第五章『君の気持ちを』(3)
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次の日、雪と新宿で待ち合わせをした。
いまだに慣れない大きな街のせいで、待ち合わせ場所の改札の出口が分からなくて着くのがギリギリになってしまった。待ち合わせ場所には、既に雪がいた。
「遅れてごめん。待った?」
「まだ待ち合わせ前なんだから大丈夫だよ」
そう言ってそのまま均と雪は歩き出す。
「それで、何食べるの?」
「これっていうのは決めてないんだよな。雪は何か食べたいものある?」
「新宿はいろんな店あるから逆に迷うよ」
「雪のおすすめとかでもいいよ」
「私のおすすめなんて女子が好きそうな所しかない。均が食べたい物にしようよ」
「食べたいものか。……俺はラーメンかな」
見渡せばラーメン屋が数軒視界に入る。
東京に来てやりたいことの一つにラーメン屋巡りがあった。
東京には均のいた所とは比べ物にならないくらいラーメン屋がある!
「ラーメン屋?」
雪は全く予想外だったのか、反応が薄かった。
「ごめん。女子はあまり好きじゃないか」
「そういうわけじゃなくて、そんな食べないから。均は好きなの?」
「めちゃくちゃ好きだよ! 高校までは田舎に住んでたし、店の数が少なかったから、大体決まった所で食べてたけど、もうそんな我慢しなくていいんだ!」
目をきらきらさせて言ってしまっていた。
「じゃあラーメン屋行こうよ」
「え、いいの?」
「いいよ。私もラーメン食べてみたいし」
ということで、均達は豚骨ラーメンが売りのラーメン屋に足を踏み入れた。
カウンターに案内され、横並びで座る。夜ご飯には早い時間帯だった為、店内は空いていた。
まさか女子とラーメン屋に入れるとは思わなかった。
もう少し気の利いたところにしたほうが良かったかな、と少し後悔した。雪の様子を伺うと、あまり気にしていないようだったので、ほっと息をついた。
雪は一番人気の豚骨ラーメンを頼み、均は二番目に人気の豚骨チャーシューラーメンを頼んだ。
「雪は友達とどこで遊ぶの? 東京の高校生が遊ぶところってどこなんだ? やっぱり渋谷? 雪と初めて会ったのも渋谷だし」
あの町で見ていたテレビでは、若者の街は渋谷が印象的だった。若者の最先端は渋谷から始まるとテレビで流れていたのを思い出す。
「渋谷もよく行くよ。後は原宿とか。でも学校帰りとかなら高校の最寄り駅の沿線で遊ぶかな」
「そうなんだ。東京は遊べるとこ多くて感動するよ」
「均が高校生の時はどこで遊んでたの?」
「市街地に出るか、隣の市に大きな複合施設があったから大体そこに行ってたな。知り合いばっかだったけど」
そんな取り止めのない会話をしていると、暫くしてラーメンが運ばれてきたので、二人同時に一口口に運んだ。
「美味い!」
「美味しい!」
均と雪は顔を見合わす。
「口に合ったなら良かった。思ったよりしっかりした味付けだったから、女子ウケするか心配だったけど」
「そんなの関係ないよ! 本当に美味しい!」
思った以上に雪は感動しているみたいだった。普段の生活は、本当にラーメンを食べる習慣がないのだろう。
「それなら良かった!」
「友達とも家族ともあまりラーメン屋行かないけど、こんな美味しいならまた食べたいかも」
「ラーメン好きだから、ラーメン屋巡りしようと思ってて——」
「もし良かったら雪もラーメン屋巡りしない?」と聞くと、雪はこちらを向いて嬉しそうに笑って頷いた。
雪の笑った顔を初めて見たな、と均は思った。
雪がやっと年相応の笑顔を見せてくれた。その年相応の笑った顔を見て思う。
この目の前にいる少女をもっと笑顔にしたい。自分がこの少女を笑顔にしたいと思った。
その後は、予想以上に美味しかったので、均と雪はほぼ無言で食べ進めていた。
横目で雪を見る。
雪も美味しそうにラーメンを啜っている。
すると、雪の耳にかかっていた髪がさらりと落ちる。その拍子に髪がラーメンの中に入りそうになった。
「あ、スープにつくよ」
「……っ!」
咄嗟にスープにつかないように髪を支えると、雪は髪を抑えながら真っ赤になった。
「ごめん! 気になって髪触っちゃった……」
高校二年生の女子に許可なく触れてしまうなんて、犯罪になったりしないかと顔が真っ青になった。
「それはいいんだけど……髪結んできたらよかったね。髪結ぶとあまり似合わないんだよね」
「そうかな? 普通に髪くくってるのも似合うと思うけど。あーでも確かに雪は髪下ろしてる方が似合うと思う」
「……髪下ろしてる方がいい?」
瞬間、教室の窓から入る風に揺れる、優香の綺麗な黒い髪を思い出した。
「……俺は髪下ろしてる方が好きだな」
「……そうなんだ」
「って、何言ってんだって話だよな。ラーメン伸びるし早く食べよう」
「うん、そうだね」
雪は髪が落ちないか少し気につつ、ラーメンを食べる。
雪も傍から見れば普通の女子高校生だ。心だって苦しんでいる。
雪は異物の事情なんて知らなくていい。その代わり、均自身が異物の事を知っていけばいい。
小学生の時から使者として過ごし、苦しんできた雪の負担を少しでも減らせる手がかりを掴んでやるのだ。
ラーメンを食べ終えて、少し駅周辺を探索した後、雪を最寄り駅の改札前まで送った。
「今日は急に誘ったのにありがとう。あのラーメン屋は当たりだったな」
「こちらこそありがとう。ラーメン美味しかった」
雪はそのまま解散する勢いだったので、均は言った。
「本当に些細なことでもいいから、連絡してほしい。使者とか関係なく、普通に友人として接したい」
「…………」
「使者として思い悩んでいる気持ちは簡単に切り離す事ができるわけじゃないけど、それでも使者として想う時間が少しでも無くなってほしいんだ」
「……均」
「……とか大層な事言ってるけど、その気持ちに嘘はないんだ」
雪は複雑な表情を見せつつも、小さく頷いた。
「……分かった。異物関連以外でもメールとかするよ。じゃあね」
改札を出ていく雪を見ながら携帯を取り出した。
時間は二十時過ぎだった。そのまま電話帳を開く。宮辺瞬の名前と電話番号が画面に映った。
瞬に優香の事を聞こうと思ったのだ。手がかりがないので、行動したほうがいい。とにかく優香に繋がる何かが欲しい。そのままあの男の事も分かるような流れになってくれたら——と思った。
連絡なんて、瞬が東京に行って以来一度もしたことがない。他の同級生から二年ほど前に瞬の携帯番号を教えてもらっていたから番号は知っていた。
しかし通話ボタンを押す事に緊張する。
受話器ボタンを押そうとして止める動作を何回も繰り返した。均は我ながら情けない気持ちになった。
でも優香の行方を知っている可能性はある。聞いてみる価値はある。否、聞くべきだ。
心に念押ししてから通話ボタンを押した。数回呼び出し音が鳴って、瞬が出た。
「……もしもし、均だけど……分かる?」
『あ、均? もちろん分かるよ。久しぶり』
もしかしたら電話番号が変わってしまっている可能性も考えていたが、杞憂に終わった。
「久しぶり。急に電話して悪い」
『それは全然かまわないけど、何かあった?』
なんとなく、一人でどぎまぎしながら言う。
「俺、四月から東京の大学に通ってるんだ。せっかくだし近々会わない?」
『もちろんいいよ! 均も東京の大学なのか! どこの大学?』
「M大学だよ。瞬は——美術系とか?」
『M大学ってきいたことある。俺はそうだよ、美術系の大学に入れたんだ』
「……へぇ、凄いじゃん」
『そうだ、会うなら大体の日にち指定していい?』
「いいよ。いつがいいんだ?」
『ゴールデンウィークの前半辺りってどこか予定空いてる?』
「空いてるよ」
『そのゴールデンウィークに、同級生とか先輩たちとグループ展を開くんだ。せっかくだから見に来ない? 入場料はいらないし』
「グループ展?」
『そう。各々作品持ち寄って合同で展覧会開くんだよ。まぁそんな規模は大きくないけど。俺がシフト入ってる時に来てくれたら嬉しいなって』
「俺も見てみたいからその期間中にしよう」
『ありがとう。詳しい場所とかはメールでいいかな?』
「うん、いいよ」
メールアドレスを教え合い、電話を切る。
均は携帯電話を見ながら、大きく溜め息をついた。




