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反撃です

 伝書鳩から伝令書を受け取ったフリージアは表情を曇らせた。

 隣国軍が崩壊し、魔王軍が破竹の勢いで国境を越えてガラド領内に浸透してきている。国境警備についていた3000の王国軍は敗走を余儀なくされ、魔王軍主力は国境から王都へ向けて侵攻している。だが、王国中に浸透した軍勢は間違いなくここにも来るだろう。


 鳩を返し、フリージアは沈痛な面持ちで家へと戻った。


「魔王軍の本格的な侵攻が開始されました。…ここにも敵が来るでしょう」


 …またか。せっかくエイミーに見逃してもらったのに、こんな事ではノンビリ生活するどころではない。


「…魔王を倒せば静かになるな」


 全員から視線を向けられる。「そんな勝算があるのか?」と。


 勝算などないが、こう何度も襲撃されるようでは敵わない。峡谷に橋を架けて侵攻を受けていない隣国へ避難する手もあるが、また一から住処を作るのも面倒だし、魔王軍が侵攻を続ける以上、その隣国でもまた同じ事の繰り返しにならないとも限らない。

 

 少々面倒だが、今度こそ静かに暮らす為には魔王軍を率いる魔王をどうにかするしかない。


 当然、そんなことはこの世界の勇者なり冒険者なりが挑戦している筈だが、現にこうして魔王軍が勢力拡大している状況からして悉く失敗しているのだろう。


 腕っぷしで言えば自分が魔王を倒す事は限りなく不可能に近いが…調律と精製…これを使って何とか魔王を倒す方法は無いものだろうか。…まぁ、その辺は魔王の元へ向かいながら考えよう。

 バックパックに入用の品を搔き集め、旅の準備をし始めた自分を皆が呆気に取られて見つめている。


「じゃあ皆、留守を頼むよ」

「冗談は止してください。ここでその都度敵を撃退した方が得策です」

 ユーリとソラリスもぶんぶんと首を縦に振る。


「こんなにしょっちゅう来られるのは落ち着きが無くて嫌なんだ。 魔王をどうにかして来るよ」


「あなた一人では危険すぎます。 …それに何より、ウルズが居なくなったら私達の食事はどうなります?」

 悪びれもせず、腰に手を当ててフリージアは堂々と胸を張った。


「しばらくは自炊してもらって…」

「嫌です。どうしても行くというのなら…」


 フリージアが詰め寄って来て思わず壁際に後退ってしまった。…レベル的にも体格的にも到底敵う気がしない。


「私も行きます。護衛が必要ですから。…拒否権はありませんよ」


 拒否はしないが…家主は自分なんだが。 …まぁ良いだろう。フリージアなら頼りになるし、手早く魔王を退治してさっさと終わらせたい。


「なら私も」

 ユーリが前に進み出た。

「じゃ、じゃあ…」

 ソラリスまで進み出て、ウルズはわかったわかった、と手を上げた。


「一緒に来るかどうかは自由だよ。…留守番が居なくなるけど、まぁ良いか」


 留守番が一人二人いても、先日のようなモンスターの部隊が来てしまえばひとたまりも無い。…桃太郎よろしく三人のお供を連れて魔王退治と行こう。





 

 冒険とは無縁の生活を送る予定だったのに、まさかこんな面倒ごとになるとは思わなかった。

 僅かな荷物と大量の食材…特に生成に手間のかかる調味料や油などでパンパンに膨れたバックパックを二頭の馬に背負わせ、森を抜けた。かつては平穏だった平原の所々にモンスターの小規模な集団が徘徊していた。


「まずは国境を抜けて隣国に向かいましょう。…もしかしたら陥落した隣国の城を前線基地として根城にしているかもしれません」

 フリージアの提案に頷き、自分はフリージアと、ユーリとソラリスがそれぞれ馬に跨った。


 国境線…かつて王国軍の駐屯地だった関所は破壊され、断続的にモンスターの軍団が隣国から侵攻し続けていた。この分では王都も包囲されて籠城戦になっているかもしれない。


 馬を走らせ、追いすがるモンスターを振り切った。関所を迂回して逃げ切り、隣国へと入り込んだ。道中の街道沿いには焼け落ちた民家や町があり、時折遭遇するモンスターを振り切って進んだ。



 巨大なワニともトカゲともつかないモンスターに襲われ、帯電させた剣で切り付けた。痺れた隙にフリージアが喉を裂いて仕留めた。…丁度いい時間だし、人気の無さそうな民家が街道から少し外れた場所に見えた。


 それに、丁度いい食材…トカゲモンスターの肉も手に入った事だし、今日はここで休むか…。 その旨をフリージアに伝えるとフリージアも頷き、例の民家を調べに向かった。やはり人々が逃げ出した後で無人だった。


 キッチンも使えるのはありがたい。ユーリがモンスターから切り取って来た一抱えの肉を調理台の上に置いた。


 フライパンを熱しながら、バックパックの中に慎重に詰めておいた調味料類を取り出して行く。

 

「ソラリス、この肉の下拵えを頼めるか?」

「は、はいっ」

「フリージアかユーリ、どちらか周辺の山から食べられそうな野草や山菜があったら持ってきてくれないか?」

 フリージアがコインを弾き、ユーリが見回りがてらの調達に出た。


 人手があるというのも悪くないな、と思いながらそれぞれの役割りに向かっていく皆を眺めつつ、調理器具を準備した。


 意外にもパンより少女達に人気だったため持ってきたソルガム…米もどきを焚く。 

 おそらく、自分の作るメニューが日本人向けの味付けであることと、カロリー消費が激しい為、尚更ライスを好むのだろう。

 それに持ち運び時には比較的コンパクトで、炊くと膨れて食べ甲斐があるのもメリットだった。もっと稲に近い穀類が見つかればなおさら本物のコメに近付けられるのだが…



「できました」

「ありがとう」


 熱して油を引いたフライパンに切り分けられた肉を落とす。じっくりと焼くうちにユーリが戻り、手に抱えていた野草、野菜を調理台に置いた。


「おお、ちゃんとしたキャベツもあるな」

「この家の畑から拝借しました。このまま腐らせるのも可哀そうですから」

「確かに」

 

 焼いている肉に胡椒と…試行錯誤の末に生成した醤油を適量に垂らす。 懐かしい匂いが部屋中に広がって、ユーリとソラリスがごくりと唾を飲んだ。


 野草とキャベツを切り刻み、卵から生成したマヨネーズで敢えてサラダにした。


「ソラリス、周囲に精霊結界をお願いできますか?…ん、良い匂いですね。初めて嗅ぐ匂いが幾つかします」

 日が落ち、暗くなっていく外から戻ったフリージアが鼻を動かし、幸せそうに頬を緩めた。ソラリスが結界を張りに外へ出た。夜討ちを防ぐためにもソラリスの精霊結界は重宝していた。


「醤油とマヨネーズっていう調味料だよ。醤油は君の好きなトウフと同じ原料から作る」

「夕食が楽しみです」


 

 焦がし醤油のステーキとキャベツサラダ、塩キャベツのスープとライス。

 テーブルに全員分の食事を配膳し、夕食を始めた。

 自分以上に食べる少女達のため、ライスも肉も余分に用意してあった。


 幸せそうに食べる少女らを眺めて頷き、自身も箸を進めた。


 夕食を楽しんでいると、不意にソラリスが手を止め、咀嚼していた肉を飲み込んだ。


「誰か来ます…人…二人です」 


「…逃げ遅れたこの国の民か、それとも…」

 フリージアが立ち、壁に立てかけていたライフルを取って、外にランプの光が漏れないよう布や毛布を貼り付けた窓の目隠しを捲り、外の様子を窺った。


 ドアノブがゆっくりと回る音に全員が身構えた。


「…あ、あなた達は? ただの冒険者…では無さそうですね…」


 黒髪ショートヘアの、純白の金属鎧を纏い、小柄な身に不釣り合いな巨大なアイアンシールドを携えた女騎士がフリージアとユーリの制服に目を止めた。


「ガラド王国軍憲兵です。…魔王の偵察・調査の為に来ました。あなた方はこのゲーデ国軍ですね?」


 女騎士の背後から、似たような鎧を纏った対照的に屈強な大男が現れた。

「ゲーデはもうダメだ。…城は陥落して、今は魔王の玉座さ。俺は魔術士のロック。こいつは相棒で盾戦士(タンク)のホーリーだ。…隊が全滅して生き残りと共に山林の中へ逃げ延びていたんだが、とうとう俺達二人だけになっちまった。 …で、山中を彷徨っていたらなんとも芳ばしい匂いに誘われてな」

 

 言い終わって早々、ロックとホーリーの腹の虫が鳴っている。


「…陥落から三日。何も食べてなくて」ホーリーが肩を落とした。


「余分にありますから、どうぞ」

 ウルズが勧めると、二人は喜色を露わにした。

「いいのですか!?」 

「恩に着る!…しかし坊主は?現地案内役か?」

「…」


「私はフリージアです。 彼はウルズです。こう見えても私達のリーダーです。まだ幼いけど聡明で腕も立つし、何より一流の料理人です」


「王国憲兵隊の将校二人に珍しい黒髪エルフ、そして料理人の少年リーダーか。なんとも奇妙な組み合わせですな」

「私とソラリスは辺境の森に住んでいた彼の元に転がり込んだ居候でしてね。彼の作る食事にまんまと胃袋を魅了されてしまい、以来同居生活です」 

 

「御馳走になります、ウルズさん」

 隣にホーリーが座った。…年上ながら初めて自分より背の低い女性に出会った。 …が、レベルは自分より一つ高く、ステータスは凄まじい防御力とパワーを誇っていた。何より、それ自体が武器にもなる重厚なアイアンシールドをか細い腕で軽々と扱っている。


「…どうぞ。ああ、ライスが口に合わなければパンもありますから」


「パエリアにする訳でもなく、炊いただけで?」

 ホーリーが戸惑った様子で白米状のライスを見た。元がソルガムなので、形は本来のコメより丸っこい。

「最初は戸惑いますが、慣れるとこちらの方が良いです。なんというか、ウルズの料理に合うし、食べ応えがあります」


「ステーキですか。しかし不思議な味付けだ…何のソースだろうか?」

「ソイソース…大豆から精製したソースです」

 

 食事が終わり、ホーリーもロックも満足そうに食後の紅茶を啜った。

「本当に助かりました。…国が敗れ、敗残の身でもうダメだと思いながら彷徨っている所で、まさかこんなご馳走にありつけるとは」

「…仲間達にも食わせてやりたかった」


「魔王は今もゲーデの城に?」

 二人が人心地ついた機を見計らい、ユーリが問いかけた。

「ええ。間違いなく。…しかし軍勢はそれこそ、ガラド王国に侵攻を開始しているのでは?」

「はい。既に私達もその先兵と交戦済です。…長期戦になればどうしても兵站と生理上、人間が不利になります。王国が破綻する前に魔王を偵察し、あわよくば暗殺するために旅をしている所です」



「反撃ですか。…でしたら案内役を務めますよ。…我々は王国の仇を取りたい」

 ホーリーも頷いた。


「それは願っても無い事です。よろしいですか、ウルズ?」

「勿論。…よろしくお願いします」

「こちらこそ。気軽に何でも言いつけてくれ」

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