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寵愛して頂いても困るんです

「そら起きろ、子豚め」

 肉感的な身体に圧し掛かられ、ウルズは唸り声を上げながら目を覚ました。…整っている顔だが角を生やし、黒目の中に燃える様な赤い瞳。 魔王が薄らと笑みを浮かべながら自分を覗き込んでいる。 その背後から眩い朝日が差し込んでいた。

 




 魔王の暗殺に失敗し、囚われの身…寵愛される身となって早くも二日が経っていた。

 軟禁状態ではあるが、見張りのサキュバスさえ同行させれば深夜の就寝と三度の食事以外は自由に城内の移動を許され、魔物達は決してウルズに無礼な態度を取ったり、傷つけようとはしなかった。…魔王の大事な所有物だから。


 囚われてすぐにフリージアとユーリが決死で忍び込み、自分を救出しようとしてくれたが叶わなかった。部屋には魔王の施した結界が張られ、これを解除する事は誰にも出来なかった。


 魔王や自分の周囲を徘徊する魔物達もこれまでに戦って来たモンスターとは次元が違い過ぎた。見つかれば皆殺しにされてしまうのは火を見るよりも明らかだった。

 自分の事はもう良いからどこかへ逃げてくれ、と言ったがこう返された。 


「チャンスはある筈です。…ここでは私達は力になれませんでしたが、王都を守りに戻ります。…私達も最後まで諦めませんから、ウルズも諦めないでください」

 そう言い残し、今は魔王軍に侵攻されている王都へと戻って行った。


 扉が開け放たれ、思考を中断した。


「ご案内します」 

 サキュバスのルルエが立っていた。…美しい女の姿をしているとはいえ、レベルは70もある。…丁度自分の倍近くあるのだ。抵抗しても到底勝ち目はない。 大人しく立ち上がり、ルルエの後に続いた。


 厨房には二日前まで魔王の料理番をしていた、コック姿のゴーストが控えている。自分の手伝いとして。

 自分が代わりに魔王の料理番としてあの日から働かされる事になった。 …あの毒と媚薬入りの葡萄酒が気に入ったらしい。毒殺は不可能だと諦め、今は普通の料理を作っている。


 戸口にはルルエが佇んで監視している。…少しマイペースというか、このサキュバスはよくボンヤリしている事がある。今も監視といってもボンヤリと宙を虚ろに見上げている。…そういう振りをして、自分の本心を引き出そうとしている演技という可能性も無い事はないが…


 コックゴーストは自分に仕事を奪われてしまった立場だが、それに関しては全く頓着していないようで、どんな指示にも懇切丁寧に応じてくれている。


 さすが王城の厨房と言うだけあって、あらゆる食材が種類豊富に揃っていた。食材に関しては態々生成するまでも無く、調律で簡単な調整をするだけで済んだ。 

  

 一日に三食の食事を作る訳だが、その中で魔王の好みを探った。…こうして囚われて働かされるのは不本意だが、働くからには美味いものを味わわせてやりたいと思った。


 和、洋、中…自分のそう多くは無いレパートリーの中からそれぞれ反応を窺ってみたが、特に好き嫌いという事は無かった。全てに良好な反応を感じる。

 少しランクと品数を落として、代わりにデザートを付けてみるか? …あの顔とオーラで甘いモノ好きというイメージは少し湧き辛いが…いや、だからこそ案外好きだったりするかもしれない。


 硬い黒パンを調律してサンドイッチの準備をしながらコックゴースト…シェフに呼び掛けた。

「卵と牛乳、砂糖を頼みます」

「畏まりました」


 大量の食材の保管場所を疾うに暗記しているシェフは素早く動き、石棚から卵と牛乳の入った壺を取り出して調理台に置いた。

 キャベツとスライストマトとハム、マスタード。卵とツナ。 …日本の物に極力味を近付けた万能調味料のマヨネーズもここの材料で拵えてある。これでごく普通のサンドイッチセットを自分と魔王の分だけ作る。

 

 と、シェフが豆を焙煎し始め、かぐわしい香りが漂った。流石と言うべきか、贅沢な事にこの厨房にはコーヒー豆もあった。コーヒーを淹れるのはシェフの唯一変わらない仕事だった。


 本来、モンスター達は例外こそあれ、人と同じ食事を必要としない。それでも魔王には味覚があり、食べる事を趣味としている。そのために料理人として生きていた人間の亡骸に高位ゴーストを憑りつかせてコックゴーストという特殊なモンスターにし、料理番までさせていた。


 


 完成したサンドイッチを更に乗せ、続いてボウルに卵と牛乳、砂糖を入れてかき混ぜ、腰のポーチから《《普通の》》バニラとシロップソースを取り出した。

 

 今回は上手く行った。

 …と、肩越しに気配を感じて恐る恐る振り返ると、いつの間にか戸口から離れ、ウルズの背後にピッタリと忍び寄っていたルルエがじっと手元のプリンを見つめている。


「…毒なんて入れてないよ」

「…」

 動こうとしない。

「…味見…毒見してみる?」

「はい」

 自分のプリンをスプーンで取り、食べさせてやった。 ルルエの表情が心なしか明るくなる。

「大丈夫だろ?」

「はい、美味しいです」



 カートに魔王の朝食セットを乗せ、ルルエと共に魔王の寝室へと運んだ。 

 


「コーヒーに隠れて何やら甘い匂いがするな?」 

 食事をテーブルの上に並べると、開けてはしたない寝間着姿のまま、ソファにどっかりと魔王が座り…隣を叩いて示す。…犬か猫にでもなった気分でその隣に腰かける。


「サンドイッチだな。…具材は全て分かるのに、パンは柔らかいし初めて食べる味だ。…美味い。これがお前の仕掛けだな?」 

「はい」

 コーヒーを啜りながら魔王と共にサンドイッチを平らげていく。

 

「さて…気になっていたコイツは? プディングのようだが?」

「はい。…と言っても、自分が元居た世界の物なのですが」

「癖になる爽やかながら甘い香りがするな」

「バニラとカラメルシロップですね」

 プリンを口に含んだ魔王の表情が緩んでいく。

「うむ、柔らかくて美味い。 …あの時、気紛れでお前を殺さなくて良かった。 昼まで自由にしていていいぞ」


 朝食を終えると、魔王はウルズの目も気にせずルルエに手伝わせて着替えはじめる。城の書庫から持ち出して来た文学書物に目を落とした。

 

(しかし参ったな。…脱出の算段が全く思いつかない)


 殺されるよりは遥かにマシだが、こんな生活をいつまでも続けたくない。…今は耐えるしかないのか…



 とりあえず意思疎通はできている…ならば説得して、自分を解放してもらう事もできるのでは無いか?


 …問題は、魔王相手に自分にそんな交渉能力があるのかどうか、という事だ

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