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人間嫌いです

 吾輩は人間である。だが人間嫌いである。


 人間と猿…チンパンジーは似ている。残虐な所とか特に。


 自分自身も自分で気づかぬうちに他者を失望させてきたかもしれないが、それ以上に他人は自分を失望させ続けてきた。それも、案外近しい人こそ自分を失望させてきた。


 殴る蹴るの暴力だったらまだいい。殴り、蹴られた時は痛いが、傷が治ればそれで終わりだから。


 問題は、言葉の方だった。少しでも深いと決して消えない。永遠に。


 例え仲直りしたとて、傷は永遠に残り続ける。


「あれはナシ!」「言い過ぎた、ごめん」なんて言っても手遅れだし、通用しない。発し、受け取った時点で言葉は…どんな軽い気持ちだろうが成立してしまう恐ろしいものだ。


 意図的に記憶喪失に出来る技術でも誕生しない限り、不治の傷として人間を傷つけ続けるだろう。



 …で、平気で人を傷つける奴ってのは、自分が悪いとは思わないものだ。心臓に毛…いや、カビでも生えているのだろう。



 両親から愛を受けなかった訳では無かった。 …だが、未だに心に残り続ける言葉が無かった訳でもない。



 言った本人は忘れているかもしれないが、自分は忘れていない。


 人の言葉で傷付けられる度、歳を重ねるごとに、自分は言葉少なになっていった。…ふとした言葉が他人を傷つける、危険なものだと実感したから。


 生憎と、自分の周りのお喋り達にその実感も自覚も芽生えなかったようだが。


 言った本人は聞こえていないと思っているのか知らないが、案外聞こえるものだ、自分への陰口は。


 

 それが嫌ならはっきりとそう言えと言う。

 …言ってどうなる?感動ドラマかアニメのように互いに手を取って、周りの皆も仲良しこよしでハッピーエンドか?…だが現実は違うはずだ。 それこそ破滅と孤立への確定ルートだろう。


 

 だから、人間は嫌いになった。少なくとも、好きではない。



 動物は嫌いじゃない。 自分を傷つけないから。

 自分は牛や豚、鶏や魚を食べるけど。だが嫌いだから食べる訳では無い。


 だが、動物は彼らを好んで食べる自分を好いていないだろう。それは仕方ないと思う。



 

 …それでも、人としてまたこの世界に生を受けた。



 結論から言うと、またしても人々に失望させられる日々が続いた。


 自分はこの世界で言う所の「鬼子」だったらしい。

 まぁ、仕方ないと言えば仕方ない。歯が生えていたらしいし、周りの人間の言葉も既に生前の知識レベルで理解できていたから。

 

 どうやら発声する事はできるようだが、これで喋ったらいよいよ処分されるだろうと悟り、黙っている事にした。いずれにせよ、喋ろうが喋るまいが赤子の自分に抵抗などできない。

 

 お包みに包まれたまま、まな板の上の鯉になったつもりで無気力に時間を過ごした。


 どうせ死んだ身だ。これで死ねば今度こそあの世へ行くのだろう。…今度は地獄でも、無の世界でも構わない。

 もう、何も期待してないから。


 

 母親にすら気味悪がられながらも、奇特な幼い家政婦…メイドに恵まれ、世話をされることで満足に育つことができた。それでも弟が生まれた事で、その面倒係としての役割と慈悲を受けて生かされ、ようやく四歳を迎えた。この頃には自分の足で自由に動き回れるようになっていた。


 自分はやけに運動神経が良いように感じられた。


 だが、自分の保育園時代を思い出して、「まぁ、こんなものだったか?」程度にしか思わなかった。

 背が低い分、体感速度も違うのだ。だから、少し走ったり跳ねたりしただけで速く、高く感じるだけだろう。


 やがて、自分の成長と共にどこかよそよそしさを増して行く両親をよそに、独自にこの世界の知識と武芸の鍛錬を重ねていった。

 

 この世界での自分の名はウルズ。家の名は十四の出家と共に手放した。自分と反比例するように可愛いがられて育った弟が継ぐだろう。


 幸いなことに、十を超えた頃から幾つかのスキルが発現してきた。


 自身の職業は剣士。スキルは「身体能力強化」。どこの軍隊でもその基幹戦力を占める、極めて凡庸な職業とスキル。


 だが、ユニークスキルがありがたかった。

「調律」「精製」


 この二つが無ければ、もう数年…肉体が成熟しきるまであの家に耐えて縋るしかなかった。


 物置から見つけた、古ぼけた使い古しの剣とマント、水筒、鞄…最低限の荷物を搔き集め、逃げるように愛のない家庭から抜け出した。


 これで自分もあの家庭も幸せになれるだろう。



 こそこそと搔き集めた紙片を綴じた手帳を開く。大まかなこの国…ガラドの地図を開く。そして水筒の蓋に水を垂らし、ボロ剣の刃毀れした欠片…細長い金属片の片側に樹液を擦り付け、更に「調律」を施して水に落とした。


 金属片は水に沈まず、調律によって指定された方角を差し続ける。 これをコンパスにして、まずは当面必要な資材と金策の為、王都へと向かった。

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