21 偉大なる存在の目
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「そ、それほどまでに、なぜ……」
正直、トリスティアと初めて出会った時、ヴィクトリアにはどうしてトリスティアに聖女の力が宿ったのかわからなかった。
ヴィクトリアは騎士団長の娘であり、喜びの聖女であるサンドラも貴族の出身で、癒しの聖女であるアイリーンは有力な商家の娘のために下級貴族よりも裕福だった。
そんな彼女たちには、孤児院育ちのトリスティアは非常に異質な存在に見えた。
しかし、同時に、前悲しみの聖女のマリアンヌが心からトリスティアを愛していることも感じた。
マリアンヌとトリスティアの様子を見ていたヴィクトリアは徐々にトリスティアが新しい悲しみの聖女なのだという事実を受け入れることができた。
実際、トリスティアは悲しみの聖女に相応しいと思えるほど、心優しい少女だった。
そんな少女を殺そうと思っている者がいることが、ヴィクトリアには信じられなかった。
しかも、それが、聖女たちによって助けられてきた王族と、聖女の一人なのだ……信じられないこと以上に、あってはならないことのように思えた。
(偉大なる存在は、この状況をどのように見ているのだろうか?)
ヴィクトリアは自身にも力を与えている偉大なる存在の”目”を意識して、ゾッと寒気を感じた。
「トリスティア様を疎んでいる理由はわからぬが、喜びの聖女がトリスティア様のことをよく思っていないのは確かだろう」
「それに」と、ヴィクトリアの父親は難しい表情になった。
「こちらから返してほしいと申し出ても、大公国がトリスティア様を渡してくれるとは思えぬ」
「それは……」
確かにそうかもしれないとヴィクトリアは思った。
聖女は貴重な存在だ。
そんな存在を追放し、大公国へと渡したのだ。
聖女の存在を正しく理解していれば、大公国としてはタダで宝が手に入ったようなものだ。
それを返せと言われて返すことはないだろう。
もしも自分が大公だったとしても、絶対に返さないなとヴィクトリアは思った。
「トリスティアとしても、大公国で大切にされているのなら、あちらにいた方が幸せなのでしょうか?」
「そうであろうな。トリスティア様からも、もう聖王国には戻りたくないと言われても不思議ではない」
前悲しみの聖女マリアンヌが逝去した後、急に冷遇され、追放されたのだ。
いくら四人の聖女の中で一番心優しいトリスティアでも、もうこの国に戻ってくるのは嫌だろうと騎士団長は考えた。
王太子から命を受けて追放の書簡を悲しみの聖女の神殿に持って行ったのは騎士団長だった。
悲しみの聖女の神殿の巫女たちは冷遇の末の追放の知らせにどういうことかと怒りを露わにしたが、悲しみの聖女と共に大公国へと逃げた方がいいと勧めたのもまた騎士団長だった。
冷静な大臣や文官、騎士団長の言葉を無視して、喜びの聖女の口車に乗せられた王太子に抵抗したところでトリスティアの身を危険に晒すだけだと思った。
しかし、まさか、悲しみの聖女が国からいなくなって半年も経たずにこのようなことになるとは思いもしなかった。
騎士団長の家系は代々多くの騎士を輩出し、騎士団長の役目に就いた先祖も多い。そうした中で、魔物たちは人々の負の感情に反応しているのかもしれないという話も伝えられていた。
作物が不作で餓死者が出るような事態になった時、流行病により不安が広がった時、政権争いが国を揺るがした時、人々に不安や恐怖心、王室や貴族への怒りが国中を覆っている時に、魔物の出現が異常なほど増えるという話だった。
それが本当かどうかを確認するためには、長期にわたって記録をとり検証するしかないだろう。
ただ、今、確かに国民たちの間には悲しみの聖女を追放した王室への不信感が広がっている。
本来ならば人々の心を落ち着かせてくれるはずの悲しみの聖女がいないために、不信感や不安はすごい速さで国民たちの間に伝染していた。
そして、その国民たちの気持ちに影響されているのか、魔物たちは数を増やすだけでなく、凶暴化もしているようだった。
確かに、先人たちの推測は正しかったのかもしれない。
しかし、この凶暴化は、本当に人の負の感情に反応してのものだろうか?
騎士団長は、この国を守る責任がある者として、恐れている存在があった。
それは聖女たちを生み出し、慈しみ、守り、力を貸してきたと言われる存在……
見えざる偉大なる存在。
大切な聖女に汚点をつけ、追放したこの国の統治者の行いを、偉大なる存在は瑣末な人間がしたことと流し、許してくれるのだろうか?
それとも……




