17 結婚反対
お読みただきありがとうございます。
少しでも楽しんでいただけますと幸いです。
トリスティアが来てから半月ほどが経った。
トリスティアもすっかり城での生活に慣れたようだった。
「そろそろ、トリスティア様には淑女教育のために家庭教師を用意した方がいいかもしれませんね」
「まだ早いのではないか?」
「八歳なら適切な年齢でしょう」
「しかし、聖女教育もまだサラから受けているようだし、負担になるのではないか?」
「アルスター様、教育というのは、遅れれば本人が苦労するのです」
「そうかもしれないが、トリスティアは数日に一度は神殿に行き、歌の奉納も行っているのだ」
「確かに、普通の八歳の少女にしては多忙ですが……」
「そういえば」と、フランツはわざとらしく言った。
「先日、街でトリスティア様と遊んだ少年が、将来はトリスティア様と結婚したいと言っていたようですよ」
「なんだと!?」
アルスターの空気が一気に冷たいものになり、フランツは笑いそうになる。
しかし、フランツはなんとか平静を装った。
「その子供は一体誰だ?」
「神殿の近くのパン屋の息子です」
「ああ、あの少年か」
アルスターはすぐに思い当たったようだ。
「しかし、トリスティアは聖女だ。結婚はしないのではないか?」
「確かに、歴代の聖女様は未婚でしたが、聖女は結婚してはならないという法はございません」
未婚ではあったが、恋人がいたという噂のある聖女もいた。ただ、聖女という立場や世間の目が結婚への道を狭くしているだけのように思えた。
「し、しかし、トリスティアがパン屋の少年を好きなわけではないのだろう?」
「トリスティア様は、彼は足がとても早くてすごいと仰せでした」
「それがなんだ?」
「あの年頃の子供というのは、足の速い子供が格好良く見えるものなのです」
「そうなのか?」
「はい。そういうものなのです」
「それなら、私もトリスティアとかけっこを……」
「大人の足が速いことくらい子供たちは知っていますよ。むしろ、大人のくせに子供より足が遅かったらそれは嘲笑の対象です」
「う……だが、しかし、トリスティアをパン屋の妻にするわけにはいかないだろう?」
「聖女様ですからね。結婚するにしてもそれなりの格式のある貴族に嫁がせるべきでしょう」
「そうではない。トリスティアがどうしても彼のことが好きならば結婚するのもいいとは思うが、パン屋では、十分に裕福な暮らしは送れまい」
「……トリスティア様は裕福な暮らしよりも、愛する者を選ぶのではないでしょうか?」
「しかし、たとえば魔物が襲ってきても守ってくれるような男で、稼ぎも十分で、トリスティアが好きなものを食べられ、美しく着飾れるような環境を準備できる男がいいだろう」
「魔物の前に立ち塞がれる者となると、貴族の中でもかなり限られますが?」
「しかし、それほどの者でなければ、安心して嫁に出すことは無理だ」
「トリスティア様が来てからまだ半月だというのに、随分と過保護になってしまいましたね」
「娘を持つ父親の気持ちがよくわかる」
「アルスター様も早くご結婚なさってください」
男性であり、大公という立場があるためにそれほど問題視はされていないものの、二十二歳というのは、女性としては行き遅れだ。
この国では男性も成人の十八歳から二十歳までが一般的には婚期だと考えられている。
「私と結婚したい女性などいないだろう」
端正ではあるが子供ならばほぼ確実に泣いたり涙目になる強面。大抵の人間を威圧する長身と屈強な体。そして、実年齢よりも遥かに年上に見えてしまう風貌。
アルスターはそうしたことから自分は女性にモテず、パーティーなどで声をかけてくる女性は大公妃という身分に目が眩んだ者か、大公妃に娘をつけたい親からの指示を受けている女性だと思っている。
しかし、実際のところは、最初こそ見た目により怯んだ女性たちも、徐々にアルスターの穏やかで優しい気質に気づいて、普通に憧れを持っている女性もいる。
だが、フランツは、大公国の貴族の娘程度ではアルスターの伴侶としては不足だと考えてそれほど真剣に結婚を勧めてはいない。口では「早く結婚してください」なんて言うが、それは本気ではない。
アルスターが惚れ込んだ女性がいるというのならば喜んで協力するが、アルスター自身、恋愛には興味を持っていないようだったし、そのうち、他国の王女なりを迎える機会があれば、その時に考えたらいいと思っている。
見た目はともかくとして、アルスターはまだ二十二歳なのだ。まだ慌てる時ではないとフランツは考えていた。
「それで、トリスティア様の淑女教育の件はどうされますか? 将来、裕福などなたかと結婚ということにでもなれば、淑女教育は必須ですよ。そもそも、淑女教育がされていなければ、社交の場に出ることもできません」
そのため、トリスティアがまだ幼いということを理由に大公国の貴族たちに紹介するための歓迎パーティーなどは開いていない。
実際、トリスティアはまだ幼く、先に城やこの国に慣れてもらおうと思ってのことだが、淑女教育がされておらず、トリスティアが恥をかくことを心配してのことでもある。
アルスターはしばし考えた。
「トリスティアの負担にならないように、侍女のサラと相談してくれ」
「わかりました」
フランツがサラに相談すると、聖女という立場はどうしても貴族との付き合いも出てくるため、サラもそろそろトリスティアに淑女教育が必要ではないかと考えていたそうだ。
「トリスティア様は優秀ですから、淑女教育を半年ほど行えば、ひとまずは人前に出すことができるようになるでしょう。その上で、大公国の貴族を集めて、先延ばしにしていたトリスティア様の歓迎パーティーを行い、その場を社交デビューの場とします」
「では、聖女教育の時間を三分の一に抑え、淑女教育を集中して行いましょう」
「ところで」と、フランツはサラに気になっていたことを聞いた。
「サラは、聖王国の貴族の出ですか?」
「はい。ですから、トリスティア様の侍女に名乗り出ました」
「そうですか。では、生活の中でのトリスティア様への言葉掛けはサラにお任せしてもよろしいですか?」
サラは了承した。淑女教育で重要なのは家庭教師と過ごす時間だけではない。むしろ、日常生活の中で、学んだことを活かすことが重要なのだ。




