28 王の復帰
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癒しの聖女の神殿前で城の使者が大きな声で中に呼びかけていた。
「癒しの聖女アイリーン様、城へお越しください」
その使者の前に立つのは、アイリーンの父親が雇った屈強な体格の冒険者だ。
「アイリーン様は現在祈祷中だ」
神殿の外で男たちのやり取りが繰り返されている。
「王を癒すようにとの王太子様からのご命令です」
城からの使者はもっともらしいことを言っているが、癒しの聖女の力は心の病には効かないことはこの国の国民ならば誰もが知っている事実だ。
「聖女の祈祷を邪魔すれば、災いとなることを知らぬのか?」
護衛として雇われている冒険者の言葉に城からの使者は少し怯んだが、アイリーンを連れずに戻れば、王太子の怒りは免れないのだ。
使者と冒険者の男が揉めているのを神殿の上階の窓から確認し、アイリーンはため息をついた。
先日、王太子に同じように呼び寄せられて城へと行くと、その場には喜びの聖女サンドラの姿はなく、王太子はさりげなくアイリーンの手を触ってきたのだ。
その気持ち悪さにアイリーンはすぐさま王太子から距離をとり、急用を思い出したと逃げてきたのだが、その後もこのようにしつこく使者を寄越すのだった。
豪商の父親が高額で護衛を雇い、神殿を守ってくれているからしばらくは大丈夫だろうが、その護衛だってこの国の国民だ。そのうち、王太子に逆らうことが恐ろしくなり、護衛を引き受けてくれなくなるかもしれない。
そうなる前に、王に復帰してもらわねばならないと、何度も手紙を送っている。
アイリーンは心より祈った。癒しの聖女の祈りは傷や病にしか効かないが、どうか、偉大なる存在に祈りが届いてほしいと願った。
王の復帰と、そして、勝利の聖女が無事に帰還してくれることを。
勝利の聖女が戦いに赴く時には、大抵は癒しの聖女も一緒に行動していた。
勝利の聖女が求められる場所というのは、当然、戦いがあり、怪我人が多いからだ。
今回の王太子のように、勝利の聖女と騎士たちが魔物討伐に向かうというのに、癒しの聖女に王都に残れなど、そんな愚かな命令は王はしたことがなかった。
(ヴィクトリア、どうか、無事に帰ってきて!)
これまで何度も一緒に聖女の活動を行ってきた彼女たちは仲間であり、友人だった。
「失礼します」と一人の巫女が部屋に入ってきた。
「どうしたの?」
「今、城から新しい使者様が来られ、王様が城に戻られて、アイリーン様にヴィクトリア様の元へ向かうようにと正式な命令が下されました」
その知らせにアイリーンは表情を明るくした。
「すぐに支度をしましょう!」
アイリーンは慌ただしく出立の準備を始め、巫女たちも安堵の息をついてアイリーンに従う。
「この大馬鹿者め!!」
心身の療養のために城から離れていた王は騎士団長とアイリーンからの手紙により、トリスティアが追放されてしまったことを知り、城に戻ってすぐ、王太子を殴り飛ばした。
「な、何をするのですか!? 父上!?」
老いた父親に殴り飛ばされてよろめいた王太子は苛立ち、父親を睨んだ。
動揺しながらもその王太子を支えたのはサンドラだ。
「悲しみの聖女を追放とは、どういうことだ!?」
「母上が亡くなり、続いてマリアンヌ様まで亡くなったのです! あの者が不運を呼び込んだに違いありません!」
「馬鹿者! 悲しみの聖女がおらねば、国が滅びるのだぞ!?」
王の言葉に王太子は困惑する。
「どういうことですか?」
「そなたを王太子の座から外す!」
国の秘密は王を継ぐ者だけに教えられるものである。王太子の資格をなくした者には教えるわけにはいかなかった。
王の言葉に王太子は息を呑み、王の腕に縋ろうとした。
しかし、それは王の護衛騎士によって止められた。
「父上! なぜそのようなことをおっしゃるのですか!?」
そう叫んだジョンに、王は厳しい眼差しで告げた。
「諸々の問題が片付くまで、そなたの処分は保留とする。それまで、部屋での謹慎を言い渡す」
王はそこで初めてサンドラに視線を向ける。
この国の聖女は、王であっても敬う存在だ。地位としては王の方が上であるが、聖女は国の礎でもあるため、王であっても無礼を働くことは許されない。
だが、王は、サンドラに冷たい視線を送った。
「喜びの聖女よ……なぜ、ヴェールなどしているのだ?」
「……」
喜びの聖女サンドラは、ヴェールで顔を覆い、美しい顔を隠していた。
「か、顔に湿疹ができてしまいまして、見苦しい姿を王にお見せするわけにはいきませんので……」
ヴェールのことを聞かれた時のために用意していた回答をなんとか答えたが、王の視線は冷たいままだった。
「最近、額が焼け付くように痛むのではないか?」
王の言葉に、サンドラはどきりとした。その通りだった。
聖女の証が焼け付くように痛み、その証の色はどんどん黒く変色していき、今や真っ黒になっていた。
それを隠すために、サンドラはヴェールをつけるようになったのだ。
サンドラの額に冷や汗が浮かび、それが頬を流れた。
「そなたも、神殿にて謹慎せよ」
王の視線にも、声にも、聖女を敬う心はなかった。




