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スローライフです

 有難いことに、ソラリスは弓の名手だった。それも、感覚的にどの角度から矢を撃ち込めば動物やモンスターの急所を射抜けるか、可能な限り苦しませないように仕留められるかを知っていた。

 つまり猟は彼女と罠に任せておけば、大なり小なり何かしら獲物が手に入る。


 前回のソラリスへの失敗を反省し、吊り上げ式の罠や命に関わる罠は解除し、非殺傷性の落とし穴と、刃物さえ持っていれば自力で脱出できる安全な罠に変更した。


 更に有難かったのは、彼女がお喋りではなく、また必要な事以外はさほど喋らない自分の無言の間にさして苦痛を感じていない事だった。


 社畜時代に参加させられた飲み会や同僚とのイベントでは、これが一番苦痛だった。黙っていると「何か話せ」「もっと場を盛り上げる努力をしろ」などと強要されたものだ。 …終いにはあからさまに孤立させてくる。…孤立自体はノーダメージなのだが、その悪意が鬱陶しかった。


 ソラリスはそれを強要して来るタイプでは無く、また自分も傍に居て不快に思う事も無かった。


(まぁ、これなら暫く居てもらっても構わないか…)


 猟や採集に関しては彼女の方が上手い。獲物を捌くのも手慣れていた。だが料理他家事は自分の方が上手かった。

 長らく一人暮らしをして身に着けたナチュラルなスキルが役立つとは思わなかった。生前も趣味らしい趣味に割く時間と金など無かったが、休日らしい休日にありつけた時に限られた時間で楽しめるのが料理であり、趣味らしいものと言えばそのくらいだった。。

  

 料理なら旅行やイベントへの参加のように移動や時間もかからない。食べたいものを決め、その為の買い出しをして作るだけだ。自分のような社畜でもできた。



 もっともこの世界はスーパーなど無い。そのため、作る物を自由に決められる訳もなく、ソラリスがその日その日採集してきてくれた野草や山菜、肉をひとまず試食してどんな味・食感かを把握した上で手元にある材料から作れるメニューを決めなくてはならなかったが。



 さほど手の込んだ物は作っていないが、それでもソラリスは大いに喜んでくれた。三度の食事が近づくと目に見えてご機嫌になるのがよく分かる。


 喜ばれるという事は原動力になる。とりあえずまともな物を食べられさえすればいいという程度のモチベーションは「もっと喜ばせたい」というモチベーションにランクアップしていく。


 だが、調味料など無いこの地では、できる事などたかが知れていた。


「…待てよ」


 食材庫に吊るした香草を取ってみる。

 まずは調律のスキルを使ってみた。

 

 「調律」 基本的な効果は触れた物体を一定の状態に保ち続かせる事だ。これによりこの家の建材はその状態のまま保たれ続け、本来の耐久性・防腐性などとは段違いの能力を発揮している。


 応用として、《《その物体が変化し得る極限域内で構造変化》》させる事ができる。例えば木材なら逆に極限まで腐食させ、腐葉土として肥料にできるし、工作機械でくり抜いたような複雑構造の木材にすることもできる。


 香草を調律し、適度に熟させてみた。試しに匂いを嗅いでみると、思った通り香りが強まり、スパイス…香辛料にかなり近づいた。


 更に精製を施す。


 精製は《《その物体を人が加工し得る極限域内で精製》》させる事ができる。熟させた香草がかつてスーパーで当たり前に変えた香辛料に近い粉状の形で精製された。


 これも応用ができるか試した所…可能だった。応用として(生成)もできる。これは二つの精製素材を更に組み合わせる事で更に違う物質を生成する事だった。



(これは良い。ライフワークとしても幾らでも楽しめそうだ)


 

 精製と生成のレシピを取りながら調味料を揃えていく。

 料理が更にバリエーション豊かになる、と説明を聞いたソラリスは喜び勇んで採集に出ていく。


 

 一週間も経つ頃には厨房にかつて揃えていたレベル…オリジナル生成した調味料も含めればそれ以上の種類が備わっていた。

 植物や香草だけでなく、動物からも生成できた。血肉に含まれるミネラルを調律・生成して喉から手が出る程欲しかった塩を手に入れ、旨味を凝縮した血肉のソースに精製した脂を加えてオリジナルのウスターソースも数種類作った。当然、シチューのブイヨンにもなる。



 ソルガムに酷似した野生種を見つけ、調律・生成して砂糖と、パン生地、焼き菓子の材料も手に入れた。

 シンプルなシュガードーナツを作ってやると、ソラリスはこの上なく幸せそうな表情を見せた。


(後は牛乳さえあればな…)

 余裕で生クリームやアイスクリームを作ることもできる。その為には家畜を手に入れるか、牛乳を仕入れる必要があった。

 手っ取り早いのは王都まで牛乳を仕入れに行く事だが、お尋ねの身でホイホイ出ていく訳にも行かない。



(…コイツがこんな幸せそうな顔しなけりゃ、そこまでしないんだが…)


 世にも幸せそうにドーナツを平らげていくソラリスを眺め、ウルズは内心で溜息を吐いた。

 全く…独りで静かに第二の天寿を全うしようと思った矢先にコレだ。





 …しかしまぁ、このくらいの賑やかさだったらいいか…そう思い始めてきていた。




 …甘味の匂いに誘われ、次なる訪問者が現れるまでは。

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