26 大公国の重鎮 02
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一緒に窓の外を見て話す様子は本当に微笑ましい姿だった。
そう二人を見つめていたサラだったが、窓をペタペタと歩く小さな姿を見つけてゾッとした。
窓には一匹のヤモリが張り付いていた。馬車の窓の外側ではなく、内側にだ。
リューイはそのヤモリを慌てて手の中に納めた。
しかし、それはしっかりと祖父のオトカールに見られていたようだ。
「リューイ!」と厳しい声が馬車の中に響いた。
「どうして、そのようなものを連れてきてしまったのだ?」
どこの屋敷にもヤモリなど数匹住んでいるものだ……いや、数十匹だろうか?
そして、ヤモリは害虫を食べて家を守ってくれるものだから、特に駆除する必要はない。
むしろ、オトカールは家を守ってくれる大切な存在だとさえ思っていたし、孫にもそのように伝えてきた。
だからこそ、リューイはヤモリを見かけるとそばまで行って観察したりしていたし、そうしている間にリューイに近づいてくる顔見知りのヤモリも増えていた。
しかし、まさか、聖女と同乗する馬車の中にヤモリを連れてきてしまうとは、オトカールも思ってはいなかった。
「すみません。お祖父様、出かける直前に一緒に遊んでいたものですから……」
オトカールはため息をついた。オトカール自身の準備ができる前、玄関前に待たせていたのが悪かったようだ。
「トリスティア様、孫が申し訳ございません……」
そう謝罪の言葉を口にしながらトリスティアに視線を向けたが、オトカールが見たのは、ヤモリに怯える少女の姿ではなく、頬を紅潮させてリューイが包み込むようにしている両手を見つめる少女だった。
「……もしや、トリスティア様はヤモリがお好きなのですか?」
半信半疑でそう尋ねると、トリスティアはパァッと明るい表情を見せた。
「はい! 大好きです!」
「リューイ、トリスティア様に見せて差し上げなさい」
リューイも嬉しそうにヤモリを閉じ込めていた手のひらを開いた。
「トリスティア様は動物全般がお好きですが、特に爬虫類がお好きなようで、お庭でトカゲを見つけては愛でております」
サラの言葉にオトカールは「そうか」と頷く。
ちなみに、ちょっとだけトリスティアから身を引いているサラの様子から、彼女はヤモリやトカゲが好きではないことがとても伝わった。
「侍女は大変だな」
苦笑まじりのオトカールの言葉に、サラは慌てて姿勢を正した。
神殿の前に着き、馬車から降りる時には、トリスティアとリューイはすっかり仲良くなっていて、リューイのエスコートによりトリスティアは馬車から降りた。
護衛騎士たちと一緒に馬で来ていたフランツは仲の良さそうな二人の様子に怪訝な顔になり、サラに視線を送った。
すると、サラは胸の辺りを指さして、チラリとリューイを見た。
フランツはリューイの胸ポケットを見て、なぜトリスティアがあんなにも打ち解けているのかすぐに納得した。リューイの胸ポケットからはヤモリが顔を覗かせていた。
常に人が行き交う城の中ではヤモリに出会うことなど滅多にないため、おそらくトリスティアも城でヤモリを見たことはないはずだが、庭でトカゲやカエルを見かけると嬉しそうにその手のひらに乗せているところを何度か見かけたことがある。
アルスターは子供とはそういうものだろうと気にしていないようだったが、フランツは知っている。
子供は子供でも、女児と男児では好みが全く違うことを。
だから、トリスティアは変わった少女だと思った。しかし、それは優しい性格ゆえにだろうと納得していた。
アルスターもフランツもトリスティアが無類の爬虫類好きだとはまだ知らなかった。
ちなみに、両生類も好きだが、どちらがより好きかと言われれば爬虫類だった。
「随分と綺麗になったな」
オトカールは神殿を見上げて呟いた。
オトカールが子供の頃には、貴族でもこの神殿に通っていた。
当時は貴族と平民の距離感が今よりも非常に近く、一緒に神殿で祈りを捧げていた。
聖女が来た時には、神殿の中に入り切らずに人が溢れており、平民も貴族も関係なく肩を並べて聖女に見入ったものだった。
その頃の記憶があるオトカールは、他の貴族たちよりも頻繁に神殿を訪れていたし、ここ数年の聖女が訪れずに朽ちていく神殿の様子も見ていた。
復旧のための資金提供も繰り返し行ってきた。
このまま朽ち果ててしまうのではないかと心配になっていたが、その神殿が自身が隠居して政務から離れている間に復活していた……
何なら、記憶にある昔の神殿よりも美しく荘厳に見えた。
「おや、見覚えがある馬車だと思えば……」
そんな声に振り返ると、子供の頃に一緒に神殿で礼拝をしていたパン屋の倅……いや、今は倅などと言うには己と同じように年を取りすぎた男だった。
「懐かしいな。そなたも生きておったか」
すでにパン屋を息子夫婦に継がせて隠居していた老人は快活に笑った。
「まだまだ公爵様には負けませんぞ!」
オトカールも笑い、トリスティアと一緒についてきてよかったと思った。
「トリスティア様! 今日も一緒に遊ぼう!」
パン屋の老人と一緒にきた少年が親しげにトリスティアに声をかけた。
「あれはうちの孫でな。足が速くて女の子にモテるのだ」
老人の自慢げな言葉にオトカールは眉間に皺を寄せた。
「私の孫もモテてモテて困ったものだ」
「うちの孫はトリスティア様がこちらに来られた頃から親しくしておってな」
「私の孫も馬車の中ですぐにトリスティア様と打ち解けておったわ」
老人二人が何やら孫自慢を始めたのを横目に、フランツはトリスティアに手を差し伸べて微笑んだ。
「トリスティア様、神殿の中に入りましょう。巫女たちがお待ちですよ」
「はい! フランツ!」と、トリスティアが小さな手をフランツの手に重ねた。
「エスコートなら僕がします!」
「手なら俺が繋いでやるよ!」
少年二人が騒がしくなったので、フランツは大人の特権でさっさとトリスティアを抱っこして、少し早歩きで神殿の中に入った。
大人気ないことは重々承知しているが、フランツはアルスターからトリスティアを守るように指示されているのだ。
貴族にもパン屋にも隙を見せるわけにはいかない。
(こんなにお小さいトリスティア様が食べられてしまっては大変だ)
もちろん、少年たちにではなく、老獪な大人達に取り込まれることを警戒してのことだったが、トリスティアを抱っこできる特権は優越感を与えてくれた。
ちなみに、小走りでついてきた少年たちも何やら色々言っていたが、隣をついてくるサラも「わたくしが抱っこします!! フランツ様、ずるいですよ!」とぷりぷりしていた。




