打倒魔王です
朝になるとロックが隠していた馬を連れてきた。六人になった一行はロックの案内でゲーデの城へと向かった。
しかしロックは城下町をスルーし、城から離れていく。
「どういうことですか?」
フリージアが怪訝な表情で尋ねた。
「城下町はモンスターの集結地点になっているんです。正面突破はどんな勇者だって難儀する筈です。…王族が避難する為の隠しトンネルがありまして」
城からやや離れた小さな集落に辿り着いた。当然、魔王軍の襲来によって村人は誰一人居らず、代わりに小規模なモンスターが屯していた。驚愕するモンスター達へ一気呵成に襲い掛かった。
「仲間を呼ばれると厄介だ、一匹残らず殲滅しよう!特にゴブリン!」
ロックの全体魔法でゴブリンの大半が焼き尽くされ、一早く逃れたゴブリンにはソラリスの矢が追いすがった。
トロール、オーク、部隊長と思しき甲冑の魔物が号令をかけ、反撃してきた。
跳びだして行くホーリーがアイアンシールドをトロールに叩きつけて頭部を粉砕し、そのまま盾を構えてオーク達の攻撃を一手に防いで立ちはだかる。そのオークにはユーリが襲い掛かった。
その小さな体からは想像もできない勇猛果敢さに驚きながらも、甲冑の魔物に向かった。腐りかけた兵士…ポーンゴーストが立ちはだかろうとするが、フリージアの怒涛の攻撃で粉砕されていく。
ふと足元にある、ゴブリンを焼き払った残り火が目に留まった。 剣と炎を調律して剣に纏わせ、再び甲冑の魔物に迫った。
甲冑騎士と切り結んで鍔迫り合いになるが、剣から放たれた炎が甲冑騎士のマントや布部に燃え移り、見る間に鎧が火に包まれた。狼狽えた鎧を蹴り倒し、甲冑の隙間から剣を突き入れて仕留めた。振り返ると、味方も敵を殲滅し終えた所だった。
「…よし、これで敵にバレずに進める。こっちだ!」
ロックが燃え落ちた建物で瓦礫をいくらか掘り返すと、地面に鉄扉が現れた。ウルズも手伝って鉄扉を開けると、黒々とした空間が口を開け、黴臭い匂いが漂った。
ロックが杖の先端に取り付けた水晶に呪文を唱えると、水晶が眩く輝き出して光源となり、その光を頼りに通路を進んだ。
「このトンネルが城の上階にまで繋がっているんです。…一気に魔王に迫れる筈です」
ホーリーが硬い声で説明した。
通路が緩やかに上り坂へと変わっていき、やがて石造りの階段になった。硬質な石段を昇る皆の靴音が通路内にこだました。…そして階段が終わり、終着点に一つの扉が待ち構えた。ロックに促され、ウルズはそっとその扉を薄く開けて外の様子を窺った。暗い。五メートル程先に微かな光が漏れていた。
「…壁紙に偽装してこの扉や通路を隠してあるんです」
ホーリーがウルズに耳打ちした。
「…この先のフロアの構造を書いてもらえますか?」
フリージアが緊張した面持ちでロックとホーリーを振り返った。
「出てすぐ左に厨房が、正面奥には大臣との会議室や武器庫が、…そして右に曲がると王の間…魔王の部屋に繋がっています」
「…わかりました。ここからは私とユーリが先を行きます。潜入任務なども慣れているので」
フリージアが自分に確認するように視線を合わせた。軽く頷いてそれに応じる。
フリージアとユーリが壁紙に取り付き、その分厚い壁紙の両端を真一文字にナイフで切り下げた。そしてスリットの隙間から顔を出し、全方向の通路を見回した。…と、カートを押す車輪の音が聞こえてきた。フリージアとユーリが一度身を引き、何やら無言で合図し合った。 カートの音が通りかかった瞬間、スリットから二人が飛び出し、一秒前後で何かを引きずり込んで来た。
全身甲冑のモンスターだった。ウルズも駆け寄り、二人にガッチリと絡まれて身動き一つできずに足掻く全身甲冑のフェイスガードを押し上げ、黒い空間に剣を突き立てて仕留めた。 すかさずユーリが外からカートを引きずり込んだ。…ステーキカバーで覆われた食器が四つほど乗せられている。一つをフリージアが明けて見ると、分厚い熱々のステーキが肉汁を迸らせながら音を立てていた。
「こりゃ美味そうだ。…魔王様のブランチって訳か」
ロックがおどけながら言った。
「これは天祐ですね。…なんとか毒でも仕込めれば、何らリスクを冒さずに魔王を始末できるかもしれません」
フリージアが首を傾げながらウルズを見た。
「…生憎と毒草は持ち合わせていませんが…なんとかなりませんか?」
「…やってみるよ」
「その間に俺は武器庫まで行ってくる。…まだ上等な武器が残っているかもしれんから、かき集めて来る」
空になった全身鎧の甲冑に着替え、ロックは出て行った。
ウルズは手持ちの荷物の中を漁った。…生成した食材や調味料なら色々あるが…さすがに毒になりそうな物は…
瓶に手が当たり、それを拾い上げて見た。
無加工の梅。…やってみるか。
調律してアミグダリン…青酸配糖体の毒性を最大に引き上げて味も調整し、葡萄酒に混ぜ込んだ。念の為、味の邪魔にならないようにして他の料理にも染み込ませた。
…料理に毒を混ぜるのは良心が痛んだが…仕方ない。自分とて死にたくないし、魔王軍が止まらない以上、こうするしか無いのだから。
「持ってきたぞ、使える物があったら使ってくれ」
ロックが剣や槍、弓など、ゲーデ王が国内外の優秀な武器職人や鍛冶師に命じて作らせていた上級武器を壁に立てかけた。
ウルズは古めかしい日本刀を取り上げ、引き抜いて見た。…確か、小烏丸とかいう、先端が剣になった珍しい形状の刀だ。 フリージアとユーリもより上等なサーベルと剣を、ソラリスも宝飾が為された弓を取った。
…準備は整った。 …これでポックリ逝ってくれれば一番なのだが…
万一の際は火薬で作った手製のクラッカーを鳴らして救援を求める手筈になっている。
今度はウルズが甲冑を着込み、毒を仕込んだ料理のカートを運んだ。右の通路を進んでもう一度右へ曲がると、部屋の扉の前に屈強な衛兵モンスターが二体、仁王立ちしている。
…まるで金剛力士像のように筋骨隆々として巨大な体躯を誇るハイオーク。それぞれ鉄槍と磨かれた大剣を携えている。 オーラもさっきの通常のオークとは桁違いだ。…一体だけでも勝てる気がしない。
下手に言葉を発してバレたくない…そう思って黙っていると、ハイオークの方から両脇に引き下がって扉をノックしてから開け、道を譲った。
ひとまず安堵して、王の間へと足を進めた。
頭蓋骨の集合体から触手を伸ばした…一際おどろおどろしい魔物や、人型狼の魔獣騎士…レベルは最低でも60から。そんな魔物が四体、王座の左右に控えている。
王座に座るのは…サキュバスか?扇情的な銀髪の女が頬杖をして、無表情にこちらを見ていた。
自分を見ている訳では無く、あくまで自分を含めた景色をぼんやりと眺めているだけのように見える。…レベルはなんと99。…カンストってやつか。
「失礼します。 …お食事をお持ちしました」
震えそうになる声を必死に励まして平静を装い、恭しく跪いた。
料理を置いて後は逃げるだけ… そう思って、魔王の前まで台車を運ぶ。 …頭蓋骨の集合体から伸びた触手の先端の眼が開き、自分を観察している。…怖い以上に気色悪い。
狼の騎士二人は腕組みしたまま軽く鼻を鳴らし…眼光に鋭さを増したような気がした。…気のせいだと思いたい。
魔王の前まで辿り着き、テーブルの上に料理と食器を配膳し、ステーキカバーを開けて、一礼して引き下がる。
「失礼しました」
知らず、足を速めて出入り口へと向かう。
「待て」
女の声。 …その瞬間に目にも止まらぬ速さで狼騎士が出入り口の前に立ち塞がった。
「ここに来い」
頬杖したままの女魔王に椅子の隣を示され、全身の血の気が抜けていく。
これ、絶対ヤベーやつだろ… バレてるだろ、これ…
ぎこちない動きを隠し切れず、ふらつきながら魔王の隣に跪いて控えた。
「面白い奴だ。それでバレないとでも思ったのか?道化め」
周囲の幹部級魔物達の殺気がひしひしと伝わってくる。…これ、仲間達呼んでも皆殺しにされる未来しか見えないぞ…こっちの最大戦力がフリージアのレベル43だもんな…
…死ぬ時も一人で充分だ。覚悟を決めよう。
…ああクソ、隣国に逃げていれば良かったか?選択ミスったのか?
首を切られて処刑されるイメージが浮かんで身震いした。
「処刑方法を決めるまで…食事が済むまでは生かしておいてやろう。…ふん、その様子だとどうせ毒でも仕込んだのだろうが無駄だ。そんな物では我は殺せぬ。良い調味料になるだけだ」
魔王は毒入りのステーキを豪快に平らげていく。…メインであり頼みの葡萄酒も美味そうに呷っている。
浅はかな考えで分不相応にノコノコ出てきた己の間抜けさを悔いながら項垂れた。…幸か不幸か、この期に及んでも饒舌に命乞いできるほど舌と口は動こうとはしてくれなかった。
「どんな毒を使ったのか知らんが美味いでは無いか。 …どれ、チャンスをやろう。…残りの酒に毒を仕込んでみるがいい」
葡萄酒の瓶を突き付けられ、それを取った。…もう梅すら使い果したのに、何もできる訳が無い。
潔く突き返そうとして思いとどまった。…腰の雑嚢の中にはクラッカーの他に…イチジク、バニラオイル、バジル…デザートの味付けに使おうと思っていた雑多な物が入っていた。
うろ覚えの雑学だったが…どうせ最後だ、間抜けな結果で終わっても構わない。
それぞれのとある成分を最大値まで調律して精製し、葡萄酒に混ぜ込んだ。味と結果はどうなるか知らない。
「…毒にはならなそうだったが、それで良いのか?」
「…はい」
「どれ、勝利の女神とやらがお前に微笑んでくれるかな?」
魔王は残りの葡萄酒をグラスにも注がず、天を仰いで直に呷った。魔王が喉を鳴らす度に瓶の中身が見る間に減っていき…空になった。空き瓶を放り、虚しい破裂音が部屋の隅で響いた。
「…どうやら女神はお前を見放したらしいな。 …兜を外せ」
控えていた狼騎士が静かにサーベルを抜き払った。
震えながら兜に手を掛け、それを脱いだ。
「…ほう…これはこれは。…これまでに挑んで来た中では最年少だな。勇ましい小僧だ」
愉快そうに首筋を鋭い爪で撫でて来る。…頸動脈に当たったら死ぬのでは無いか、と思う程に長く尖っている。
「大人しく山奥で暮らして居れば、せめて成人はできたかも知れぬものを…哀れな奴」
そうやって暮らしていたかったが、アンタらのせいでこんな事をしなきゃならなくなったんだよ…
いつ殺されるか分からない。目をきつく閉じ、必死に恐怖を抑えた。
「もう二度と帰さんからな。…観念するがいい」
…ん?
魔王が指を鳴らすと、一羽の蝙蝠が飛び込んで来たかと思うと、蝙蝠がバグったように巨大化した羽根に包まれ、その中から今度こそサキュバスと思われる魅力的な女に変わった。
「私の部屋に繋いでおけ。ちょうどいい退屈しのぎになるか試してやる」
「はっ」
「…」
…取り合えず成功したらしい。人をその気にさせやすい成分を含んだ食材という事だったが…毒は効かなかったが、こちらは少なからず作用したのだろう。
狼騎士に武器を取り上げられ、鎧を剥ぎ取られ、ウルズはサキュバスに手を引かれて魔王の寝室へと連行された。
…とりあえず命は助かったが…また新たに降りかかった災難にウルズは表情を翳らせた。




