04 喜びの聖女
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一方、その頃、聖王国のとある神殿を王太子が訪れていた。
「悲しみの聖女の神殿の巫女たちがもっと抵抗するかと思っていましたが、思った以上にあっさりとあの子の追放を受け入れましたね」
「追放の命を騎士団長に持って行かせたのが効いたのかもしれない」
「さすが、王太子殿下ですわ。無駄のない見事な采配ですわね」
王太子が伸ばした手を避けることなく、手を重ねた彼女は喜びの聖女の座についているサンドラだ。
貴族出身の彼女は美しい身のこなしで、王太子の手に引かれるまま、その腕の中に収まった。
「サンドラ、君が悲しみの聖女の神殿も使うといい」
「まぁ、よろしいのですか?」
「ああ、この世は全て君のものだよ」
年上だが小柄な女性であるサンドラを抱きしめて、王太子は喜びの聖女の証である額の印にキスをした。
歴代の王の中で聖女を妃に迎えた者はいなかったが、自分がその最初の一人になるのもいいだろうと王太子は考えていた。
彼女は二歳年上だったが、口煩い他の妃候補の令嬢たちよりもずっと心地よい言葉をくれた。
聖女は優しく、包容力があるのだと王太子は納得し、彼女がくれる甘言に満足していた。
サンドラも、端正な顔の王太子を好ましく思っていた。
背も高く、自分をすっぽりと包んでしまう逞しい腕も好ましかった。
これまで結婚した聖女の話は聞いたことがなかったから、もしかすると結婚してしまうと聖女としての力を失ってしまうのかもしれないと少し思ったが、それでも構わないと思った。
力を失った前悲しみの聖女は、それによって死んだりはしなかった。
次の新しい聖女が現れるだけだ。
それならば、自分も、他の者に力を譲り、自分の幸せを追求すればいいのだ。
王太子の腕の中で、サンドラはそんなふうに考えていた。
「我が国に不運をもたらす悲しみの聖女も追放できたことだし、近々、サンドラのことを父上に紹介したいと思うのだが、どうだ?」
王太子の言葉にサンドラは微笑み、そして、彼の胸に甘えるように縋った。
「サンドラは本当に愛らしいな」
再び王太子はサンドラの額にキスをした。その瞬間、聖女の印にチリッとかすかな痛みが走ったような気がした。
サンドラは王太子の顔を見上げ、そして少し笑った。
「唇が少し荒れているようですわ」
「そうか?」
「きっと、公務でお疲れだからですね。蜂蜜を塗って差し上げますわ」
サンドラは王太子から離れて、自身が唇や肌のケアのために使っている蜂蜜が置いてある棚へと歩み寄った。
棚から蜂蜜を入れた小さな陶器を取り出して王太子の元へと戻り、その隣に座ろうとしたが、王太子はサンドラを引き寄せて自身の膝の上に座らせた。
サンドラは微笑み、蜂蜜を指先に少しつけると、その指を王太子の唇に触れさせた。
「そなたの唇も荒れているのではないか?」
そう王太子はサンドラの頬に手を添えて、親指で赤い唇をなぞった。
王太子はすでに、サンドラが聖女だということを忘れているのかもしれない。
王太子を意のままに操るために、聖女ではなく、女として振る舞ったのはサンドラだ。
そして、サンドラ自身も最近は、王太子を自分の願いを叶えてくれる都合のよい存在ではなく、男性として見ていた。
サンドラは、自身が美しく見えるように微笑んだ。
「ええ。そうかもしれませんわ」
その答えを待っていた王太子は、サンドラの頭を手で支えて顔を近づけた。
「それなら、蜂蜜を少し分けてやろう」
「サンドラ様は王太子とお茶をしておられます」
喜びの聖女の神殿の巫女にそう告げられて、癒しの聖女 アイリーンは眉間の皺を深めた。
追放された悲しみの聖女についてサンドラに話があり、アイリーンと勝利の聖女 ヴィクトリアは一緒に喜びの聖女の神殿を訪れたのだ。
「仕方ないから、そこに案内してちょうだい」
アイリーンの言葉に、巫女は視線を泳がす。
「王太子がお帰りになるまでは人を通さないようにと申しつかっておりまして……」
ヴィクトリアは呆れて盛大にため息をついた。
女性にしては体格のいいヴィクトリアの深いため息に巫女がびくりと震えた。
「では、また出直しましょう」
アイリーンとヴィクトリアは一緒に乗ってきた馬車に再び乗り込んだが、二人は神妙な表情をしていた。
「悲しみの聖女を追放なんて、王太子殿下は何を考えているのかしら?」
「あいつは無能だと父上がおっしゃっていたが、事実のようだ」
ヴィクトリアの父親は聖王国の現騎士団長だ。
「けれど、その無能を焚き付けたのは……」
アイリーンの厳しい視線に、ヴィクトリアは頷いた。
「サンドラ、だろうな」
どちらからともなく、二人はため息をついた。
聖女たちはお互いを尊重し、協力してこの国を支える存在だ。
けれど、そのひと柱が欠けてしまった。
それも、協力すべき仲間によって、この国を追い出されたのだ。
「この国は、この先も平和でいられるかしら?」
不安そうなアイリーンの声に、「どうだかな」とヴィクトリアは答えた。




