また襲撃です
「私の精霊結界に反応がありました。トロール八体、ゴブリン十体、キマイラ六体…それから戦士系モンスター二体です。足の遅いトロールが遅れて時間差で来ますが、他はじきにここを見つけるかと思います」
「明らかに魔王軍の威力偵察ですね。トロールが居ては厄介です。ユーリと…トングで迂回して遅れているトロールの背後に回って襲い掛かり、同時に私とソラリス、それにエイミー殿がここを守りつつ遠距離攻撃で敵の注意を引き、分断しつつ挟撃して撃破しましょう」
「それしかありませんね。…しかし合図は?」
「トング、君なら何かしらの合図を出せるだろう?任せるよ」
黙って頷き、ユーリと共に獣道を駆けた。生い茂る草木に隠れつつ進むと、モンスターの集団が見えた。…精鋭の騎士二個小隊がいて、ようやく指揮官が戦うか逃げるかの判断を下すレベルの敵だった。これが完全に歩調を合わせていれば最低でも一個中隊は欲しい所だ。
トロールが巨体を邪魔そうに揺らしながら森を進んでいく。確かにトロールの集団は他の集団から大幅に遅れていた。 ユーリに目配せすると、ユーリもサーベルを抜いて頷く。
手近な広葉樹に触れて回り、全て調律した。
見る間に木々が季節外れの紅葉を始める。
既にユーリが一体に襲い掛かってその胴体を半ば切り裂いて仕留めている。自分も一体の中心部…心臓部を背後から突き抜いて仕留めた。 残り六体のトロールたちが驚愕して目を見開きながら振り返るが、すぐに憤怒の怒声を上げて反撃に転じてきた。しかしユーリと共に一体ずつ、棍棒を躱し様に斬り捨てていく。
トロールたちの怒声は銃声にかき消されていた。先頭集団がソラリスの放つ矢とフリージアの銃撃を受け、こちらに応援に駆けつける余裕も無いはずだ。蹂躙突破の要であるトロールを失えば、他のモンスターが幾ら強かろうと何かしら対応は取れる。…騎士団で習うまでも無く、あの家の書斎で読み漁った書物の受け売りだが。
「ちっ…!」
ユーリを振り返ると、残り二体ずつとなったトロールに囲まれかけ、何とか包囲を脱した所だった。
…ハッキリ言って自分は剣士として買い被られている。騎士団での立ち回りと言うか、要領が良かっただけだ。レベルの割にそこまで強くないし、万一彼女が捕まってしまえば助けるどころか自分の身を守れるかすら危うい。なんとしても彼女には自力で勝ってもらわねばならないし、自分も目の前の二体のトロールをどうにかしなければならなかった。
流石に今日は雷を呼べる天気では無かった。…ならば別の形で応用するか。
「ユーリ、こっちへ!」
苦戦するユーリと合流した。
いくらエリートの騎士とはいえ、屈強なトロール二体を相手するのは本来正気の沙汰では無い。捕まってしまえば格闘の名手であろうとまず逃げられはしない。拳闘士でも無い限り、あらゆる格闘術をも嘲笑う圧倒的な体格差と有無を言わせぬ重量で人間を押し潰してしまう。
「背中合わせになっても状況は変わらないよ?」
ユーリが歯噛みしながら言った。 変わらないどころか、複数のトロール相手に背中合わせなど心中そのものだ。押し包まれて二人とも捕らわれてしまう。一人が逃げたとしても、残されたもう一人には凄惨な末路があるだけだ。
「背中合わせなんかしないよ。剣を出して」
怪訝そうに差し出されたサーベルに自身の掌をかざし、刃にだけ帯電させた。
「それで一度切りつければ、たとえ殺し切れなくても痺れて動けなくなるか感電死する筈だから。最初の一太刀きりだけど」
「なら…確実に片方を戦闘不能にできる?」
「多分」
大いにやりやすくなる筈だ。
ユーリが黒髪を振り乱しながらトロールに襲い掛かった。肩から切り下げ、固い骨に阻まれて倒し切れなかったが、斬られたトロールがその場で感電して崩れ落ち、痙攣している。
ウルズも一体を切り、感電させた。残るは一体ずつ。
囲まれさえしなければ、自分達にとって恐ろしすぎる相手と言う訳では無い。タックルを躱し、横っ腹に深々と剣を突き立てた。反対側でユーリも最後の一体を仕留める。
「…行きましょう。主力は潰したけど、まだ戦士タイプとキマイラ、ゴブリンが居るから」
答える前に駆け出していた。後は残る敵を背後から襲って始末すればいいだけだ。
森林を抜けて視界の見通しが良くなった。…家に続くなだらかな坂道を六体のキマイラと、その影に隠れるように十体のゴブリンが進んでいる。キマイラ…材料となるモンスターの死骸の中で最も有力なモンスターをベースに、他に二、三種のモンスターの死体をごちゃ混ぜにしてネクロマンサーによって復活した魔造モンスター。…材料不足の際は人間の捕虜・死体が代用されることもあるという、悍ましいモンスター。
「ん…なんだ、お前達は?」
「聞き出すまでも無い、連中の仲間だろう。トロールをやられたようだ。 …あの図体だけのノロマ共め」
「イヴィルナイト…戦場に遺棄された騎士や甲冑そのものに憑りついたゴーストが成り上がる上級モンスターです」
これも本で見た。ゴーストは本来、人間の死体にしか憑りつくとゾンビに、兵士や騎士に憑りつくとポーンゴーストになる。 だがゴーストの中でもステータスの高い個体が全身甲冑、もしくはそれを装備した死体に憑りつくと、ポーンゴーストやゾンビとは比べ物にならない上級モンスターになるという。
「貴様ら、人間の中でも相当な手練れだな。いくら奇襲とはいえ、八体のトロールを始末できる者はそうは居ない。…その首と魂、魔王様に献上してやろう。光栄に思え」
「ふん…出来るものならな」
ユーリと一体のイヴィルナイトが斬り結んだ。サーベルと剣が激しく火花を散らす。
「こんな辺鄙な森でやられた雑魚共…その犯人を調べに来てみれば、久々に遊べそうな人間じゃ無いか。我々は思ったより運が良い」
目の前のイヴィルナイトが大剣を抜く。大剣とはいえ、振りは速い。間一髪で大剣の一撃を避け、外したその隙に斬り掛かった。
イヴィルナイトはさして動きもせず、地面に斬り込んだ大剣を持ち上げて難なくウルズの一撃を受け止める。
「なんだ、その程度の軽い剣か。…お前はハズレか」
そりゃ、こっちはバトルなんてお呼びじゃない。 ここで静かにノンビリ暮らしたいだけなのに、癖の強い同居人達はともかく、モンスターなんて尚更お呼びじゃない。
「…提案がある」
鍔迫り合いの折、周囲に聞かれぬよう小声で囁きかけた。
「何だ?」
「ここを去ってくれ」
「寝言は寝て言え。貴様らを血祭りにあげ、その首を…」
交渉決裂&隙あり
文字通りスパッ、という小気味良い手応えがあって、5、6キロ前後ありそうな物体が緩やかな弧を描いて宙に跳んだ。
不意を討てた。 隣に視線をやるとイヴィルナイトと互角…やや受け太刀一方になって押されつつあるユーリの姿があった。横槍を入れ、イヴィルナイトにタックルをかますとその兜のフェイスガードを押し上げた。 …昼の光が届いている筈なのに異様なくらい真っ黒な空間。宇宙を構成するという暗黒物質が実在するとすればこんな感じなのだろうか?
それでもその真っ黒の甲冑内に剣を突き立てると奇妙な手ごたえがあり、鎧がビクリと跳ねた。草臥れた古めかしい全身鎧…ただの鉄くずに戻った。
ユーリが驚愕の視線を自分に向けていた。
「…騎士道には反するかもしれないけど、味方優先だから」
「…あ…いえ、そんなつもりは…」
ユーリの瞳に非難がましいものは何一つ無かった。…化物扱いされたくなくて、とっさに口をついて出た誤魔化しだった。
坂を見上げると、二体の戦士型が消滅すると同時にゴブリンは早々にキマイラ達を見捨て、森へと逃げ込んでいく。フリージアたちがキマイラと交戦を始めていた。エイミーがソラリスを庇おうとした一瞬の隙を突かれ、キマイラの体から生えた猿系モンスターの剛腕を受け、吹き飛ばされた。
「エイミーさん!」
ソラリスが矢を放って反撃するがキマイラは一撃では倒れない。頭部を狙うにしても三、四体いるモンスターの頭部の内一つ以外は全てダミーとなるので頭部攻撃のメリットが薄い。
ユーリと共に駆けつけ、帯電させた剣でキマイラの背後から斬り付けた。斬られたキマイラが悲鳴を上げながら地面の上でのたうち回る。
エイミーに襲い掛かろうとしていたもう一体を背後から刺し貫き、トドメを刺した。
「…やはりあなたは…」
エイミーが確信したようにウルズを見上げた。…どうせバレているのだから、今更芝居する事もないか。
「…大丈夫?」
「ありがとう。…おかげさまでね」
ユーリも加わり、フリージアたちが最後のキマイラを仕留めた。魔造モンスターは倒されるとそのまま消滅する。…死体を片付けなくて済むのは助かる。
「…ローブを脱いで、包帯を取ってもらえるかしら?」
既に観念していたので、言われた通りローブを脱ぎ、顔に巻いた包帯を剥がした。
情けない顔をしているであろう自分の顔を、エイミーの青色の瞳がまじまじと、小馬鹿にするように見つめた。
「…やっぱり火傷は嘘ね。顔にコンプレックスでもあったのかしら? …でも、探している奴じゃなかったみたい」
何を言われたか分からず、目を瞬かせながらエイミーを見た。…見逃されたのか?
「ご協力に感謝するわ。ウルズさん。ご飯をありがとう」
遠くから数人の兵達が駆けつけてきた。
「ようやく部下も見つかったし、私は王城に帰還します。お世話になりました、フリージア殿」
「こちらこそ、防衛のご協力に感謝します」
エイミーは一瞬、ウルズと視線を交わすと丘を下って行った。
「…どうして見逃してくれたんだろう」
「さぁ。 色々な要因が重なった結果でしょうか。美味しい物を食べて、ウルズがここの生活を気に入っている様子を見て、助けられて…彼女なりの恩返し、ですかね」
部下を連れて山を下りていくエイミーの後姿を見送った。
「…しかし、ゴブリンを逃がしてしまった。次はより、本格的な魔王軍の部隊がやってくるでしょうね。…例え殲滅したとしても時間の問題ですが」
また、鬱陶しい客が来るという訳だ。 次から次へと襲い掛かってくる災難にウルズは深々と溜息を吐いた。




