20 魔物の動向
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その日の夜、「失礼します」と、アルスターの執務室にグランヴァイツが入室してきた。
「どうした? グランヴァイツが自ら執務室に来るなど珍しいな」
「魔物についてのご報告がございます。最近、森との境界付近で暴れていた魔物たちですが、自ずと森へと戻っているという報告がありました」
「なんだって?」
聖王国と大公国の間にある森には魔物が多く生息しており、定期的に魔物の討伐を行なっていた。
最近は村を襲う魔物や街の近くまで来る魔物もおり、騎士たちが頻繁に討伐に出向いていた。
「それは朗報ですね」とフランツが言うと、アルスターも頷いた。
「警戒は怠ってほしくはないが、確かに朗報だな」
「これも、悲しみの聖女様のお力なのでしょうか?」
グランヴァイツの言葉にアルスターは少し考える。
「わからないが……その可能性は十分にあると思う」
アルスターは大公国の統治者になることが決まってから様々なことを教えられたが、そのようなことは聞いたことがなかった。
しかし、聖王国の王となる者の教育とはまた違うだろうから、大公国が知らず、聖王国が知っている真実もあるのかもしれない。
「これまでは聖王国との条約に基づいて聖女様が年に一度お越しくださっていたが、トリスティア様がずっと大公国にいることによって大公国はこれまで以上に聖女様の恩恵に与ることができるのかもしれませんね」
「そうでなくともトリスティアはこの国の役に立ちたいと頑張ろうとしてくれている。あまり負担はかけたくないのだが」
しかし、こうして聖女がいることの利益が見えてしまうと、期待してしまう人々も多いだろう。
そして、トリスティアの性格上、その期待に応えようとしてしまうことは容易に想像できた。
「聖女様の恵はありがたいことですが、我々騎士団としても、小さなトリスティア様のご負担になることは望んでおりません」
「トリスティアにも、国民たちにも、魔物のことは黙っておくのがいいかもしれないな」
「そうですね」
「感謝をお伝えできないのは心苦しいですが、純粋なるトリスティア様が無理をされてはいけませんから」
いずれ聖女の力により魔物たちが沈静化したことはトリスティアにも伝えることになるだろうが、しばらくはこの場の三人だけの秘密とすることとなった。
その頃、聖王国では、勝利の聖女が森の付近の異変により騎士団に呼ばれ、騎士たちを従えて奮闘していた。
魔物の出現が増えたかと思うと、その性質は凶暴化しており、毎日のように討伐要請が入っていた。
森の付近の魔物の出没が目立って増えているものの、他の地域でも魔物が増えているために騎士団を抱える他の領地から救援を呼ぶこともできない。
この異常がどうして起こっているのか、勝利の女神には心当たりがある。しかし、この事態を引きおこした者たちは今頃城の中で悠長にお茶でもしているのだ。
勝利の聖女は、自分の役割がほとほと嫌になってきた。
「あんなバカな人間たちの尻拭いなどごめんだ!」
力任せに振るった刃が魔物を切り裂き、魔物から悲鳴が上がった。
「みんな! さっさと討伐して帰還するぞ!」
ヴィクトリアの声に騎士たちは「おおー!」と雄叫びのような声を上げた。
連日の討伐に皆疲れていた。
勝利の聖女の力は、騎士たちに活力を漲らせ、勝利に向かうための強い意志を持たせることだ。
しかし、それにより疲労がゼロになるわけでもない。癒しの聖女のように騎士の傷を癒してやることができるわけでもない。
さらに、これまでならばその癒しの聖女であるアイリーンと一緒にこうした戦いの場に来ていたのだが、今回は王の代行をしている王太子がアイリーンを討伐に伴うことを許可しなかった。
療養中の王が元気だったならば、迷わず派遣したはずだ。
「くっそ! 無能王太子が!!」
ヴィクトリアは悪態をつきながら次々と魔物を切り裂いた。
「ヴィクトリア様! 天幕にお戻りください!」
戦いの中、近寄ってきた騎士が言った。
「魔物たちが押し寄せる中、どうやってこの場を引けと言うのだ!?」
「この場は私が引き受けます! 騎士団長様がお呼びです!!」
「父上がお越しになられたのか!?」
騎士団長であるヴィクトリアの父もまた、王太子に王都に残るように引き止められていたはずだ。
目の前の魔物を切り倒して、ヴィクトリアは天幕に向かって走っていく。
天幕に到着し、中に飛び込むと確かにそこにはヴィクトリアの父親である騎士団長の姿があった。
「王太子から許可が下りたのですか!?」
「いや、状況のわかっていない愚か者を相手にしていても話にならんから療養中の王の元へと早馬を飛ばして私はこちらに来たのだ」
「それで」と騎士団長は周辺の地図を広げてヴィクトリアに聞いた。
「どのような状況だ?」
「これまでの魔物の大規模発生とは明らかに規模が違います」
これまでも魔物が通常よりも多く発生し、騎士団が討伐を行うことは年に一、二回あった。
しかし、今回は数も凶暴性も明らかにこれまでとは違っていた。
ヴィクトリアは指で、地図上の森の境界線をなぞる。
「魔物は森から次々と飛び出してきます。これまでのように森のある一部分から多く飛び出してくるというわけではなく、とにかくたくさんの魔物が一斉に出てきます」
ヴィクトリアの口からは自然とため息が漏れる。
「漏らさぬように騎士たちと懸命に討伐していましたが、正直、一匹も逃さずに倒しているとは言えないでしょう。あちこちから出てきますから、どれほどの魔物を逃してしまったのかも把握できません」
「一、二匹程度ならば村人たちでも戦うことができるとは思うが」
しかし、それだって強さによるし、これだけ多くの魔物が同時に出没しているのだから群れで襲われれば村では対処できないだろう。
「父上! トリスティアを呼び戻しましょう!」
ヴィクトリアの言葉に騎士団長は首を横に振った。
「それはできない」
「どうしてですか? 私には、この事態がトリスティアの追放と無関係のようには思えないのです!」
「私も何かしら関係があるのではないかと思ってはいるが、それでも、トリスティア様に戻ってきてもらうことはできないのだ」
「もし」と騎士団長の声が潜められる。
「今、トリスティア様が戻ってこられても、王太子や喜びの聖女に殺されてしまうだろう」
ヴィクトリアは息を呑んだ。




