24話 聞かれたので
レイが店に戻ってきたのは、昼を少し過ぎた頃だった。
戸を開けるなり片手に持っていたビニール袋をカウンターへ置き、そのままいつもの丸椅子に座る。袋の中にはコンビニの弁当が二つと、ペットボトルのお茶が入っていた。
「これ、食べる?」
「僕の分ですか」
「二つ買ったから」
「なんで二つ?」
「新しいやつといつものやつで迷った」
レイは袋から弁当を取り出した。一つは唐揚げ弁当で、もう一つは期間限定らしい生姜焼き弁当だった。
「両方食べるつもりだったんですか」
「買ったときは」
「今は?」
「二個はいらないかなって」
「じゃあ最初から一個にすればいいじゃないですか」
「だから迷ったんだって」
相変わらずだった。
キョウは唐揚げ弁当を受け取った。どちらがいいとも聞かれなかったが、レイがすでに生姜焼きの蓋を開けているので、選択肢はなかったらしい。
店主は奥にいた。何をしているのかは分からないが、今日は朝からほとんど表へ出てこない。客もまだ来ていなかったので、二人はカウンターの端で弁当を食べ始めた。
「昨日、大変だったんだって?」
レイが生姜焼きを箸で持ち上げながら言った。
「店主から聞いたんですか」
「変なの三人来たって」
「変なの、で済ませていいのか分かりませんけど」
「何されたの?」
「何も」
キョウは唐揚げを一つ口に入れた。
「何も売らないし、何も買わないし、店のこと聞いて帰っただけです」
「何聞かれた?」
「いろいろです」
「例えば?」
キョウは昨日のことを思い出した。
「何を預かれるのかとか、箱の中に入ってるのかとか。店主がいなくても感情とか記憶を扱えるのかとか」
レイの箸が止まった。
「で?」
「で?」
「何て答えたの」
「普通に答えましたけど」
レイがキョウを見る。
「どこまで?」
「記憶とか感情も預かれるってことと、僕には出し入れできないことと、店主がやってるってことと……買取されたものなら売れることとか」
「他は?」
「箱は触っても普通の箱だったって」
「他は?」
「店主がいない日はあまりないとか」
レイは黙った。
キョウは嫌な予感がした。
「まだありますけど」
「まだあるの?」
「帳簿に名前と預けたものと金額と期限が書いてあるって」
「帳簿見せた?」
「見せてませんよ」
キョウは少しむっとした。
「そこまで何でも答えません」
「偉い偉い」
「馬鹿にしてます?」
「ちょっと」
レイはまた弁当を食べ始めた。
キョウも唐揚げを一つ食べたが、何となく納得できない。
「聞かれたから答えただけですよ」
「うん」
「別に嘘つく理由もないでしょう」
「うん」
「じゃあ何ですか」
「キョウって、知らない人に聞かれたら結構答えるんだなと思って」
「だから全部じゃないです」
「じゃあレイさんならどうするんですか」
「適当に答える」
「嘘つくんですか」
「別に嘘つかなくてもいいじゃん。『店主に聞けば』とか、『知らない』とか」
「知ってても?」
「全部答える義務ないでしょ」
レイは簡単に言った。
キョウには、その考え方が少し新鮮だった。聞かれたことに答えられるなら答える。それで困ることがなければなおさらだ。昨日も、最初の一人目には本当にただ興味があるだけだと思っていた。
「それに」
レイは生姜焼きを食べながら続けた。
「聞かれたことより、聞かれなかったことの方が分かりやすいよ」
「どういうことです?」
「普通、この店の話を初めて聞いたら、自分のこと考えるんだよ」
「自分のこと?」
「例えば『記憶も売れる』って聞いたら、自分の嫌な記憶も売れるのかなって考える。感情も預けられるって聞いたら、自分なら何を預けるか考える。値段聞く人もいるし、怖がる人もいる」
キョウは昨日来た三人を思い返した。
一人目も、二人目も、三人目も。
「誰も聞かなかった」
「でしょ」
「自分の何が売れるとか、いくらになるとか」
「つまり、最初から客じゃない」
レイはお茶を飲んだ。
「店しか見てないんだよ、その三人」
キョウは少し黙った。
昨日も、三人分の質問を並べたところでおかしいとは思った。ただ、レイに言われると別の部分まで見えてくる。
「レイさん、普段そういうところ見てるんですか」
「人探すときはね」
「何を聞くかじゃなくて?」
「何を言わないかも見るよ」
「面倒くさそうですね」
「キョウには向いてないかも」
「なんでですか」
「聞かれたこと全部答えそうだから」
「まだ言います?」
「だって本当だし」
レイは笑った。
キョウは唐揚げを食べる。
少し冷めていた。
「そういえば」
レイが何でもないように言った。
「私の名前も出したんだって?」
キョウの箸が止まった。
「……店主、そこまで言ったんですか」
「言った」
「別に大したことじゃないですよ。店のことを知ってる人が他にもいるのかって話になって」
「次からやめて」
声はいつもと変わらなかった。
キョウはレイを見る。
「嫌なんですか」
「知らない人に名前持って帰られるの、あんまり好きじゃない」
「すみません」
「別に怒ってないよ」
レイは弁当の端に残っていた漬物をつまんだ。
「次から出さなきゃいいだけ」
キョウは少し気になったが、それ以上は聞かなかった。なぜ嫌なのかを聞けば、今度は自分が昨日の三人と同じになるような気がした。
しばらく二人とも黙って食べた。
店の中には箸が容器に当たる音だけがしていた。
「じゃあ練習しようか」
突然レイが言った。
「何の?」
「聞かれても余計なこと答えない練習」
「いらないです」
「じゃあ始めます」
「人の話聞いてます?」
レイは無視した。
「店主がいない日はいつ?」
キョウは少し考えた。
「店主に聞いてください」
「いいね」
「なんで採点されるんですか」
「店の箱ってどこから仕入れてる?」
「知りません」
「これは本当に知らない?」
「知らないです」
「じゃあ、レイは普段どこにいる?」
キョウは答えかけて止まった。
レイがこちらを見ている。
「……レイさん本人に聞いてください」
「合格」
「だから何なんですか、この時間」
「じゃあ最後」
レイは少し考えた。
「キョウが預けた記憶には、何が入ってる?」
キョウは黙った。
「それは僕が知りたいです」
「不合格」
「どう答えろっていうんですか」
「『教えません』」
「知らないのに?」
「知らないことまで教えなくていいでしょ」
「無茶苦茶ですね」
レイは笑った。
食べ終わった容器を袋へ戻し、椅子の背にもたれる。
「でも昨日の三人、また来るかもしれないよ」
「店主がいる日に?」
「どうだろうね。店主がいない日を狙ったなら、来ないかも」
キョウは昨日、最後の男に「店主は明日いますか」と聞かれたことを思い出した。
「店主に会いたい感じではなかったです」
「なら余計に変だね」
「宗教の人だと思います?」
レイはすぐには答えなかった。
「多分。でも決めつけるのはまだ早い」
「最近そればっかりですね」
「何が?」
「多分とか、まだ分からないとか」
「分からないものは分からないよ」
「レイさんでも?」
「私、何でも知ってるように見える?」
「ちょっと」
レイが少し笑った。
「残念でした」
そのとき奥から店主が出てきた。二人の前にある空の弁当を見る。
「私のは?」
レイが即答する。
「ないよ」
「二つ買ってきたんじゃないの?」
「キョウが食べた」
「私もここにいたのに」
「外に買いに行けるでしょ」
店主はキョウを見る。
「ずるくない?」
「僕に言わないでください」
店主は不満そうに奥へ戻っていった。
レイはその背中を見てから、残ったお茶を飲む。
「そういえば、昨日の三人の顔、覚えてる?」
「大体は」
「なら今度見たら教えて」
「レイさんに?」
「私がいるときならね。外で見かけるかもしれないし」
キョウは頷いた。
「分かりました」
レイは空になった袋をまとめ、丸椅子から立った。
「じゃあ今日はもう一回外見てくる」
「また客探しですか」
「それもある」
「宗教の方も?」
レイは戸に手をかけた。
「それもある」
少しだけ振り返る。
「知らない人に何か聞かれても、何でも答えないようにね」
「子供じゃないんですけど」
「昨日の話聞くと怪しい」
「もう分かりましたよ」
レイは笑って外へ出た。
戸が閉まったあと、キョウは残った弁当の容器を片づけた。
昨日までは、知らないことを聞かれたら「知らない」、知っていることを聞かれたら「知っている」と答えるだけでいいと思っていた。
でも、どうやらこの店ではそれだけでは駄目らしい。
キョウは入口を見る。
それから少し考えて、カウンターの上に置いていた帳簿を棚の下へしまった。




