4話 後悔
「腕は高く取れるよ。若いし、利き腕だ」
店主は俺の右腕を見て、機嫌が良さそうだった。
車のローンが三か月滞っていた。次で引き揚げられる。車がないと仕事に行けない。仕事に行けないとローンが払えない。だから一度だけ、まとまった金が要る。
「預かりで」
「買取ならもっと出すけど」
「返すから。三か月あれば返せる」
店主は肩をすくめた。
「一つだけ説明しておくよ。腕は消えない。動かなくなるだけだ。流れても同じ。ずっとそこにぶら下がってるだけ」
「ちゃんと金は返しにくるよ」
「だといいね」
俺は帳簿に指を押した。
路地に出た瞬間、右腕が落ちた。
落ちたといっても、肩にはついている。持ち上げようとしてもできなかった。
左手で右手を持った。温かかった。血は通っている。ただ、俺のものとは思えなかった。
その後、ローンは払ったが俺はすぐに仕事を失った。
事故だった。トラックドライバーの俺は片手でも運転できる自信があった。しかし、現実は甘くなかった。幸い、賠償などはなかったが仕事はクビになった。
返すための金を稼ぐ手段が、預けた腕と一緒に無くなっていた。このことに、俺は店で気づくべきだった。
左手で生きることを覚えた。
箸は三日で何とかなった。ボタンは一週間かかった。字は今も歪んでいる。靴紐は諦めて、紐のない靴を買った。
いっそなくなったほうがマシだった。飯を食うときも、風呂に入るときも、寝返りを打つときも、俺はそれを左手で動かしてやらなければならない。
期限の三日前、金は返せそうになかった。
「期限を延ばしてくれ」
「うちは質屋だよ」
店主は笑っていた。
「でも、方法はある。左腕を預けて、どこかで車でも売れば右腕の分は返せるかもね」
俺は自分の左手を見た。
「いらない」
その選択はプライドが許さなかった。
元は車のローンの返済のためだったのに、そんなことをするのは馬鹿らしかった。
「そう」
店主は帳簿を閉じた。それ以上は何も言わなかった。引き止めもしなかった。
期限の日、朝起きて、俺は右腕を見た。
あった。昨日と同じように。
何も変わらなかった。店主の言ったとおりだと分かった。
この腕は、今日から絶対に動かない。昨日までは「金を返せば動く腕」だった。
俺は店に行った。あることを聞くために。
「流れたものは、もううちの物だよ」
店主は棚の方を見た。小さな箱が並んでいた。どれが俺の腕なのかは分からなかった。
「買い戻したいなら、値段は別だ。預かりの利息とは違う」
その値段を聞いて、俺は何も言えなかった。一生働いても届かない。店主はそれを分かって言っていた。
「まあ、君はマシな方だよ」
笑いながら店主は言った。
キョウは、帰る客の背中を見ていた。
客の右腕は、歩くたびに不自然に揺れていた。
「あの値段、本気ですか」
「本気だよ。流れた物を買い戻すというのは、そういうことだ」
店主はキョウを見た。
「何か嫌なことでも思い出したかい?」
キョウは自分の右腕を見た。




