7話 ただの時計
客はカウンターに腕時計を置いた。
「父の形見なんですが。一時的にお金が必要で」
「拝見します」
店主は時計を取って、ルーペを目に当てた。文字盤、裏蓋、竜頭。傷の数を数えて、ムーブメントの型番を帳簿に書いた。
キョウはその手つきを見ていた。初めて見る手つきだった。
「この額でどうでしょう」
客は帳簿を見て、頷いた。
「預かりで。三か月ですね」
「はい。元金と利息で、そのままお返しします」
客はボールペンでサインした。店主は時計を小さな袋に入れて、棚の手前に置いた。箱ではなかった。
「ありがとうございました」
客は封筒を受け取って、普通に店を出ていった。
「普通の客も、来るんですね」
「看板に質と書いてあるからね」
店主はルーペを引き出しにしまった。
「普通に物も預かるよ」
キョウは帳簿を見た。今の客の項には、時計の型番と金額と名前。
その上の客の項には、「右腕」
「あの人たちは、なぜ知っていたんですか。ここでそういう物を預かると」
「噂を聞いたと言ってただろう」
「都合良すぎないですか?」
店主は少し楽しそうになった。
「やっと聞いたね」
キョウは黙っていた。
「レイという人がいる。外でここの噂を流している」
「店の人ですか」
「半分ね」
「その人が、客に声をかけているんですか」
「本人には言わない。本人の近くにいる誰かに、それとなく話す。病院の待合室で隣に座った人。会社の喫煙所にいた同僚。そういう人が、後日、困っている本人に話す。だから本人は、知り合いから聞いたと思っている」
キョウは帳簿を遡った。痛覚を預けた男は、待合室で聞いたと言っていた。怒りを預けた男は、喫煙所だった。
「全部ですか」
「全部ではないよ。利用者から聞いてくる人もいる。でも、ほとんどだね」
キョウは自分の項を探したが、見つからなかった。
「僕は、誰から聞いたんですか」
「記憶が戻ればわかるよ」
店主はそれ以上言わなかった。キョウも聞かなかった。聞いてもどうせこの人は答えない。
二か月後、時計の客が来た。
「すみません、少し早いんですが」
「構いませんよ」
店主は帳簿を開いて、利息を計算して、金額を言った。客は封筒を出した。店主は数えて、棚の手前から小さな袋を取った。
時計がカウンターに置かれた。客はそれを手に取って、裏蓋を見て、それから左の手首に巻いた。
「ありがとうございました」
「またどうぞ」
客は笑って、出ていった。
キョウはその背中を見送って店主に言った。
「普通の質屋としての客、少なすぎませんか?」
「それは言わないでよ」




