第五章『君の気持ちを』(2)
この日の講義が終わって大学を出ようと、敷地内を歩いている時に携帯電話が鳴った。
サブディスプレイには雪の名前が映し出されていた。
「もしもし、雪? どうした?」
「……テレビの夕方のニュース見た?」
「見てないけど、何かあった?」
「……秋本誠司が捕まった」
「え?」
均が呆けたように言うと、雪は事務的な声色で言った。
「中村佳奈を殺したのは、秋本誠司だって」
「……やっぱり、あの時の縁がそうさせたのか?」
秋本誠司が中村佳奈を殺したのは自分だと言っていたことは、縁によるものだと均たちは結論づけていた。だから衝撃と納得が同時にやってきた。
「うん。私以外に縁を使った誰かが、秋本誠司の縁を捻じ曲げたんじゃないかなって思ってる」
立ち止まって話をしていたが、近くにあったベンチに腰掛ける。もうこの日は講義がないので、ぞろぞろと学生が門に向かって歩いていた。
「でも実際のところ、犯人じゃないのに犯人にできるのか? 捕まるって、普通に考えてかなり難しくないか?」
「縁の性質上は可能だと思う。その分、縁の発動範囲は大きくなるけどね。辻褄合わせが大変だし、本人の思考にも関わってくるし、私くらいのレベルじゃ無理な縁の力だよ」
「じゃあそれをやってのけた縁は、あの男の縁なんだな? 死体の場所も縁でどうにかできるとするなら、ある程度は辻褄が合う」
「ホテルで別れた後、あの男は中村佳奈を家まで殺しに行った可能性もあるよ。中村佳奈の家の合鍵を作ることが予め可能だったなら、密室殺人も可能だし」
「そうだな。あの男は、自分が中村佳奈を殺した事を隠したかった。それで縁を使って秋本誠司を犯人にした。実際に全く関係ないって方が変だ」
「……でもまだ分からない。少なくとも、私が今まで出会った異物達は縁を使わなかったから」
「雪は異物だと聴こえたらすぐに行動に移してたから、もしかしたら本来は異物も縁を使えるって思っておいた方がいいと思う」
「もし縁が使えるにしても、あの男を殺さないといけないことには変わらない」
「でもこの流れで行くと、あの男はこの先、雪と接触しないようにしてきそうだよな」
「今回みたいなことは経験したことがないから、今後どうなるか分からない。それでも殺せって声が聴こえてるということは、いつかは世界が縁を紡ぐ。均に協力しろって声も聴こえてるから、きっとどこかであの男を見つけられると思う」
「まぁ焦っても仕方ない……か」
そこで均は先程の緑の銃の事を思い出した。
「……そういえば、数珠のことなんだけど、雪ってこの数珠が元々一般人には見えないものって気づいてた?」
「もちろん。均も分かって付けてたんでしょ?」
「……いや、今日気づいた……今まで全く疑問に思わず付けて過ごしてた」
「変わった色の配色ではあるけど、あまり意識してないと普通の数珠にも見えるからね」
「緑の銃に変えた時は、普通じゃない輝きだからどう見ても分かるんだけどな。緑の銃も一般人には見えてなかった」
「その銃って使えるの?」
「一応弾が入ってる感じするし、人気のない所で撃ってみようとは思ってる。これから役に立つかもだし、この力が守らないといけない事に繋がってるかもしれないし」
雪は「そうだね」と返したが、その声が心なしか元気がないように感じた。
「均はこれからどうするの? 私は均に協力するように聴こえてきてる。でもあの男を探すにしてもいつ見つけられるか分からない」
雪にそう言われて、均は口を閉じる。
雪の縁を頼りに、均はただ待つだけだ。でも、だからと言って「雪からの連絡を待つよ」という言葉は言いたくなかった。
均にできることは何があるのだろうか。
今、均が使者と異物の間に干渉することはできないのだろう。
中村佳奈は、秋本誠司に殺された。
確かに可能性としては十分に考えられる。実際あの男に殺されたところを見たわけではないからだ。事実、逮捕された。
しかし、今回はそれが問題ではない。
縁を使える誰かが秋本誠司を犯人にした可能性が高いのだ。一連の状況的にあの男が犯人な気がしてならない。
使者には縁が使える。異物も縁が使える可能性が高くなっている。
人の想いや行動を改ざんでき、世間に公にならないように異物を排除することができる力。
使者によって個人差はあるが、警察にも見つからないし、万が一、人がいても使者の行動を認識できないようにすることもできる。
でも根本的な何かが分からない。そもそも異物とは何か。なぜ異物が存在し、使者が存在しているのか。
雪の言う、世界とは何か。
雪は深く考えないようにしているし、そうしたとしてもおかしな事ではない。均だって好きで人殺しなどできない。
異物になった理由を知ったところで殺す事に変わりはないのだ。そんな状況は苦しいに決まっている。
それに異物が縁を使えるということになれば、使者はかなり不利になってしまう。
やはり異物について調べたほうがいいと思った。
「俺は、絶対に優香の行方を知りたい。あの男を追うことで優香の行方を知ることができる筈だから。俺にできることは殆どないかもしれないけど、できることはなんでも協力する」
「そう。じゃあ均にできることはないから、とりあえず普段の生活に力を注いだほうがいいよ」
ぶっきらぼうな言い方だった。電話越しなので余計にそう聴こえた。
「確かに均は縁の影響を受けないみたいだけど、使者や異物とは違う。日常の生活ができるんだから、した方がいいよ」
ぶっきらぼうに聴こえるのは、今の状況に納得していないからだ。今まで異物の事を知る事なく行動をしてきて、それが今、分からないという状況に陥っている。
それでも知りたくないという気持ちも強くあるのだ。
この雪の声色は、かなり落ち込んでいるのだと判った。
どうにかしてあげたいと思った。
「とりあえず話はそれだけだから。何かあったらまた連絡する」
雪は電話を切ろうとしたので、均は反射的に声を上げた。
「ちょっと待って!」
「……何?」
「ええと……」
このまま電話を切ったら、雪との関係が本当に最低限のものになってしまう。
優香との関係を後悔した事が思い出される。
少しでも雪の気持ちに寄り添いたかった。
「明日って何か予定入ってる?」
ワンテンポ遅れて雪は反応した。
「……別にないよ」
「ほんと? じゃあどっか行かない? 学校終わりに晩御飯でも一緒にどうかなって」
「…………」
沈黙が思った以上に長いので、軽く言ってしまった自分が恥ずかしくなった。
「も、もちろん無理にとは言わない! 俺は使者とか関係なく、雪と接したいんだ。普通の友人として晩御飯を……」
近くに知り合いがいなくてよかったと思った。大喜なんかに見られようものなら絶対に揶揄われる。均は無意識に辺りを見渡していた。
「……わかった。いいよ」
「そうだよな! 無理に決まって、るよ、な……?」
「…………」
「え? いいの?」
「いいよ。明日予定ないから」
「よかった! ありがとう」
その後、待ち合わせ場所と時間を決めて、電話を切った。
心底ほっとして、大きくため息を吐いた。
進展がない間は、せめて雪が使者として悩む時間が少しでも減ってほしいと思った。
雪に寄り添うことで、雪が思い悩むことを少しでも一緒に考えることができたらいいなと思った。
逆に言えば、それくらいしか、今の均にできることなんてなかった。




