19 感動にブルブルしてしまう
お読みいただきありがとうございます。
少しでも楽しんでいただけますと幸いです。
トリスティアが淑女教育を受けるようになってから三ヶ月ほどが経とうとしていた。
まだ淑女として完璧というわけにはいかなかったけれど、それでも貴族の前に出しても恥をかくことはないだろうと教師たちが太鼓判を押すくらいにはなっていた。
教師たちが驚くほどにトリスティアは勤勉であり、優秀だった。
そして、貴族たちも噂の聖女様に会いたい、一目その姿を見てみたいと不満を漏らすようになっていた。
「貴族たちの不満が高まっている。これ以上は放置せず、延期されている聖女様の歓迎パーティーをするべきだろう」
トリスティアのためにはトリスティアのお披露目はもっと遅い方がいいだろうと考えていたアルスターだったが、大公国のご意見番とも言える老貴族、オトカールの言葉にアルスターは渋々と頷くことになった。
アルスターはそのことを早速トリスティアに伝えるためにトリスティアがダンスを習っている小広間へと向かった。
中からは音楽が聞こえてきて、扉を少し開けて中を覗くと、サラにエスコートされて踊る小さな天使がいた。
あまりの可愛さにアルスターはしばし扉の隙間からトリスティアを見つめていたが、そんなアルスターの背中をフランツが押して部屋の中に入らせた。
「さっさと入って説明をしてください。執務はまだ残っているんですからね?」
ダンスをしていたトリスティアの足は止まり、アルスターを見る。
「授業中にすまない。トリスティア」
「アルスター様!」
トリスティアが無邪気に駆け寄ってきた。アルスターはそんなトリスティアを抱き上げる。
最近、なんだかしっかりとした体格になってきたような気がするサラが渋面だ。トリスティアを奪われて不満なのだろう。
「大公殿下、どうされましたか?」
ピアノを弾いていた教師も怪訝な表情だ。
「すまない。カトリーヌ先生。少しトリスティアに話があって」
「では、わたくしは退室いたしましょう」
「いや、あなたにも聞いていただきたい」
退室のために礼を取ろうとしたカトリーヌはその動きを止めた。
「実は、延期していたトリスティアの歓迎パーティーを行うことになった。その場はトリスティアのお披露目でもあるため、ファーストダンスをすることになるんだ」
「わたくしの歓迎パーティーですか?」
トリスティアが首を傾げる。少し心配そうな表情だ。
「ああ。トリスティアがこの国に慣れるまで、延期していると話していただろう?」
確か、この国に来た当初にそんな話をしたはずだ。
「しかし、聖王国を追放されたわたくしを、貴族の皆様は歓迎してくださるでしょうか?」
「何を言っているんだい?」
アルスターはトリスティアの頬を撫でた。
「私は最初からトリスティアを歓迎していただろう?」
「それは、アルスター様がお優しいからです……」
他の貴族にどのように思われるのか、トリスティアは不安だった。トリスティアは聖王国の王太子の冷たい視線と、「不運を呼び込む存在」と言った声を思い出してゾッとした。
顔色の悪くなったトリスティアをアルスターはそっと抱きしめた。
「大丈夫だ。トリスティアのことをひどく言う者などこの国にはいない」
(万が一いたとしても、その者がトリスティアに近づく前に粛清してしまえばいいだろう)
アルスターはそんな本音を隠して、トリスティアに微笑んだ。
「トリスティア様」とカトリーヌが凛とした声で話しかけた。
トリスティアがどんなに怖がっても、いずれは貴族達の前に立たなければいけない時が来る。
そのことを理解しているカトリーヌはトリスティアの意識を貴族ではなく、他のところに向けさせることにした。
「トリスティア様は非常に上手にダンスを踊ることができますから、そのことについては心配する必要はありません」
「カトリーヌ先生に褒められるとは、すごいな。トリスティア」
アルスターも褒めて、トリスティアの気持ちを少しでも上向かせられるようにする。
「トリスティア様は毎日頑張っておられますから、当然です!」
トリスティア本人はまだ不安そうだというのに、サラがドヤ顔だ。
「ファーストダンスのお相手は大公殿下が適任でしょう」
そんなカトリーヌの言葉でトリスティアはやっと安堵したような表情になった。
「異性の幼馴染などがいる令嬢ならば、そうした相手でも良いのですが、トリスティア様はそうではありませんから、保護者である大公殿下がお相手の方がよろしいと思いますが、いかがですか?」
「はい! わたくしも大公殿下とご一緒の方が安心できます」
アルスターは感動に打ち震えそうになる自身をなんとか堪えた。
まだトリスティアを抱っこしているのだ。アルスターが震えては、トリスティアもブルブルしてしまう。
社交界デビューで父親と踊る令嬢はたくさんいる。それは信頼の証だ。トリスティアがそんな相手として自分を選んでくれたことは本当に嬉しかった。
「私も最善を尽くすよ」
「アルスター様はすでにダンスがお上手かと思いますので、わたくしが足を引っ張らないように頑張ります」
トリスティアの言葉にアルスターは少し眉尻を下げ、ダンスの先生とフランツはそっと視線を逸らした。
「あー、実は、私はダンスはそれほど得意ではないのだ」
「そうなのですか?」
アルスターはなんでもできると思っているトリスティアには、それはとても意外なことだった。
「一応、問題なく踊れてはいると思うのだが、私はなんというか……」
「大公殿下は動きが硬いのです」
カトリーヌがはっきりと言った。
「しかし、ステップが間違っているとかテンポが遅いというわけではありませんから、問題はございません」
ただ、優雅とはいえない。それだけの問題である。ダンスだけのことを言うならば、フランツの方がよほど上手い。
「トリスティアは、私よりももっと上手な者と踊りたいかい?」
どうか、自分を選んでほしいと思いながらも、トリスティアの意思を尊重してアルスターは聞いた。
トリスティアはふるふると首を横に振った。
「そんなことはございません。わたくしはやはり、アルスター様と踊るのが一番安心できます」
トリスティアの言葉に再び感動したアルスターはカトリーヌに頭を下げた。
「私ももっと上達したい! 指導をよろしく頼む!!」
アルスターがダンスにこれほどやる気を見せたのは初めてで、カトリーヌの目もやる気に満ちたものになる。
「アルスター様は背が高く、手足も長いですから、もっと美しく踊ることが可能ですわ!」
やる気に満ちた二人はガシッと硬い握手を交わした。




