魔王軍英雄との決闘です
我ながら無茶な事をしたものだ、とも思う。
黙って大人しくしていれば、魔王の料理番としての生活は本来の自分にとって決して悪い事では無かった。…あの身長イジリはあったが、魔王の寵愛を受けて居る以上、それ以外に魔王やモンスター達は自分の心身を傷つける事は無かった。
魔王は無口では無かったが寝起きを共にして不快になる相手では無かったし、自分の料理を心から喜んでくれている。…自分が自惚れでなければ、好意も少なからず感じる。
サキュバスのルルエも親切だし、見た目に反して甘いものに目が無かったり、少女らしい所があって可愛らしかったりする。
このままここで上手くやっていく事もできたはずだ。…でもその安寧を自ら手放して、死ぬかもしれないリスクを背負おうとしている。
エイミー、ソラリス、フリージア、ユーリ、ロックにホーリー…彼らに同情した訳では無い。同情の為だけに命を賭けるには、まだ彼らとそれほど多くの時を過ごしていなかった。
むしろ、恩返しと言うか清算をしたいくらいだった。
人との関りを嫌っていた自分の元に次々転がり込んできて、最初は内心で鬱陶しくも思っていた。
…でも、いつの間にか自分はこんな選択をする程度に人と関わろうとしている。
きっと、彼女らと関わったおかげでだろう。彼女たちは自分を決して否定したり見下してくる事も無かった。…主に食べ物繋がりのなんともお笑いな関係性だが、それでも自分はきっと…あの生活が居心地よかったのだと思う。
皆を仲間だと思っている。
でも、どんな綺麗事を言おうといつかまた…別の誰か…人に傷付けられることもあるだろうとも思っている。
…それでも良いと思っている。
魔王が用意してくれた立派な鎧兜を断り、着慣れた革のアーマーだけ着込んだ。 ちょっとした怪我を防げる程度の物だが、何と言っても軽くて動きやすい。相手は魔王軍の英雄だ。一撃喰らったらどんな立派な鎧をしていようと助かるまい。 …力量差が明らかな以上、絶対に喰らわずに倒さねばならない。…それでも念の為、調律で最大限まで防御力を強化しておいた。…気休めの範囲に過ぎないが。
そして例の小烏丸とショートナイフを受け取った。…いずれも調律で最大まで強化する。
そして最後に自分自身に調律を施した。強化するのは感覚のみ。シンプルな調律にすればするだけ効果も最大限期待できる。
これで自分自身ができる事は全てやり尽くした。…後は全力で戦い、天命を待つだけだ。
中央に鎮座する魔王を始め、レベル60以上の幹部クラスの魔物がアリーナの周囲に立ち会った。不安げなルルエの姿もあった。
自分の対面となる通路から黒い人影が歩いてくる。歩を進める度、甲冑の小気味良い金属音がカシャ、カシャと響き渡った。黒い全身甲冑の魔物。魔族としてはさほど大柄ではないが、放たれる殺気と闘気は凄まじいものだった。
「黒太子…その戦いをこの目で見られようとは…」
「このゲーデの王城親衛隊も黒太子一人で殲滅したそうだな…」
控えている幹部魔物の中から感嘆の声が漏れ聞こえた。…太子と言うからには魔王の親族か何かなのだろう。…まさか、魔王の子供…じゃないよな? それにしてもレベル90とは…この世界の魔王軍は全軍修行でもしたのか?これがゲームだったらこんなもの、チートでもしなければそうそう勝てないぞ…
お互いが白線に立った。
「我が直近の眷属たるウルズよ。 降伏はいつでも受け付ける。…それ以外はどちらかの死によって勝敗を決する」
黒太子が剣に手を掛ける。 ウルズも小烏丸に手を掛けた。
「はじめ」
黒太子の黒い剣が抜き放たれた。調律によって研ぎ澄まされた感覚でそれをなんとか避け、剣を掻い潜った。
だが黒ずくめの騎士と剣はそれを見越していたように追撃して来る。…エイミーの騎士団でしごかれた甲斐があった。何とか太刀筋を読み、小烏丸で受けながら鍔迫り合いに持ち込んだ。…が、圧倒的なパワーに押し敗け、大きく弾き飛ばされた。
「元より勝負になる筈も無い、すぐにでも降伏せねばその機会すらないまま瞬殺されてしまうだろう…」
幹部魔物達の騒めきを気にする余裕などなく、ウルズは常に体の状態と、何よりスキルポイントの残量に注意した。 調律による武器や身体能力、反射神経等の強化が失われればその時点で勝ち目は無くなる。
神経を研ぎ澄ませ、相手の動きに注意した。…先に手を出しても勝ち目はない。先に手を出させて、その僅かな隙を突く以外に勝ち目はない。 そしてチャンスを逃せば降伏する間もなく殺される。
緊張のあまり意図せず呼吸が乱れ、息苦しくなってきた。…周囲の空気を精製して質のいい酸素を取り込み、調律の配分を神経系統の回復に回した。…敵より先にプレッシャーに殺されては目も当てられない。
そんな自分の行動を見透かしてか、黒太子が再び剣を振った。予備動作が極端に少なく、それでいて一太刀一太刀が鉄塊のように重い。 攻撃を防ぐ度、戦いに向かず、15も越えない幼い体が軋み、悲鳴を上げる。
こんな攻撃を体に直接受ければ、どんな素晴らしい鎧を着ていようとただでは済まない。とにかく防ぎ…出来れば躱したいのだが、躱し損なえば死ぬ。 気付けば恐怖の余り、ハイリスクハイリターンな回避よりもローリスクローリターンの防御を選びがちになってしまっていた。
だが、これこそ死へのカウントダウンを早める行為だった。たとえハイリスクでもカウンターを狙わない限り自分に勝ち目はなく、耐久レースの果てにあるのは確実に自分のスキルポイント切れなのだ。
「くぅっ!」
黒太子の重い一撃に小烏丸の鍔が欠けた。…調律で強化していてもこの始末だ。このままでは鍔ごと手を切り落とされるのも時間の問題だ。
「ウッ!」
防ぎ損ね、肩の皮鎧と自身の肉が幾らか削り取られた。…直接当たっていない筈なのに、掠めただけでこれだけ広い範囲に被害を与える圧力を纏った剣。
…そろそろ、こちらも覚悟を決めてノーガードでの戦いをしなければならない。
小烏丸の刃に調律で電荷を纏わせ、再び待ち受けた。
極限まで研ぎ澄まされた感覚が、視界に映る世界を隅々まで観察できるほどに体感時間を麻痺させた。
ギャラリーの幹部魔物達には勝敗は明らかなようだが、やらねばならない。
魔王が苦悩を滲ませながら肘掛けに爪を立てていた。 …それでもやらねばならない。
黒太子がトドメとばかり斬り込んでくる。 今こそやらねばならない。
躱す事は意識せず、自分が無残に殺される姿も考えず、とにかく当てる事だけ考えてた。
微かに見慣れてきた相手の太刀筋。…自分の太刀筋はまだ殆ど見せていなかった。
それが勝敗を分けた。
相手の太刀筋とすれ違うように切り上げる。電荷を纏わせた剣が当たれば、例え急所を切れなくとも必ず大きなダメージを与えられるはずだ。相手の剣が自分の手元に振り下ろされて衝撃が広がったが、構わず剣を振り抜いた。…こちらにも手応えがあった。
ガシャン、と重量のある物体が石畳の上に転がった。恐る恐る目を開けると、小烏丸の柄が両断され、自分の体にも革鎧を裂いて表皮を裂き、派手な傷跡と出血をしていた。
…対する黒太子は右腕を剣ごと落とされ、よろめきながら剣に駆け寄り、左手を伸ばそうとしていた。慌てて駆けつけ、剣の上に当た足を踏みつけて押さえつつ片手サーベルになってしまった小烏丸を黒太子の首元に突き付けた。
観念したように黒太子はその場に膝を付き、頭を垂れた。
「…勝負あり。 トドメを刺すが良い、ウルズよ。 …その経験値でお前は間違いなく人間…もしかしたら魔族も含め、最強の英雄になれるだろう」
魔王は淡々と言った。 だがウルズは剣を下ろした。
「…言わなかったっけ? 俺は戦いや英雄なんて向いてないんだ。 …ノンビリ日曜大工したり、ご飯作って皆が喜んでくれるだけで良いんだ。…その為に平和が欲しい」
「…本当にそれで良いのだな?」
小さく、しかしハッキリと頷いた。
「そうか」
魔王はそれまでの謹厳な表情を崩し、安堵したように微笑んだ。拍子に美しい銀髪がはらりと揺れた。
「ありがとう。 …弟を助けてくれて」




