13 筋肉
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剣の鍛錬などで気配を辿る訓練も行っているためか、眠っていたアルスターはトリスティアが身動ぐ気配だけで意識が浮上して目を開けた。
隣を見ると、ちょうどトリスティアがその上半身を起こしたところだった。
「トリスティア?」
アルスターも身を起こして、刺激しないように落ち着いた声音で声をかけた。
扉の前に立っていた護衛騎士も少し緊張しているようだ。
トリスティアからは返事はない。
その顔を覗き込むとやはり虚ろだった。
「トリスティア、私のことがわかるかな? アルスターだ」
アルスターは無理にトリスティアの行動を止めることはせずに、ただできるだけ優しく声をかける。
「ここは君にとって安全だ。誰よりも、何よりも強くて、君のことを守る私の部屋だ」
トリスティアの瞼がトロンっと降りてきた。
「私がそばにいるから、トリスティアは安心して眠るといい」
トリスティアの瞼が閉じて、小さな体が傾いた。
倒れそうになるその体を支えて、アルスターはゆっくりとトリスティアをベッドに寝かせた。
「……トリスティア様は、大丈夫ですか?」
騎士が声を潜めて聞いてきた。
アルスターは頷いた。
トリスティアの寝息は落ち着いている。
「また起きるともわからない。警戒しておこう」
「はい」
幸い、その夜はトリスティアはその後は眠ったままだった。
翌朝起きると、知らぬうちにトリスティアが抱きついてきていて、どうしたものかと迷っている間にサラが部屋に入ってきた。
アルスターは決して自分から抱きしめたわけではないと弁明した。
護衛騎士も一緒に説明してくれて助かった。アルスターがトリスティアに不埒なことをしていないという証明のための役目を早速果たしてくれた。
しかし、サラはアルスターにジト目を向けることをやめない。
起き上がったらトリスティアが目を覚ましてしまうかもしれないため、アルスターはオロオロとしながらも横になったままだ。
そのまま小声で弁明を続けている間にフランツが入室してきた。
「皆で何をしているのですか……」
ベッドに近づき、現状を把握したフランツは、「これは……」と、トリスティアに抱きつかれているアルスターを見つめた。
「決して、私から抱きついたわけではなく……」
小声でそう説明を繰り返すアルスターだったが、フランツは思いもよらぬことを言った。
「羨ましいです!!」
「「ですよね!!」」
フランツの言葉に続いたのはサラと護衛騎士の声だった。
アルスターはそんな二人を凝視したが、騒いでいる間にトリスティアが起きてしまった。
自分がアルスターに抱きついていることに気づいたトリスティアはすぐに起き上がり、眉尻を下げた。
「アルスター様、ごめんなさい」
「いいんだよ。トリスティアが安心して眠れているなら私は嬉しい」
アルスターもようやく身を起こした。
「でも、サラに怒られてしまいましたよね?」
サラとのやりとりを見ていたわけではないだろうに、何が起こっていたのかがわかったようだ。
「サラも驚いただけだろう」
アルスターが視線を向けると、サラは慌てて頷いた。
「ええ。そうです。トリスティア様は悪くありません」
やっとサラの疑念を晴らすことができたとアルスターは思ったのだが、サラから向けられる視線は依然冷たいままだった。
そんなサラを見つめて、トリスティアは首を傾げた。
「サラ?」
「トリスティア様は悪くありませんわ」
そう言いながらアルスターを見るサラの顔がぐぬぬと渋い顔になる。
「サラはアルスター様が羨ましいのですか?」
「私もです!」と、聞かれてもいないフランツが答えた。
「え? フランツ様もですか?」
トリスティアは驚く。サラが自分のことを好いてくれていることは知っていたが、まさかフランツまで羨むとは思っていなかった。
「トリスティア様、侍従である私に敬称は不要です」
「フランツも、わたくしと一緒に寝たいのですか?」
「一緒に寝たいというか、もっと頼っていただきたいです」
「わたくし、大公国に来てから、皆さんにたくさん頼っていますよ?」
「もっとです!」
フランツが力強く言った。
「もっともっと頼ってください!」
「私のことも!」とサラが続く。
「私の方がトリスティア様とずっと一緒にいたのに、大公殿下がトリスティア様と一緒に眠れるなんてずるいです! 私のことももっと頼ってください!」
「でも、サラはわたくしと一緒に寝たら休めないでしょう?」
「それは、大公殿下も一緒です!」
「でも、アルスター様は大きくてしっかりしていますから、疲れて倒れたり、病気になったりしないって言ってました!」
「そうですよね? アルスター様?」と、トリスティアに期待の眼差しを向けられて、アルスターは微笑んで頷いた。
「もちろんだ!!」
当然、アルスターも人間なので、疲れることはあるし、無理が祟れば病気になることもあるだろう。
しかし、日々鍛えているし、魔物討伐のために緊張が続く夜も何度も過ごしてきたため、サラのような一般的な体型の女性よりは体力も耐性もある。
トリスティアはアルスターは無尽蔵の体力があり、全く眠らなくても平気な超人だと思っている可能性があるが、流石に大人のサラはそうではないことを知っているし、それでも自分よりは明らかに丈夫であることも理解できているはずだ。
それでも、トリスティアと一緒に寝ることを許されたアルスターのことが羨ましいのだ。
「筋肉なの? 筋肉があれば、トリスティア様は安心してくださるのかしら?」
サラがジト目でじろじろとアルスターを見る。かなり不躾な眼差しであったが、アルスターはもうサラの視線は気にならなかった。
サラはアルスターがトリスティアに不埒を働いているのではないだろうかと本気で心配しているのではなく、ただただトリスティアに頼られているアルスターのことが羨ましいだけなのだ。
「トリスティア様、私に筋肉がついたら、私とも寝てくださいね!」
なんだかサラがおかしな方向に向かい出したような気はしたが、その場にいる大人は誰も止めなかった。




