27 大公国の重鎮 03
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その夜、オトカールは久しぶりに古き友人に出会えたことを思い出し、笑みを浮かべた。
家を継いでからも何度も神殿には行っていたから、何十年ぶりに姿を見たというわけではない。
しかし、大人になり、自分の役目を知り、お互いに声をかけることが遠のいていた。臆病になっていたとも言うのかもしれない。
お互いに、違う世界に生きているような感覚になっていたのだ。大公国の一国民であることは変わりないのに。
年老いて、やっとそのことに気づけたのだ。
公爵家当主の威厳、貴族の矜持、そうしたものを守ることと、旧友との語らいは全く別のことだった。
それを、孫息子と一緒にヤモリと触れ合い、パン屋の息子が持ってきてくれた焼き菓子を一緒に食べる幼き聖女に教わった気がした。
そして、何より、悲しみの聖女の歌を聞き、神殿で涙を流す平民と並んで、涙を流している自分が滑稽に思えた。
貴族たちの前で弱みを見せるものではない。それは必要な強がりだったが、しかし、素直に涙を流した時、初めて、己の中に蓄積していた負の感情が流れ出て、心が少し軽くなったような気がした。
神殿の中、孫には気づかれないように涙を拭ったオトカールが帰る時、パン屋の老人は店から焼き立てのパンを持ってきた。
「腹が満ちれば、人ってのは生きていけるもんだ」
そんなことを言って、旧友はオトカールにパンを押し付けた。
屋敷に戻れば、一流のシェフが焼いてくれたパンがある。肉だって、温かいスープだってある。
それでも、オトカールは旧友からパンを受け取った。
「せっかくの焼き立てですからな」
そう言って馬車の中でトリスティアにも分ければ、少女は嬉しそうに頬張っていた。
孫と少女が並んでパンを食べる姿は非常に愛らしかった。少女の侍女は不服そうにしていたが。
そんな一日の出来事を思い出して、オトカールは温かい気持ちになっていた。
その時、部屋の扉が控えめにノックされ、孫のリューイが顔を出した。
「このような時間に、どうしたのだ?」
「あの……」
リューイは少し言い淀み、それでも、真っ直ぐに祖父の目を見た。
「お祖父様に、ご相談があります」
孫息子がやけに真剣な表情で言った。
父親を挟むことなく、祖父である自分に孫がこのように言ってくるのは初めてのことだった。
「そなたの父親には、話したのか?」
前大公の弟であったために、いまだにオトカールを大公国の重鎮と考える者は多い。
しかし、公爵家はもう何年も前に息子に譲っているし、オトカールとしては隠居をしているつもりなのだ。
孫が自分を頼ってくれるのは嬉しいが、当主である息子を蔑ろにするわけにはいかない。
「父上にもお話ししましたが、難しいと言われてしまいました……」
「ふむ」とオトカールは顎を撫でた。
孫のリューイはおとなしい性格で、父親に逆らうこともないと思っていた。
それが、今回は父親が否定したことに対して、それならば他の大人に頼ろうと思うほど、孫にとっては大切な用件のようだ。
「私もお前の父と同じ返答になるかもしれないが、ひとまず、話を聞こう」
リューイの眉尻が少し上がった。そのような勇ましい表情は初めてだった。
「僕は、トリスティア様と婚約したいです」
孫の気持ちに全く気づいていなかったわけではないが、まさか、これほど早急に自分の気持ちを言葉にするようになるとは思っていなかった。
オトカールは旧友と、その孫を思い出した。
「恋敵が、いい刺激になったようだな」
孫の成長は喜ばしい。
しかし、トリスティアは聖女であり、彼女自身が純粋無垢で恋愛などに対しての感情はまだまだ芽生えていないだろう。
さらに、保護者たちはトリスティアの平穏しか望んでいない。
欲がある者たちならば扱いやすかったが、そうではないのだ。
「リューイ、急いては事を仕損じるぞ。まずは、戦況を冷静に見極め、じっくりと戦略を練るのだ」
オトカールは孫の望みを否定することなく、望みを叶えるための戦略を一緒に練ることにした。
孫とそのような話ができることを、オトカールは喜ばしく思った。




