また一人増えたみたいです
馬に跨ったフリージアが小屋の前に戻って来た。…どういう訳かもう一騎、長い黒髪を束ねた女剣士を連れていた。
「ああ、安心してください。彼女はユーリ・ガルディア。口が堅い、私の右腕であり親友です」
馬から降りた黒髪の少女は凛々しい表情で正式な敬礼を送って来た。自分とそう変わらない歳だろう。
「はじめまして、ウルズ元副団長殿」
「…どうも。あー…自分はもう軍人では無いので敬礼は結構ですよ」
それは分かったが何で連れてきたんだ、とフリージアを睨むと、フリージアは表情を引き締めた。
「偵察をしてきました。魔王軍が隣国との国境付近まで攻めてきている事が分かりました。先日の魔物の群はその浸透してきた末端のモンスターでしょう。…ここを守るには人手…それも、少数精鋭で腕の立つ人員がいるかと考えまして」
…つまり、早くも自分の静かな生活が脅かされつつあるという訳だ。
「既にガラド王軍は正規兵と傭兵からなる1万の兵力を三つに分散し、各国境周辺に張り付かせて防御の構えを取っております。…私も正式に最新の命令を受領し、この山岳地帯の警備に当たる事としました。お二人は名目上、私が雇った傭兵という扱いになりますが、あってないような肩書なので、人前以外では気にしないで下さい」
「…憲兵上級執行官がこんな山奥の警備なんて、本当にそんな命令が?普通はもっと大きな町とか前線の要塞に派遣されるのでは?」
「現実にモンスターの小隊が現れています。ここは大規模な人間の部隊を展開するには向かない地形ですし、あの規模でも下手な町一つであれば壊滅し兼ねませんから。…先も言いましたが、少数精鋭と言えば我々…正規兵から選抜された憲兵であり、戦時下においてはこうした後方任務の方が向いているのです。…前線に憲兵が居てもそれほど役に立ちませんし、士気が下がりますから」
「…どうして下がるんです?」
「あなたを信じている、と言われながら監視役が近くに居て、あなたは上層部を信じられますか?」
まぁ確かに。それに、ここをモンスターの策源地にされては王都の人々…何より自分が困る。
「…所でウルズ。私の親友であるユーリにもあなたの不思議な料理を振舞ってやって頂きたいのですが」
どちらかと言うとそっち目当てなんじゃないか?と疑いながらも、人数が一人増える事くらいそんな手間のかかる事ではない。快く承諾した。 食材も調味料も、大抵の物は幾らでも揃えられる。卵も鳥の卵を手に入れられれば調整して現代の卵と同等品に出来るし、アイスクリームやクリームを作るのに必要な牛乳も、野生の山羊の乳でもいいのだ。…まだ目星はついていないが、乳牛と違って探せばどこかには居るだろう。
自分は戦うために第二の人生を送っている訳では無い。のんびりと試作料理を作るのが生きがいだ。
折角、この世界では実質強制労働や月々の支払、税金や政治などとはほぼ無縁に過ごせるのだから、あの世界で生きられなかった分…今度こそ悠々自適に生きてやるのだ。
…しかしまったく、嫌な予感だけは悉く的中するものだ。増築したり、余計に寝具を買っておいてよかった。ユーリはフリージアと同じ部屋で寝起きしてもらう事にした。部下とは言え親友だそうだし、暫くは相部屋で我慢してもらおう。
…居候が長引くようならまた部屋を増築しないといけないか?…その為にはまた伐採して整地しないと。 …水回りを増築するのは勘弁してもらおう。あれは面倒過ぎる。半分ムキになって完成に漕ぎ着けたとはいえ、我ながらよく排水・浄化設備や半水洗トイレなど作ったものだ。…さすがにもう二度とやりたくない。
夕飯には辛さを控えたマーボ豆腐と、サラダ、回鍋肉もどきを出してみた。
「む…食べたことが無いモノですね。赤い…トマトのスープですか?」
「…少しだけ辛いかもです」
「程よい刺激があって美味しいです。この白いのは柔らかくて良い。辛みを無くしたら傷病者の食事に採用したいですね」
「あはは、ユーリさんもフリージアさんと同じ事を仰っていますね」
「この炒め物も、この間のものとよく似ているけれど違いますね?これも美味しいです」
和気あいあいとした食事を眺め、頃合いを見計らって例のアイスの入った樽を取ると、ソラリスとフリージアの眼が光った。 ユーリだけが既に満足したような顔で小首を傾げている。
「よろしければどうぞ。冷たくて甘いです」
コーンの在庫を切らしてしまっていたが、更に盛り付け、代わりにミント風に調整した香草を乗せていた。
ソラリスとフリージアは既に頬張りながらも、横目で自分同様、ユーリの反応を窺っている。
「…こ、これは…!?」
クールな顔が明らかに崩れ、歳相応の少女らしさが露わになった。
ソラリスとユーリもこれほど鮮烈な香りと清涼感を持つ香草は初めてだったか、驚きつつも気に入ったようだった。
…今後、新たな同居人が増えるのかは不明だが、もし新人を迎えるならこのアイスクリームサプライズは伝統行事になるんだろうな、と思いながら自身もアイスを口に運んだ。
「…フリージアが熱心に誘うだけあります。…物資が限られる山奥で、王都でもありつけないような…こんな饗応を受けられるとは。…しかしフリージアの言う通り、本当に勿体ないです。王城で働かれては? 王族から安泰な余生を約束…いえ、末永く寵愛される事でしょう」
「…そうならありがたいけど、俺、静かに暮らしたいので…あー、その…エイミー団長にも迷惑かけたし」
「ああ…エイミー団長ならウルズさんの失踪から数週間、それは気の毒なほど落ち込まれていました。…自分が何か、ウルズの気に障る事をしてしまったのではないか、と」
聞いて愕然とした。まさかエイミーがそんな風に思ってしまうとは思わなかったから。…エイミーに非は無い。
…ムシが良いとは思うが、できる事なら会って誤解を解きたかった。
「…今はどうしていますか?」
…早く元気になってくれて、良い相手が見つかっていればいいが。
「ああ…極秘裏に進んでいた婚姻の話はご存知ですよね?…失踪のタイミング的に」
「…ええ、まぁ…」
なんだか雲行きが怪しくなってきた。…嫌な予感がして、背筋に冷たいものを感じ始めた。
「エイミー団長も団員さん達も、婚姻式の話を知って…『自分との婚姻から逃げ出すとは何事だ!』と烈火の如くお怒りになって…ウルズさんを見つけ出して、首に縄をかけてでも連れ戻して婚姻させると言って、狂信的な忠誠心を持つ配下の捜索隊を出し、自らも「遠征予行演習」の名目で国内外を旅して探し回っていたそうです。さすがに今は国内で待機して居られますが」
「捜索中に迷って、ここに来たりして」
フリージアが満面の笑みで洒落にならない冗談を言う。
…早く…早く、良い相手に目移りしてくれればいいが。




