帳を終えると、池田は苦笑いの女性従業員と共に部屋へ向かった。
「ありがとな、お前」
「ふん……あいつは叩かれないと直らないのよ。あいつはただの口達者で、実際は何もできないんだから」
遠くから「聞こえてるぞ!」という声がしたが、璃々緒は無視した。
「ええと……更屋敷 璃々緒、出身は寺町……目的地は書かなくていいよね」
「こちらへどうぞ」
部屋に着くと、玉雄は茶と客用食事の準備をした。宿屋には他の客と一緒に食事をする共同の食堂があり、交流の場となっていた。
「失礼いたします」
別の女性従業員が熱い茶と菓子を持ってきた。
「あら、由美子さん。久しぶりね。最近の仕事はどう?」
璃々緒は茶を飲みながら由美子の出した菓子を味わった。
「もうすぐ夏ね。春ほど客は多くないわ。まあ……のんびりと言えるかしら……」
「それでいいじゃない。春はみんな家に帰れないほど忙しかったんだから、休めてるわよ」
「そうね……でも最近は景気が悪くてね。客が減ると値上げもできないし」
由美子は悲しげな顔をした。高収入の仕事とはいえ、状況が悪化すると生活も苦しくなる。
「ほんとね……私も明日から新しい仕事よ」
「えっ! 璃々緒ちゃん、また仕事変えるの? どうしたの? 池田くんと一緒に働いても稼ぎが悪いとか? それとも池田くんが何かしたの?」
「違うわよ。本当は荷運びも稼ぎはいいんだけど、浅草の大物から直接手紙が来て雇ってほしいって言ってきたの。断るのももったいないと思って、受けることにしたの」
「もう仕事変えないって言ってたのに……玉雄は知ってるの?」
「まだ言ってないわ。機会があったら伝える」
「まったく……みんな心配してるのよ。女の子が遠くで働くなんて。でもまあ、本人の決断なら近所の私たちが口出しできることじゃないわ。でもそんな遠くからわざわざ手紙で雇うなんて、相当重要な仕事なんでしょうね」
「ええ……手紙が来るなんて最初は冗談かと思ったけど、本物だったし、仕事内容も簡単なのに報酬がいいの。まるで騙されて売り飛ばされるみたい」
「もう……璃々緒ちゃん、そんな怖いこと言わないで……」
「ははは」
その時、軽いノックの音がした。
「ほら……飯を食いに行こうぜ」
池田と玉雄の声だった。
璃々緒は月を見上げた。玉雄の仕事が終わる時間だった。二人は宿の共同食堂へ向かった。
ぐうううう……
ピンク髪の少女のお腹が大きく鳴った。
「……へへ、ちょっとお腹空いちゃったみたい」
「璃々緒ちゃん!! 恥ずかしいわよ!」
二人が大笑いしていると、池田が「うるせえ!!」と叫び、全員で食堂へ降りた。
「じゃあ俺、今日で仕事終わりです、親父」
「うん……せっかく兄貴が来たんだ、飯を一緒に食ってから行けよ。久しぶりだし、飯代は俺が持つ」
「ありがとうございます!!!」
玉雄は素早く夕食の席へ向かった。
「さあさあ、座って食おうぜ」池田はいつものように気さくに少年を誘った。
「俺たちもこんな風に一緒に飯食うの久しぶりだな」
「五ヶ月だけだろ。別に長くねえよ」
「でも長いよ……本当は毎月こうして飯食いたいんだけどな」
池田は弟のように慕う少年の無邪気な言葉に小さく笑った。
「お前も知ってるだろ。商人はいつも旅してるんだ。ずっと同じ場所にいられるわけねえよ」
玉雄は少し寂しげな顔をしたが、長くは続かなかった。璃々緒が五冊の文学書を差し出したからだ。
「好きだって聞いたから買ってきたよ」
「ありがとう、姉ちゃん」
「緑茶も買ってきたわ。宇治の良いやつよ。お母さんと一緒に飲んで」
「ありがとうございます、池田さん」
池田は幼い頃、荷運びをしていた。自分を拾ってくれた商人に恩返しするためだった。
三人(池田、商人、璃々緒)は十歳の頃、団子の店で偶然知り合い、それ以来親友となった。
池田はいつも自分の金で土産を二人に買ってきた。成長し、商人が引退すると池田が商いを継ぎ、璃々緒が荷運びとして加わり、日本各地を回った。
たまに故郷へ戻り、土産を届けるのが常だった。
寂しい思いもしたが、玉雄は優しくて可愛らしい少年だった。最近は村の人々が彼に声をかけるようになり、寂しさを感じなくなっていた。
「池田さんと姉ちゃんは、この町にどれくらいいるんですか?」
いつも帰り際に聞かれる質問だった。
「俺は二ヶ月だけど、姉ちゃんは一晩だけだ」
璃々緒は驚いて茶を吹き出しそうになった。
「えっ……待って……まさか、また仕事変えたの?」
弟の心配そうな顔が浮かんだ。それは璃々緒が一番見たくない表情だった。
「あら……知らなかったのか? 不知火家がお前の姉ちゃんを、一年だけ娘さんの側仕えに雇ったんだぜ」
手紙の内容を彼女は誰にも(池田にも)話していなかった。どうしてこの男が知っているのか——璃々緒は非難の目を池田に向けた。
「お前も知ってるだろ、俺は手が早いんだよ」
しゅっ……池田は折り重なった手紙を取り出して見せた。
「その手紙!! やっぱり……寺町からの帰りに見当たらなかったわけだ」
「姉ちゃん、また仕事変えるって言ってたのに! 池田くんと一緒に働いてる方がいいじゃん。母さんの具合も良くなってきたんだし、もう昔みたいに重労働しなくてもいいのに」
「……お前も知ってるだろ。俺は母さんと上手くいかないんだ」
少女の脳裏に、残酷な過去の光景が蘇った。
「……またか……もう過ぎたことだよ、姉ちゃん。母さんが俺を殴ったことはもうずっと昔のことだ。母さんはあんなことをしたけど、それでも俺たちの母さんだよ。仕事やめて、家に帰ってきてよ。お願い……」
[母さん!! やめて、玉雄を殴らないで!! お願い……]
[母さん、お姉ちゃんを傷つけないで。お姉ちゃんは何も悪くないよ]
[お前たちはただの重荷だ!! 今日金を持って帰ってこなければ、家に帰ってくるな!!]
[お兄ちゃん!! もうやめて!! 母さんを傷つけないで、だめだ!! 母さんが怪我するよ]
「……ごめん。やっぱり無理だ」
母が脳の病になった原因は、璃々緒が耐えきれず、玉雄と自分を激しく殴る母を逆に傷つけたからだった。頭部に重傷を負わせ、村人たちは二人が日常的に母から暴行を受けていることを知っていたが、見て見ぬふりをした。
「……一年だけなんだろ?」
「うん……」
池田は張り詰めた空気に耐えきれず、話を変えた。
「ほら……飯の時に重い話はよくないぜ。さあ、食べよう、食べよう。もう冷めちまう。ところで玉雄、お前、好きな女はできたか? 俺が紹介してやるよ」
池田はいつもの軽い調子で話題を逸らした。
「あ……えっと……まだです」
「俺が吉原に行った時は美人がいっぱいだったぜ。ああ、でも島原も負けてねえな……おいっ!!!」
「うちの弟をあんたの汚い世界に近づけないでくれる!?」
当然、幼馴染の鉄拳が飛んできた。
しかしそのおかげで兄妹の緊張は和らぎ、璃々緒は池田の袖を軽く引き、「ありがとう」と囁いた。池田は微笑んで頷いた。
「実は二ヶ月後、俺は浅草に引っ越すつもりなんだ。叔父さんと一緒に。品物を売るつもりだ。お前も母さんを連れて来いよ。具合も良くなったんだろ」
二人は驚いた。璃々緒は二人を連れて行けば送金や手紙の手間が省けると考えた。
「いいんですか!?」
「ちょっと待って……」制止したのは璃々緒だった。
「品物を売るって……外国の品物なの?」
池田が黙って答えると、璃々緒はすぐに心配そうな顔をした。
「将軍様はオロシャ(ロシア)やイギリスとの交易を禁じてるのよ。こんな馬鹿なことやめなさい」
「悪いな。でも俺の血には商人の魂が流れているんだ。シャム(シャム)の鹿皮や象牙を売るのもいいが、火縄銃や切支丹書(キリシタン教書)は地方の大名に高く売れるんだぜ」
「冗談じゃないわ。本気で心配してるのよ」
池田は「てめえは娘を金儲けの道具に使ってる一家に雇われるくせに」と言い返したかったが、飲み込んだ。
「わかったよ、わかった。また売らないって約束する。心配かけて悪かった」
少女は安堵のため息をついた。
「口約束だけじゃだめよ。私は他人としてじゃなく、幼馴染として言ってるの。だから二度とやらないって約束して。いい?」
璃々緒の真剣な表情と言葉に、池田はすぐに罪悪感を覚えた。
「そんな顔されると、地面に埋もれて逃げたくなるぜ。まったく」
「ごめん」
「じゃあ二ヶ月後、俺も池田さんと一緒に行きます。よろしくお願いします」
「ああ……」
三人は食事をしながら他愛もない話を続け、欠けていた大切な時間を埋めていった。
人は大きなものを求めなくてもいいのだという。
ただ食べて、寝て、遊び、身近な者と話すだけで幸せになれる。
璃々緒はいつもその頃の自分を思い出す。
派手さのない、シンプルな生活。それが彼女の夢見る人生だった。
滑稽に聞こえるかもしれないが、幸せな時間を振り返れば、それ以外に思いつかない。
三人は星空の美しい夜に、語り合い続けた。
別れとは言えない別れを待つかのように。
一夜はあっという間に過ぎ、更屋敷 璃々緒は岐阜を発ち、浅草へと旅立った。
「この二ヶ月、母さんと玉雄を頼む。信じてるぜ」
彼女は幼馴染に別れを告げた。
「体に気をつけてね。二ヶ月後に会おう」
彼女は弟に別れを告げた。
少女は商人の一団と共に浅草へ向かい、主と出会うために旅立った。
騙され利用されるお嬢様と、歯を食いしばって幸せを掴もうとする田舎娘の友情の物語が、今、始まった。




