元婚約者(仮)襲来DEATH
ユーリを迎えて三日目。モンスターの襲来も無く、ソラリスとフリージアが大物を仕留め、ユーリがハーブの採取に精を出し、自分は皆が集めた素材を生成して食材や調味料…そして彼女らがここに集まってくる理由である甘味を仕込んでいく。
…まぁ、彼女らの狙いはこれだ。美人局とか、あらぬ疑いをかけて金品をせしめようという訳でも、王都に自分を突き出すつもりも無いようだし……こんな一つ屋根の下で暮らしていて、自分への悪意ある発言や陰口は今のところゼロだ。 元の世界の自分の常識からは信じられない事だ。
…いっそ、嫌な女達なら食事だけ与えて追い返していたのだが。例えその結果軍隊がやってこようとも、今の自分ならこのスキルを使って対岸の隣国へ逃げ延びる事も可能だ。住処は失われるが、また静かな辺境の地を見つけて住み込めばいいだけの話だ。
だが、彼女らを追い出す口実が無かった。 …これほどまでに一緒に居て居心地の悪くない人々に接したことが無かったから。
「さて…そろそろ昼食の支度か」
仕込み終えた食材や調味料を保存状態で調律し、食材保管庫に収納してキッチンへと向かった。
メニューはその時その時の気分次第。幸か不幸か、余りもの処分をする暇と残り物は今のところ一度も無かった。
大目に作っているつもりだが、年頃の少女達は旺盛な食欲で出したもの全てを綺麗に平らげていく。
自分はこうしてほぼ無償で寝食の場を提供しているだけだ。彼女らはそれぞれの労働でそれを返してくれている。それがこれ以上どうにも改善のしようが無いくらい…完璧に生活が回ってしまっていた。
出す料理全てが喜ばれる事もまんざらでは無かった。元の世界で出しても一流料理人には到底及ばないし、取り立てて自慢できる腕前でも無かったが…それでも彼女らは喜んでくれているし、食事の時間とおやつの時間を楽しみにしている節さえある。
前の薄っぺらい人生を含めて、初めて心から必要とされている実感があった。それも、さして無理をしている訳でも戦う力や仕事としての力でもなく、料理というごく生活的な部分で。
そして、これが自分の生きがい…と言えば大袈裟かもしれないが、確実にやりがいにはなっていた。…お陰で折角作った暇つぶし用の小さな書斎は、ソラリスに出会って以来使う暇が無かったが。
「いやー、参りましたね…」
玄関を開け放ち、血の付いたエプロンを掛けたままのフリージアとユーリ、ソラリスが駆け込んで来た。
…正直、その感情の分かりづらい糸目で言われても本当に困っているのかどうか察し兼ねるが。
「もしかして、モンスター…?」
壁に掛けた剣に目を向けたが、ユーリが首を横に振った。
「…だったら話は簡単だったのですが。 …エイミー団長です。部下とはぐれたらしく、単独でこちらへ向かって来ます。…この森、一歩道を外れると紛らわしい獣道があったりしますからね…」
恐怖のあまり全身が凍り付く。
「恐らく様子からして私やソラリス同様、森に迷い込んだものかと。ああ、まだ私達の姿は見られていません。ソラリスが張った精霊結界に反応があったので、潜みながら偵察しに行ったので」
「…ここは憲兵の持ち場だからって言って帰ってもらう事はできない?」
「友軍にそんな険悪な態度を取る訳にはいきません。もし、立ち寄りたいとか休ませて欲しいと言われれば、私達にも付き合いというものがありますから」
「…俺を見つけたら、本気で連れ戻すつもり? 冗談とか、物の例えとか…」
「まず間違いなく。エイミー殿はやると言ったらやる人です」
ユーリがキリッ、とした顔で断言した。
「俺が森か、家のどこかに隠れてやりすごすとか」
「それで彼女を探しているであろう部下や、隠れている所を見つかったら尚更言い訳のしようがありませんよ」
神は我を見捨て給う…信徒ですらないから当然だが…
「かといってウルズが連れ戻されるのを黙って見過ごす気はありません。…傭兵…いえ、雇った炊事係として変装してもらいます。…ソラリス、あなたが使っていたローブを貸してください」
「は、はいっ」
「ウルズは火事で全身大火傷を負った麓の領民で、炊事他雑用係という設定で。…あくまで私達はウルズの自己申告を迂闊にそのまま信じただけで、ウルズ本人とは知らなかった、という体で。…万一バレたら、その時は申し訳ありませんが…諦めて王都に連れ戻されて下さい。決して大きな罪にはされませんし、要するに手元に連れ戻したいだけの指名手配ですから」
…まぁ、そうするしかないだろう。
「安心してください、その時はソラリスさんも含めて王城で良い仕事を斡旋させますから。間違いなくウルズさんは王族お抱えの料理人ですね。休日の時はお会いしに行くので、その時はどうぞよろしく…というのは冗談です。…ウルズさんがどうしても嫌でしたら、ささやかながら脱走のお手伝いをさせていただきますよ」
お互いの為にも、そうならないのが一番だが…
頷き、ソラリスのローブを纏った。ソラリスも念の為、スカーフを被って弓矢を持ち、見張りの弓兵らしく装った。
「おや、エイミー団長殿、こんな所でどうされましたか?」
「ああ、憲兵さんの警戒拠点があったとは。 助かった!」
やや疲れた足取りでエイミーが家に辿り着いた。フリージアとユーリは庭先のテーブルの上で地図を広げてもっともらしく打ち合わせているフリを見せ、ソラリスは離れた反対側で森林を警戒している。
「…モンスターの警戒に当たっていたら、少し担当エリアを外れてしまって。…私の部下達を見ませんでしたか?」
半分嘘だな、とフリージアは内心で苦笑した。戦域担当図は隅々まで暗記している。素人でもない限り担当エリアをここまで大きく外れることは無い…ましてや騎士団長ともあろうものが。
ウルズを探していたのだろう。だが、その途中での遭難も本当だろう。
「いえ、誰も。ここにスタッフと共に着任してから初めて訪れた人間はあなたが初めてです」
「そう…少し、ここで休ませてもらいながら部下を待っても?」
「ええ、勿論ですとも。 …ちょうど昼食にするところでして。よろしければ食事を終えてから捜索に向かわれては?」
恐らく、はぐれたのはエイミーの方だろうが…。 しかし言外に昼食を終えたら出ていかせるよう、そつなく丁重に仕向けた。
「ありがたいかぎりです。お言葉に甘えさせて頂きます」
フリージア、ユーリと共に招かれざる客が入って来て、ウルズは身を固くした。
「彼は世話係のトングです。火事で体中に酷い火傷を負ってあのような格好をしておりますが、料理の腕は一流です。トング、こちらは我が王国軍のエイミー騎士団長です」
フリージアに紹介され、顔に包帯を巻いてローブを被ったウルズはキッチンから軽く会釈した。
「それは気の毒に…」
「…」
無言のまま、再び軽く会釈した。
「悪い煙を吸ったり顔を火傷したそうで、声も思うように出せないのです。ご容赦を」
「ええ、勿論」
出来上がったシーフードピラフとハーブ多めの葉物サラダ、デザートに…生成をしくじって寒天に近い硬さのプリンを用意し、恭しく食卓に並べて回った。
「…」
横からエイミーの視線を感じたが、決して目を合わせずに配膳を終えた。
「すみませんがトング、外で警戒しているソラリスの分を運んであげて下さい」
これにも会釈で応じ、用意していたトレーにソラリスの昼食を乗せ、外へと向かった。
ドアを閉め…ほんの十分程度の時間だが、一時間も息を潜めていたかのような緊張感から解放され、ウルズは大きく息を吐いた。そしてテーブルに座るソラリスの元に食事を運んだ。
「あ、ありがとうございます。…順調みたいですね」
「…息が詰まるよ。これで満足して、諦めて帰ってくれると良いんだが」
どんな地獄耳であのドアに張り付いていたとしてもこの距離で聞こえる筈は無いのだが、自然と声を潜めてしまう。…王都に強制連行なんて絶対に御免だった。…考えてみれば騎士団への入団だって元は強制的なものだったし、在任中にモンスター討伐や隣国の侵攻への防衛戦など、貰った給料分以上の仕事はした自負がある。本来任期を終えた際に生じる除隊金と最終月の給金も受け取っていない。
国益を与えこそすれ、損はさせていないのだから。
「…そろそろ戻らないと怪しまれるから」
「が、頑張って欺いてください。…ここでの暮らし、好きなので」
そうだね、と口に出しかけて飲み込んだ。…妙な情を移すべきではない。彼女らはあくまで一時的な同居人に過ぎない。 遅かれ早かれ…どんな形かは分からないが、いずれ別れが来るのだから。
家に戻るとフリージア、ユーリ、そしてエイミーが何やら町で流行っている芝居に関して談笑しながら、旺盛にシーフードピラフとサラダを食べている所だった。
「とても美味しいですよ。エイミー団長も喜んでおられます」
「本当に素晴らしい料理です。平素の昼からまるで王族の食事のようで…心から皆さんが羨ましくなりました」
一際恭しくお辞儀をして応えた。
「騎士団長に献上するとは思いがけぬ光栄でしたね、トング。ご苦労でした。部屋でゆっくり食事をしてください」
フリージアのフォローに救われながら自分の分を運ぼうとキッチンへと進んだ。
「よろしければご一緒に食事されませんか?」
穏やかでさりげない一言ながら、どこか有無を言わせぬ語気で呼び止められ、安堵しきっていた心臓が止まりかけた。
「ねぇ? …ウルズさん?」
心停止したかと思った心臓が逆に早鐘を打ち始める。
なぜ? いや、ハッタリか?
極力余計なリアクションをしないよう、ゆっくりと振り返った。怪訝な表情を装っているが、フリージアとユーリも微かな表情の強張りを隠し切れていない。
「…何を仰っているのですか、エイミー殿?彼の名はトングですよ」
「ああ、そうでした、言い間違えましたね。失礼しました」
やはりハッタリか…と思いたかったが、エイミーの声は明らかに収穫を得た声色だった。…ほぼ確実にこちらの正体に勘付いている。
「さて…どこまで話しましたか…そうそう、慣れないお芝居をすると新人の演者はすぐに分かるものです。周りにベテランが居ると尚更浮いてしまうのですね。…例えば憲兵さんでは敵対組織に潜入捜査をすることもあるでしょうから、その辺は訓練されていますね。 …それだけに分かりやすいのです。 …時に、トングさんの素顔は確認されましたか?」
「それは…」
フリージアが演技か素か分からない、「しまった」というリアクションをした。
「実は、私が追っているウルズという男には一度負かされていましてね。…それ以来、リベンジを誓って徹底して彼の仕草や動作を研究しつつ鍛錬してきたのです。 …どうも彼は立ち振る舞いや移動の癖など、そのウルズに極めて酷似している気がしましてね。 …それに、傷病した民間人にしてはやけにレベルが高いようで?」
見ると、確かにエイミーは大幅にレベルアップしていた。 レベル40。フリージアには一歩劣るが、自分のレベル35では…抵抗しても無駄だろう。自分の正体が完全にバレれば、立場上フリージアとユーリも敵に回らざるを得ない。「包帯を取れ」と言われたらそれでゲームオーバーだ。
「…まぁ、食事中に騒ぐのも何ですから、続きは食べ終えてからにしましょう」
空いているエイミーの隣席を示され、ウルズは観念して席に着いた。
最後の晩餐か。
今後の脱獄計画についてあれこれ思案しながら昼食をとった。
「これは…」
ピラフとサラダを平らげたエイミーが硬めのプリンをスプーンでつついた。食感はアレだが、プリンの上には生クリームと、桜の仲間と思われる木の実を調律したサクランボもどきが一つずつ乗っている。因みに自分の分はエイミーに御馳走したので無いが、ここでの生活を失う事に比べればどうでもいい事だった。
プリンを口にしたエイミーが一瞬顔を緩めかけ、慌てて表情を引き締め直す。
…まぁ、これで見逃してくれたら世話は無いが…世の中そんなに甘くは無いだろう。
自分以外の全員が食事を終え、フリージアとユーリと目を合わせた。「時間は掛かるだろうが後で助け出すから、今は観念してくれ」と目で語っていた。 既に観念はしているのでこちらも軽く頷き…エイミーの言葉を待った。
と、慌ただしくドアを開けてソラリスが飛び込んで来た。
「て、敵襲です!」




