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灰とスープと人喰い擬態生物《ミミック》 ~虚ろな灰は嘘をつく~  作者: 彼岸茸


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24 露見する真実

 廃墟の中で見たのは、満身創痍のアルヴィスだった。

 体のあちこちには鋭い爪で裂かれた傷があり、血が滴り落ちている。

 口からも血を吐いている。


「ノア……良かった。無事だったんだな」


 自分がひどい有り様だというのに、彼が紡ぐ言葉は私を心配するものだった。

 アルヴィスに駆け寄ろうとした時、この場にいるもう一人――クーラが私に声をかけた。


「ノアさん、ちょうどよいところに来ましたね。これから、その下等な人間を殺すところです」


 私に対し親しげな様子のクーラに、アルヴィスが目を見開いた。


「ノア、あの擬態生物(ミミック)を知っているのか?」


 知らないと言えば、嘘になる。もうアルヴィスに嘘はつかないと決めたのだ。


「……うん。クーラには……何回か会ったことがあるよ」

「あんな強い擬態生物からよく逃げられたな」


 アルヴィスはまだ私のことを人間だと信じ込んでいる。


「違う……違うんだ、アルヴィス。私は――」

「ノアさんもその人間が死ぬところを見れば、ご自身が誑かされていたことを理解できるでしょう」


 本当のことを話そうとした私の言葉を、クーラが遮った。

 あいつにそんなつもりはなかったかもしれない。あいつは自分本位な擬態生物なのだから。


 クーラの姿が一瞬ぶれ、次の瞬間にはアルヴィスの目前にいた。

 彼の爪がアルヴィスの首元を狙う。


 アルヴィスは剣で防いだが、勢いのまま弾き飛ばされ、背中から壁に衝突した。


「ぐ、は――」


 アルヴィスが苦しげな息を漏らし、さらに口から血が流れ出る。


「クーラ、やめて!」

「やはり、ちゃんと殺さないと駄目ですね」


 クーラは私の制止に聞く耳を持たない。

 さらにアルヴィスに向かって追撃する。


 アルヴィスを守らないと!


 私は全速力で駆け、クーラとアルヴィスの間に割って入った。

 そしてアルヴィスを襲うクーラの腕を弾いた。


 クーラを睨みつける私は、背後で息を飲む音を聞いた。


「もう、やめて、クーラ。お願いだ」

「なぜです? 僕は貴女を解放したいだけです」


 何の感情も浮かんでいない赤い瞳で、クーラは私を見下ろす。


「さあ、そこを退()いてください」


 クーラが私に手を伸ばす。

 その手を私はパシンと払った。


「いやだ。退いたら、アルヴィスを殺すだろう?」

「退かなくても殺しますよ。ただの餌じゃないですか。それでも邪魔をするというのなら、力づくでその人間を殺すしかありませんね」


 クーラが視線を低くし、私を迂回するようにアルヴィスに迫る。


 くっ、速い。

 今の私では、追いつくのに精いっぱいだ。


 ひび割れた体が痛む。

 それでも、何度もクーラの爪を弾く。


「それでは、こうしましょう。僕と繁殖しなさい。そうすれば、その人間は見逃してもいいですよ」


 クーラは攻撃の手を止めずに、私に提案した。

 アルヴィスを殺すことよりも繁殖を優先するつもりか。


 アルヴィスを守るためにはそれが最適解なのかもしれない。

 どうせ、私はアルヴィスに嫌われ、恨まれる未来しかないのだ。

 彼の隣に立つことなどできない。


 だが、クーラの提案を飲むことなどできるはずがない。

 なぜ、好きでもない相手と繁殖しなければならないのか。

 だから、こう答えた。


「絶対に嫌だ!」

「仕方ありませんね。今の弱った貴女など、僕の敵ではありません。ですが、ノアさんは優秀な方です。無理にでも繁殖するとしましょう」


 クーラはゾッとする言葉を吐き、さらに速さを上げた。


「予定通り、先にその人間を殺しましょう」


 飢餓状態の私ではクーラの速さに及ばない。

 どう考えても私が突破されるのは時間の問題だ。


 アルヴィスを庇いながら戦う中、ふと彼の顔が視界の端に映った。

 そこには、驚愕と困惑が混じっていた。そして、ぼそっと呟くのが聞こえた。


「……なんなんだよ、その動き……嘘だろ?」


 人間には到底できない動きを私はしている。

 それに、クーラの爪に裂かれ、手足に巻いていた包帯も緩み、解けていく。


 アルヴィスにずっと隠してきた肌のひび割れが明らかになる。


 ああ、胸が苦しい。

 こんな形で彼に知られてしまうとは思ってもみなかった。


「ノアさん、そろそろ限界なのでは?」

「うるさい!」

「繁殖に差し障るので、そのくらいにしておきませんか?」


 クーラの言葉を無視して、必死に抵抗する。

 私のせいでアルヴィスが傷ついているのに、これ以上、クーラの好きにはさせられない。


 体が重く、痛い。

 ひび割れが少しずつ悪化しているのが、よく分かる。


 そして、ついに――


「ぐ、うう……」


 私の右腕が衝撃に耐えられず、千切れた。

 痛い、痛い、痛い……


「これはすみません。そこまで脆くなっているとは思いませんでした」


 そう言ったクーラは少し考える素振りを見せた。


「貴女のそのようなみっともない姿を見たくはありません。ですので、こうしましょう。僕はその人間にもう手を出しません」


 その言葉を聞いて、私はほっと安堵した。

 だが、続く言葉で冷や水を浴びせられた気分になった。


「ノアさんがその男を食べたらいい。そこまで重傷を負えば、腹も空くでしょう? 僕はさして空腹ではありませんので、どうぞノアさんが食べてください」


 何を言っているのだ、この擬態生物は。

 アルヴィスを守っていた私に、アルヴィスを食えというのか。


「できるわけがない、だろ……」

「どうでしょうね。僕たちは本能で生きている。それほどの重傷を負えば、本能には抗えませんよ」


 ああ、きっとクーラの言う通りだ。


 ガレスを食べてしまったときのことを思い出す。

 人間を捕食しないと誓ったのに、ほんの数滴の血で理性が本能に塗りつぶされた。

 体を修復するために、貪り食った。


 後からやってしまったことを後悔したところで、本能に抗えなかったことは事実だ。


 あの時と少し違うが、今もまた似たような状況だ。

 いや、あの時よりも状況は悪い。


 体のひび割れだけでなく、右腕まで失ったのだから。

 急激な消耗に、飢餓感が膨れ上がり、本能が『食え、食え』と叫んでいる。


 私はくるりと振り返り、アルヴィスに視線を向けた。

 彼の顔に浮かんでいたのは、恐怖だ。


 私がこれまでに捕食してきた人間たちと同じ表情。

 それでいて、深い憎しみがこもった瞳。


「ノア……お前、擬態生物だったんだな……」


 満身創痍で動くのもやっとだろうに、彼は私に確認した。


 彼の両目は私の右腕に向いている。

 腕の中身が空洞になっていることに気づいたのだろう。


 そうでなくても、人間離れした動きや体のひび割れで、私が擬態生物であることなど露見していただろうが。


「うん。ずっと……騙しててごめんなさい」


 こんな形で伝えたかったわけではないのに。

 辛い。

 苦しい。

 胸が痛い。


 それでも、今の私には、アルヴィスが肉に見えてしまう。


「ガレス師匠を食ったのも……ノアなのか?」


 私は首を縦に振った。

 言い訳はしない。

 私の誓いや想いがどんなものだったかなんて、アルヴィスには関係ない。


 アルヴィスの目から光が消えたように見えた。

 底冷えするような視線が私を射抜く。


「父さんや母さん、師匠みたいに、俺のことも食うつもりだったのか!」


 違う!

 そう言うのは簡単だ。

 だが、信じてもらえるわけがない。


 嘘つきで、醜い、虚ろな擬態生物()を信用できるはずがない。


 本能はずっと耳元で叫んでいる。


『食え、食え、食え!』


 私の大好きなアルヴィス。

 彼から流れる血は、これまで食べたどんな人間よりも豊潤で濃厚な匂いがする。

 あれを食べたら、きっと幸福と歓喜に満たされるだろう。


 大好きなアルヴィスと一緒になれるのだ。


「さあ、早くその人間を食べなさい」


 クーラが後ろから私を急かす。


 本能は叫び続けている。

 私の視界は赤く塗りつぶされていく。


「ごめん……ごめんね、アルヴィス」

「クソ! 化け物め! 寄るな!」


 クーラに物理的に打ちのめされたアルヴィスはいまだに満足に動くことができない。


 私はふらふらとアルヴィスに近づいていく。

 腕が千切れた痛みなど、もう感じていない。


 もう、頭の中は大好きな人の血のことでいっぱいだ。


「本当に、ごめんなさい。これが、最初で……最後だから」


 私はもう一度、アルヴィスに謝り、


「や、やめろ!」


 アルヴィスの言葉を無視して、彼に覆いかぶさった。

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