11 お人好し
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城に戻ると、アルスターはフランツに捕まり、すぐに執務室へと連行された。
もちろん、執務が溜まっているからだ。
「神殿の様子はいかがでしたか?」
「以前一緒に視察にいった時よりも傷んでいたが、トリスティアの歌でかなり修復されたと思う」
アルスターの言葉にフランツは驚いた。
「悲しみの聖女様の歌声にはそのような効果があるのですか?」
「聖女と神殿は偉大なる存在に守られているからな」
「トリスティア様の存在が、偉大なる存在の力を引き出しているのですね」
「そういうことだろう」
「愛らしく、清らかな歌声で我々を癒してくれるだけでなく、そのようなお力まで……トリスティア様を大切にしていかなければなりませんね」
他の使用人同様に、フランツもすっかりトリスティアの虜である。
フランツはどちらかというと子供が苦手だ。わがままで声がデカくて、所構わず走り回るような秩序のない小さな人間とはできるだけ関わりたくないと思っている。
しかし、トリスティアはおとなしく、静かで、謙虚で、控えめで、さらに可愛いのだ。
貴族令嬢の中にはよく教育されていて、おとなしく賢い子供というのも確かにいるが、それでも、子供というのは基本的には自分が世界の中心だと思っているものだ。
トリスティアのように、あの年齢で生きることの厳しさを知り、自分が世界の中ではちっぽけな存在であると知っているような、そんな謙虚さを見せる子供にフランツは出会ったことがなかった。
「もとより、あのように小さい子なのだから、大切にしてあげなければ」
「アルスター様はお人好しですよね。いくら小さくとも聖女という存在が来たのですから、大公として利用価値を考えてもいいと思うのですが?」
「あのように小さな子を利用しようなどとは普通は思わないものじゃないか?」
「聖王国の王太子はトリスティア様のような幼く純粋無垢な方に対しても言いがかりをつけて追放したではないですか? 清廉潔白なトリスティア様に言いがかりをつけるほどに叶えたいことでもあったのでしょう。力を持っている者というのは子供とか女性とか弱い存在だとかそんなことお構いなしに権力を暴力に変えるものです」
「そんな者たちばかりではないだろう?」
「しかし、その証拠に、誰も王太子を止めることができなかった。城に勤める貴族達、大人達の半分でも反対し、トリスティア様を擁護するように行動していたら、王太子の愚行も止められたと思いますが?」
「……それはそうかもしれないが」
それでも、大人というのは子供を守るもので、そうした行動を取るのが一般的な大人だとアルスターは信じたかった。
「性善説を信じたいところも含めて、アルスター様はお人好しなんですよ」
「でも」とフランツは少し厳しい眼差しになる。
「本当にトリスティア様を守って差し上げたいのであれば、人が愚かしい生物だということも忘れないでください」
人は愚かであり、怖い存在だ。そういうこともきちんと理解していないと、か弱い存在など守れない。
見た目よりもずっと歳若く、経験の浅い大公に、フランツは年長者として繰り返し教えていく。
純粋な主人ゆえ、支えていることに不満など一切なく、アルスターの侍従という役目を誇らしく思っている。
しかし、あまりにも純粋で優しい主人のために度々心配にもなるのだ。
ちなみに、見た目はフランツの方が若く見られる。そのことを密かに主人が気にしていることもフランツは知っていた。
フランツとしては、ただでさえ年齢が若く、経験が未熟なので、そのことを隠すためには十分メリットのある見た目だと思うし、アルスター自身も自身の見た目をちゃんと利用していることもあるのだが、年上の人間と比べて老けているように見えるのは少し傷つくようだ。
「とにかく」と、フランツはアルスターの前に書類を積み上げた。
「トリスティア様が就寝される前にこの書類を片付けてください」
トリスティアの夢遊病の治療のために、今日からアルスターはトリスティアと一緒に眠ることになっている。
そのことを思い出して、アルスターはやる気を出した。




