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ジェームズ氏の幸福な毎日  作者: 中嶋羅門
美しい日
2/3

美しい日 2

 映画館でロードショウを一本見てしまうと、僕はアウトド アの専門店へ行って、コンロと固形燃料、小さな鍋、それにお湯だけでできるインスタント食品をいくつか買いこんだ。

 次に書店で星座盤を買い、文房具屋で買った赤いセロ ファンを懐中電灯に張ると、バイクに跨って市街地を出た。

 田園地帯を抜けて、田舎道を走る。道路沿いに適当な場所 を見つけて、テントで簡単な基地を作り、インスタントの コーヒーを淹れた頃には、夕暮れの存在は薄く、夜の帳が落ちてきた。

 夜になる前の、空の赤い部分が消えるあの一瞬の時間。

 僕は幼い頃からこの時間が好きだった。もっとも密かな孤独の時間。

 冷たい風が頬ををなぞった。 ヘッドフォンの中では、U2が「With or Without you」を演 奏していた。

 ――『君が居ても、居なくても』か。

  僕は、彼女の事を思い浮かべた。つい最近、別れてしまっ た恋人の事だ。

 彼女の黒い髪、素直な声、笑うと線のように細くなる目。 君は―――僕が居ても、居なくても、きっと幸せになる だろう。だけど、僕は彼女が居ても、居なくても僕は生きていけない。

 かといって、僕に何ができるだろう?

 なぜなら、彼女を傷つけてしまったのは 僕なのだ。もう取り返しはつかない。いや、きっとつかない方が良 い。 そうだ、そうなんだ。

 ――考え事から復帰すると、世界は 月と星の明かりで青白く染まっていた。草や木や銀色のマグカップ、そして、きっと僕でさえ。 夜空を見上げると、春の星座がちらほらと見えてきた。 春の星座は小熊座、大熊座。

しし座のレグルス。

 うっすらと、あの懐かしい天の川も見えてきた。あの時と 同じ、満点の星空だ。

 今夜は空気が綺麗なせいだろうか。星は瞬かなかったが、それでも刻一刻と流れていく空はなんとも感動的だった。

 人は何故、星空を美しいと思うのだろう?

 それはきっと――またゆっくりと、目を瞑る。

 ベースがタイトに8分のリズムを刻む音と、僕の心音に重なる。

 柔らかに、夜の冷気が僕を包み込んでは、また去っていった。 ゆっくりと思考がぼやけて、抽象的な記憶の断片がモザイ ク模様になって僕を取り囲む。

 止め処もなく思考を巡り続けるのは、やっぱり彼女の姿だった。 あぁ、笑ってくれ。結局、今の僕には彼女しかないんだ。

 思い出す。彼女の瞳の中には、今夜と同じく美しい星が見 えた。不器用な女の子との不器用な恋。

 彼女の手が僕の顔 に伸びる。むき出しになった悲しげな瞳で僕を見る。無くしても消せない想い。

 彼女は何かを言おうとするけど、僕 にはその声が聞こえない。でも、本当は知っている。その

 声が何を言っているのかは、僕が一番知っているんだ。そ う、きっとこう言うんだ

「大丈夫ですか?」

  誰かの声に目を覚ますと、目の前に人が居たのでびっくりしてしまった。

 ちょっと、うとうとしてしまったみたいだ。

「失礼。あの車から何も無い所でうずくまっている人が 見えたもので……」

 そう言いかけた彼がハッと表情を変えたのが、 暗闇の中でも分かった。

「あぁ!昼間の方じゃないですか」

「奇遇ですね」

 暗かったのと、ぼうっとしていたので気づかなかったが、 そこには昼間の外国人が立っていた。カフェでコーヒーを ぶちまけたあの宣教師だ。

「本当にすみませんでした」

「大丈夫です」 と、僕は言った。

 実際、この所、誰かにコーヒーをかけて 欲しいくらい腐ってたんだ。 しかし、自分の口から出た声はとても冷たかった。

「そうですか……」

 続く言葉を探すように、彼はしばらく考えていたが、

「ええっと、何をしてらしたんですか?」

 と言った。 

「星を見てたんです」

 僕はそう答えたが、自分でも驚くほど平坦な声だった。言って後悔したくらいだ。

 しかし、彼は僕の声の表情など気にしなかったようで、

「あぁ、なるほど。確かに、ここは星も綺麗だ」

 と、笑いながら言った。

 くしゃくしゃのいい表情だ。

「私も時々星を見に来ます。この土地に住んで十年以上になりますが、今でもこの星空は見飽きません」

  彼は幸せそうに笑っていたが、すぐに申し訳なさそうな顔 をして、

「昼間は本当にすみませんでした。たまにやっちゃうんで すよ、あれ。さすがに、人にかぶせちゃったのは初めてですが。本当に大丈夫でしたか」

 と、何度目かのお詫びを言った。

「さっきもお伝えした通り、今日来ていた服はキャンプ用に防水仕様でしたから、 ちょっと拭けばなんて事はなかったです。安心してください」

  僕がそう言うと、彼はいくぶん安心したようだった。

 やはり感じがいい。 そう思うと、僕はさっきの自分の態度に軽く自己嫌悪を感 じた。

 フェアじゃない。

 そういう気持ちもあって、気がつけば、 「よかったら、コーヒーでも飲みませんか?その、昼間飲 みそびれた分を」と、彼をこのキャンプに誘っていた。

 月明かりは、時として人の心を開放させる。3分前のイラ イラは綺麗になくなっていた。

「インスタントですけど」

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