16 乗馬
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「トリスティア様は動物に好かれるようですな。乗馬をなさるのはいかがでしょうか?」
馬車の馬や護衛騎士が乗っている馬に顔を寄せられ、それを恐れることもなく、馬の顔を撫でてやるトリスティアを見ていたグランヴァイツが言った。
「乗馬……」
トリスティアの表情がワクワクとした明るいものになる。
「わたくしも、自分で馬に乗れるようになるのですか!?」
「きっと馬が上手く誘導してくれると思います」
そんな話をグランヴァイツとした夜、トリスティアは夕食の席でアルスターに乗馬をしてもいいか聞いた。
「トリスティアは乗馬がしたいのか?」
「はい!」
「それなら、私が教えよう」
トリスティアに対してすっかり過保護になっているアルスターが言った。
「アルスター様は執務があるではないですか? トリスティア様の乗馬は私がお教えするので問題ありませんよ」
夕食に招かれて同席していたグランヴァイツが言った。
「いや、初めての乗馬は私も一緒の方がいいだろう」
「アルスター様はお忙しいのですから、わたくしはグランヴァイツ様に教えていただければ大丈夫です」
「トリスティア。私は、トリスティアが馬に乗るところを見たいのだ。許してはくれないだろうか?」
アルスターの眉尻が下がる。その姿はまるで大型犬が肩を落として上目遣いで見てくる姿に似ていて、フランツは噴き出しそうになったが、トリスティアの手前、なんとか堪えた。
「わたくしも、アルスター様が一緒でしたら嬉しいですけれど、でも、お忙しいのでしょう?」
トリスティアが誰かと一緒にいたいと積極的に言ったのはこれが初めてだった。
内心でアルスターは喜び、そして、サラは渋面になった。再び、フランツは笑いを堪える。
「トリスティア様、一日くらいでしたら問題はございません! アルスター様と馬に乗りましょう!」
滅多に希望を口にしないトリスティアが望んだことなのでフランツは大盤振る舞いした。
トリスティアが望むのならば、いくらでもアルスターを貸し出し、アルスターにはベッドで執務をしてもらうのでもいいだろう。
トリスティアに一緒だったら嬉しいと言われただけでも嬉しかったアルスターだが、フランツからアルスター貸し出しの許可を得て嬉しそうに微笑むトリスティアの笑顔に心臓を撃ち抜かれた。
尊すぎて目の前のステーキに突っ伏しかけたが、それはフランツが後ろから襟首を掴んでくれたのでなんとか免れた。ステーキに顔を突っ込むなど、大公の面目丸潰れである。
グランヴァイツの選んだ馬は非常におとなしい馬で、体の小さなトリスティアをバカにするようなこともなく、顔を近づけてトリスティアに顔を撫でさせてくれた。
とは言っても、これまでもトリスティアは馬や犬、猫など他の動物にもバカにされるようなことはなかったけれど。
そのため、もしかすると多少気性の荒い馬でも大丈夫なのかもしれないとは思ったが、それでも念の為、気性の穏やかな馬を選んできたのだ。
「とっても可愛いです」とトリスティアも馬を気に入った様子だ。
「トリスティアは乗馬服がよく似合っているな」
アルスターの言葉にトリスティアの瞳が輝く。
「本当ですか?」
「ああ。とても素敵なレディに見えるよ」
「わたくしもスカートよりもこちらの服装のほうが気に入っています!」
「スカート姿もとても可愛いけれどね」
トリスティアの体に合わせた鞍を馬に乗せて固定する。
鐙もついているが、トリスティアが一人で馬に乗るのはまだ難しいため、アルスターが抱き上げて鞍に乗せた。
「わぁ~! とっても高いです!」
「怖くはないか?」
「全然、怖くなんてないです!」
大人でも慣れていないと怖く感じる高さだが、トリスティアは本当に嬉しそうだ。
「では、ゆっくりと歩いてみようか?」
馬場でアルスターが綱を引いて馬をゆっくりと歩かせる。
「トリスティアは以前にも馬に乗ったことが?」
背筋をまっすぐにとか、そんな注意をする前に、トリスティアは自然とそれができていた。
「いいえ。初めてです」
「そうか。それなのに、背筋をきちんとまっすぐにできていて偉いな」
「せっかくの景色を楽しみたいと思ったら自然とこの姿勢になったのです」
「そうか。乗馬をしていれば、足腰に自然と筋肉もつくだろう」
「こんなに楽しくて健康にもなれるなんてすごいです」
トリスティアは本当に楽しそうに馬に乗っている。馬もそれを感じるのか、足取りが軽快だ。
「トリスティアが広告塔になれば、乗馬をしたがる女性が増えるかもしれないな」
アルスターはそこでしまったと思った。大公の自分がそのような状況を望んでいると思えば、トリスティアは広報のようなことを頑張ってしまうかもしれない。
「馬を好きになってくれる人が増えるのはいいことだと思いますが、みんながやっていることだから乗馬に挑む人が増えることが本当にいいことなのかどうかはわかりません」
困ったような表情を見せたトリスティアにアルスターは微笑んだ。
トリスティアはただ大人に従うのではなく、きちんと自分で考えて、意見を言ってくれる。
「トリスティアは本当に賢いね。トリスティアの言う通りだ」
馬を愛でる人が増えることはいいが、馬のことが苦手でも流行っているからと乗ろうとする者が増えても、馬の方が困ってしまうだろう。
トリスティアは他人のために動いてしまう性質を持っているのかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
人に限らず、馬に対しても思いやりの心を持っているのだ。
きっと、他の動物にも、もしかすると植物にもそのような心で接しているのかもしれない。
「トリスティアは本当に賢く、愛しい子だ」
そうアルスターがトリスティアを褒めると、フランツが「結局褒めるのですね!?」と声を上げた。
「フランツ?」
「アルスター様が以前、トリスティア様は頑張りすぎてしまうところがあると言っていたので、気負いすぎてはいけないとお褒めするのを我慢していたというのに!!」
「ああ……」
そういえば、そんな話をしていたし、そんな心配があったのだったとアルスターは馬上のトリスティアを見上げた。
「トリスティアはすでに十分頑張っているから、気負いすぎないように気をつけてほしい」
アルスターの言葉にトリスティアはおかしそうに笑った。
初日はアルスターがトリスティアの乗馬の練習に付き合ったが、その後は執務を頑張ってくださいとトリスティアにも言われたため、グランヴァイツがトリスティアの乗馬の先生になることになった。




