10 神殿 02
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トリスティアが歌い終わると、神殿は不安になるような大きなひび割れなどは無くなっていた。
小さなひび割れなどは残っているものの、今後、トリスティアが神殿で祈りを捧げるようになれば消えるのではないかと、民たちは期待していた。
「神殿は聖女を守る場所だ。聖女が訪れてはじめて、偉大なる存在はその力を貸してくださるのだろう」
神殿が朽ち始めたのは、隣国から聖女が訪れなくなってからだ。
隣国の王妃が病で倒れ、アルスターの兄でもある聖王国の王が大公国との交流を蔑ろにし始めた頃から聖女は大公国を訪れなくなり、神殿は朽ち始めたのだ。
聖女の神殿を保つには見えざる偉大なる存在の力が必要であることは国の統治者しか知らないことだった。
大公国の神殿は四人の聖女のうちの一人の聖女のために作られたものではないからどの聖女が来てもその建物を保つことができていたが、聖王国の神殿は古の時から四人の聖女それぞれに与えられた神殿だった。
(悲しみの聖女が聖王国から追放された今、悲しみの聖女の神殿は美しく荘厳な姿を保つことができているのだろうか?)
自分が役に立てるならと再び歌い始めたトリスティアの歌によってかつての美しい姿を取り戻していく神殿を見ながら、アルスターは思った。
トリスティアの歌は何度聴いても美しく、胸を打つ。
神殿には徐々に街の人たちが集まってきて、誰しもトリスティアの歌に感動しているようだった。
幼い子供たちは単純に綺麗な声だとはしゃいでいたけれど、大人達は皆、瞳に涙を浮かべ、中には泣き崩れている者もいる。
彼らは皆、亡くなった者の記憶をその胸に抱きしめているのだ。中には、無くしてしまった大切な過去や、失ってしまった明るい未来に想いを馳せている者もいるのだろう。
その誰もが、トリスティアの歌に耳を傾け、心の傷を癒しているのだ。
トリスティアが歌い終わると「聖女様!」と誰からともなく声が上がり、「聖女様万歳!」「聖女様に感謝を!」と歓声が上がった。
神殿の方を向いて歌うことに集中していたトリスティアはその歓声で初めて、自分の背後に多くの人たちが集まっていたことに気づき、驚いていた。
アルスターはそんな小さな聖女を抱き上げて、皆に見えるように掲げた。
「大公国に癒しをもたらしてくれた悲しみの聖女 トリスティアに感謝と敬意を!!」
アルスターの言葉に人々はさらに湧き立ち、拍手が起こった。
「わたくしは、大公国の皆様のお役に立てているのでしょうか?」
トリスティアの言葉に、アルスターは肯定を示して「もちろん」と返事を返した。そして、言葉を続ける。
「でもね、トリスティアが他の普通の子供たちのように、毎日朗らかに笑って、遊んでいるのでも構わないんだよ」
アルスターの言葉にトリスティアは驚く。
「わたくしが役に立たなくても良いとおっしゃるのですか?」
「そうだよ。君が君でいてくれるだけで、私は嬉しいのだから」
「それじゃ、わたくしはもっと頑張りますね」
トリスティアがはにかんだ。
アルスターは自分の話が分かりにくかったのかと首を傾げた。
「トリスティア、私は、頑張らなくても大丈夫だという話をしたんだよ?」
「わかっております。でも、わたくしがこの国の役に立てたら、アルスター様はもっと嬉しいでしょう?」
おそらく、聖女が一人でもいてくれることによって、この国が抱える問題は改善に向かうだろう。完全に問題が解決せずとも、少しは良くなることが予想される。
そして、そのことを国民が喜び、国民が健やかであることは、確かに大公である自分の喜びにもなるだろう。
しかし、それがトリスティアの幸せであるとは限らない。
「トリスティアが頑張りすぎて倒れてしまったら心配だから、無理はしないでほしいかな」
アルスターに頭を撫でられたトリスティアは小鳥のようにその身を縮めて、恥ずかしそうにした。




