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 ゆったりとしたノックが三度聞こえ、ウルズは背筋を凍らせた。


「ごめんください、夜分すみませんが、道に迷ってしまって。一晩泊めて頂けませんか?」


 鷹揚な女の声が響いた。


 道に迷ってこんな山奥に来る変わった人もいるらしい。九分九厘、嫌な予感を感じながらも逃げ場は無い。腰のベルトに剣を差し、戸口に向かった。ソラリスはスカーフを巻いて耳を隠した。




 ドアの隙間から相手を覗った。

 大柄な女だった。年齢は20前後か。革をメインにしたハイブリットアーマーを着込んだ姿はどこか手練れの風格を感じさせた。殆ど飾りに近い舟形のミニハット、肩で切りそろえた金髪と気だるげな糸目。それも相まってどこか狐を思わせる印象。


 だが、どこか隠し切れない冷酷さも感じた。同族の命を食材と同じように断つ事を厭わない、その手のプロの雰囲気。それを裏付けるように腰のサーベルは使い込まれ、細かな傷が幾つも見て取れた。


「…どちら様でしょうか?」


 訊ねながら彼我のレベル差を比べた。自分がレベル33。ソラリスが16。


「フリージア・エノーゼルと申します。…三ヶ月ぶりに王都に戻って来た所でして」


 フリージア、レベル41。 騎兵。

 豊かな胸元に光る星と交差する剣のマーク。…今になって気付いたミニハットの階級章は…高級幹部クラス。憲兵と騎士団の指揮系統と階級関係は互いの組織ごとの解釈によって誤差があるため微妙な所だが…恐らく騎士団長と同等かそれ以上の階級に当たる。

 犯罪を犯した者を制圧して連行…若しくは処断する上級執行官だ。


 言葉を信じるなら別の重要な戦域か城塞で憲兵任務に就いていた所を、交代か…もしくは何らかの指令を受けて王都に戻って来た、と言う事になる。



「…それはお勤めご苦労様でした。こんな家で良ければどうぞ」


 相手が相手だけに追い出すという選択肢は無かった。…戦えば敗北。良くても相討ちだ。相手も敵対的な雰囲気では無いし、本当に偶然ここを訪れただけかもしれない。可能なら刺激せずにやり過ごしたい。


「とんでもない。これは立派な御宅だ。…ところで随分とお若いが、御両親は?」


「いえ、両親とは死別しているので。今は自分がこの家の主…ウルズです。…あちらは僕の妹のソラリスです」


「そうでしたか。それはお気の毒に…」 


 くん、とフリージアが鼻を動かした。


「おや、そう言えば何やら甘くかぐわしい香りにつられてここに辿り着いたのですが」


「あ、ああ…多分…」


 

 ウルズは自分の皿に盛ったシュガードーナツを差し出した。


「食事は終わってしまったので干し肉とパンくらいしかありませんが…宜しければこれをどうぞ」


「良いのですか? …それでは遠慮なく」

 皿を受け取り、フリージアはドーナツを掴んでぱくついた。



「…う、美味い!これは君が!?」


「あー、俺と…妹で。原料は妹が山で採集し、俺が作りました」


「けれどこれは砂糖でしょう?生地はともかく、砂糖なんて貴重品をどこで手に入れたのですか?」

 迂闊だったかと悔やみながらも、もう後戻りはできなかった。…憲兵相手に変なごまかしをすれば却って面倒な事になり兼ねない。


「…その、自分のスキルで試行錯誤して代替品を作りました」


「これは凄い。私も立場上、王城でのパーティーに参加する事はあるのですが、こんなものは食べた事が無い。…王都、いえ王城のお抱えになって仕事ができますよ」


「…いえ、自分にはそんな大任は恐れ多くて。それに、父母の形見であるこの家から離れたくないので…」


「そう…それは残念です。でも、王都で仕事をするという道もありますよ。…よく検討してみて下さい」


「…ありがとうございます」



 枕元に剣を置き、一晩を過ごしたが、フリージアは何も仕掛けて来なかった。翌朝早朝に荷物を纏めて家を出発する準備を整えていた。


「お世話になりました、ウルズさん、ソラリスさん。心から感謝を」


「どうぞお気をつけて」


「…失踪した孤高の剣士がこんなあどけない少年だとは思いませんでした」


「…」


「安心してください。私の関知するところではありません。…それに、思わぬもてなしを受けてしまいましたしね」


「…見逃してくれるんですか?」


「見逃すも何も、例の孤高の剣士の罪状は一週間の兵役未了です。…違反は違反ですが、兵役中の戦果功績と相殺しても余りある利益を王国に与えてくれましたしね。一憲兵としては黙認が妥当と考えます。…むしろ、水面下で強引な婚姻式を企んでいた王国側に非があるでしょうね。…勿論、公の立場として大っぴらにそうとは言えませんが」


「…ありがとうございます」


「こちらこそ、あのどーなつ…?は最高でした。 …また来ます」


 そう言ってフリージアは自分を見逃して去っていった。


 憲兵と言えば泣く子も黙る冷徹な治安部隊、というイメージがあったが、エリートでありながらこんな小粋な思いやりをしてくれる人もいるのだな…


 ウルズは下山していくフリージアの背を見送った。

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