08 夢遊病 03
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「夢遊病です」
サラからの問診を終えて、スコープ医師は言った。
「夢遊病?」
「ここ数ヶ月で起こった激しい環境の変化は子供にとっては大きな心の負担になります」
「わたくしの心が弱いばかりに、ご迷惑を……」
そうしょんぼりするトリスティアにスコープは首を横に振った。
「トリスティア様の心が弱くて病気になったのではありません。トリスティア様の置かれた状況では、誰しもがストレスを抱え、そして、病気になってしまっても仕方ないのです」
「そうなのですか?」
首を傾げたトリスティアにスコープは肯定を示して頷いた。
「サラも?」
トリスティアはサラを見上げて首を傾げた。
「はい。トリスティア様。私が夢遊病になってもお許しくださいますか?」
「サラがなったら、わたくしが守ってあげますね」
あまりにも可愛いことを言われて、サラは思わずトリスティアを抱きしめた。
「それじゃ、アルスター様もなるの?」
その場の全員が「え?」と少し固まり、アルスターを見た。
「いや、大公殿下は……」
スコープも困ったように言ったが、その言葉をアルスターが押し除けるように言った。
「そうだな! 私も心が弱ったらそうなるだろう!」
アルスターのやけに力強い言葉に、トリスティアは何やら納得したように一つ頷いた。
「それじゃ、アルスター様が困った時も守ってあげます」
トリスティアのまっすぐな眼差しと言葉に心を打ち抜かれたアルスターは死ぬかと思った。
しかし、悠長に死んでいるわけにはいかない。
「私も! トリスティア様! 私も! 怖いことがあったらきっと病気になってしまいます!」
「俺もです!」
「僕も!」
フランツをはじめとした部屋にいた者たちが次々に自分もだと声を上げた。
「大人のみなさんもなってしまうものなのですね」
「そ、そうですね」
スコープは少しひきつった表情で答えた。
「しばらくは、不安がおさまるように、誰かと一緒に寝るのがいいかもしれませんね」
「それなら私が」と、サラが名乗り出たが、トリスティアがそれには首を横に振った。
「トリスティア様、私ではお嫌ですか?」
「違います。でも、わたくしは不幸を呼び込むと王太子様はおっしゃいましたから……」
トリスティアの瞳は不安に揺れる。
「マリアンヌ様は、わたくしといつも一緒にいてくださいました。だから……」
トリスティアの言葉が途中で途切れた。
みんなが「トリスティアは悪くない」「トリスティアが不幸を呼び込んだわけではない」と否定しても、たった一人の悪意ある言葉が小さな少女を苦しめているのだ。
「それなら、私がトリスティアと一緒にいるよ」
アルスターはトリスティアの小さな手を取って、そして、不安に揺れる瞳を覗き込んだ。
「でも、アルスター様に何かあったら……」
「トリスティア、私が病にかかるように見えるかい?」
アルスターに聞かれたトリスティアは首を横に振った。
先ほど、アルスターは心が弱ったら自分も病になるだろうと言っていたけれど、正直、トリスティアにはアルスターがそんな弱い存在には見えなかった。
心の病にだって、体の病にだって、アルスターはなりそうにない。
トリスティアにはアルスターが無敵に見えていた。
「それじゃ、落馬するように見えるかい?」
再びトリスティアは首を横に振る。
アルスターが馬から落ちるところなど想像もできない。
「たとえば、暗殺者が来たとして、負けるように見えるかい?」
その問いかけにもトリスティアは首を横に振った。
アルスターが剣を振るえば、一太刀で暗殺者など吹き飛びそうだとトリスティアは思った。
「それなら、トリスティアと一緒にいても私は大丈夫だと思わないか?」
悲しみの聖女というのは、不幸を呼び寄せる存在ではない。
人の身に降りかかった悲しい不幸を癒す存在だ。
しかし、不安に駆られているトリスティアには真実よりも、嘘をなぎ倒すような存在が必要だと思い、アルスターは自分がいかに強いかを語ってみせた。
「トリスティア、君が安心できるまでは、私と一緒にいてみないかい?」
「……はい」
トリスティアは勇気を振り絞るようにして頷いた。




