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灰とスープと人喰い擬態生物《ミミック》 ~虚ろな灰は嘘をつく~  作者: 彼岸茸


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23 果たせぬ復讐と危機

 自分が灰になって散ろうとも、人間を捕食することはやめる。

 殺すことだって、本当はしたくない。


 だが、シュタインだけは別だ。


 どんなに泣いて懇願しても、嬉々として私を傷つけた、あの白衣の悪魔だけは絶対に許すことなどできない。

 あいつを殺すまでは絶対に死ねない。


 シュタインが殺されたとアルヴィスが知ったら、心を痛めるだろう。

 アルヴィスはあの悪魔のことを信用しているのだから。


 そのことだけは私も辛いが、それでもシュタインを殺すことだけは譲れない。


 夜の街を私は影を縫うように進んだ。

 警邏隊に見つからないよう、慎重に目的地を目指す。


 街の中心部から離れるにつれ、人は徐々にいなくなった。

 街灯だけがぼんやりと照らし、空気もひんやりとしている。


 やがて、診療所に着いた。

 こぢんまりとした建物の内部には明かりがついていた。


 シュタインは中にいるようだ。


 玄関に鍵がかかっていることは懸念されたが、杞憂だった。

 ドアノブに手をかけ、捻ると簡単に扉は開いた。キィと小さく軋む音が鳴る。


 待合室には……誰もいない。

 さっと中に入り、扉を静かに閉めた。


 日中に来た時も他に患者はおらず、閑散としていたが、それとはまた違った寂寥感がある。


 人間の気配を感じない。

 だが、明かりは点いているので、きっといるはずだ。


 診察室に入る。

 ここにもシュタインの姿はない。

 嫌な思い出が頭をよぎる。


 この小さな台は、ひび割れた私の肌をナイフで切り取った台だ。

 そこで採取した私の血を元に、シュタインは擬態生物(ミミック)の傷が塞がりにくくなる毒を作った。


 あっちのベッドでは、その毒を塗ったナイフで何度も何度も切りつけられた。

 その毒を飲まされた時の痛みや苦しみは筆舌に尽くしがたかった。


 今日の朝には、同じベッドで嫌がる私に、何本もの人間の指を食わせた。

 急激な破壊と修復をさせられた私は心身ともに疲弊した。


 そして、今の私は再び肌が広範囲にわたってひび割れている状態だ。


 あの箱は、食わされた指が詰まっていた箱だ。

 箱を覗いてみたが、今は空っぽだった。


 そっちの棚には、毒の入った小瓶があった。

 そこには今でも何本もの小瓶が並んでいる。小瓶を手に取ってみると、私が飲まされたものと同じ毒もあった。


 怒りが湧き上がってくるが、変に音を立てるのもよくない。

 毒の小瓶はそっと棚に戻した。


 ここから先は私が入ったことのない部屋だ。

 人の気配はないが、なんだか美味しそうな匂いが漂っている。


 室内はいくつかに仕切られていて、小室に分けられている。

 手前から順番に確認していく。

 見たことのない器材が並んでいる。これらを使って、毒を作っているのだろうか。


 台の上に置かれた紙には、数字や記号がたくさん並んでいた。

 私には意味が分からないが、シュタインにとっては意味のある文字列なのだろう。


 次の小室に入ったとき、私はその壁を凝視し、愕然とした。


 シュタインが壁に磔にされていたのだ。

 体の数か所に太い杭のようなものが刺さっていて、壁に固定されていた。

 足元の床には血だまりができている。


 美味しそうな匂いの元はこれだったのか。

 生きているとは思えないが、念のためシュタインに近寄り、首に触れてみた。

 脈はない。


 仄かに温かい。死んでからまだ時間が経っていないようだ。

 シュタインを殺した犯人とは入れ違ったのか。


 濃厚な香りが私の飢餓を刺激し、本能が『食え、食え』と囁いてくる。

 だが、私はそれを振り払った。

 人間を食うくらいなら、死を選んでやる。


 そうでなくとも、シュタインの死体など、食べていいと言われてもこちらから願い下げだ。


 それにしても、私が殺そうと思っていたのに、誰かに先を越されるとは。

 しかし、誰が……?


 その答えは側面の壁に書いてあった。


『クーラ』


 赤黒い文字で確かにそう書いてある。

 シュタインの血をインク代わりにしたようだ。


 血文字は名前だけではない。

 視線をずらすと、文が書かれていた。きれいな筆致で書かれている。


『同胞を弄ぶ者に死を』


 クーラは、シュタインが私で実験をしていたことを知っていたのかもしれない。


 彼は私を自分のものだと何度も言っていた。

 自分のものが害されたから、シュタインを殺したということか。


 彼のものになったことなど一度としてないのだが。


 クーラの書き残しはまだある。


『次は、同胞を誑かす者に死を』


 誑かす……まさか。

 その可能性に思い至り、背筋がぞっとした。


 クーラはアルヴィスを殺すつもりだ。


『僕が貴女を助け出しますよ』


 そう書かれた血文字が私に告げる。

 それは、最後に彼に会ったときに、言っていた言葉と同じだ。


 クーラは私がアルヴィスに騙されていると思っているのか?

 私を所有物だと思っているから、取り戻そうとしているのか?


 どっちも的外れだ。

 だが、何にせよ、クーラはアルヴィスを殺そうとしている。


 ダメ……それは、絶対にダメだ。


「戻らないと……! アルヴィスを助けないと!」


 私は診療所を飛び出し、アルヴィスの家に全速力で走った。

 体のひび割れが悲鳴を上げるが、そんな些細なことに構っていられない。


 アルヴィスでは多分クーラには勝てない。

 だが、私が加勢すれば話は変わる。


 それは私が擬態生物であるということを意味する。

 それでも構わない。


 どうせ打ち明けるつもりだった。


 ……余計なことは考えるな。

 今はとにかく、アルヴィスの家に急がないと。


 見慣れた集合住宅が目に入った。

 階段を上るなんてまどろっこしいことをしている暇はない。

 誰に目撃されても知ったことか。


 一足で三階の外通路まで跳び上がった私は、アルヴィスの部屋の扉をノックもせずに開けた。


「アルヴィス!」


 ……返事がない。

 まさか、もう殺されてしまったんじゃ……?


 そんな嫌な考えが頭をよぎる。

 玄関から先に進むのが怖い。もし、アルヴィスの死体が転がっていたらと思うと、体が震える。


 ゆっくりと部屋の中を進み、リビングに入る。


「……良かった。いない」


 まだ帰ってきていないだけのようだ。

 ふとヴェラに味見をしてもらったスープに目をやったが、減っていない。

 それが少し寂しく思えた。


 緊張が解けて椅子に腰掛けた瞬間、再び私は身を強張らせた。


 テーブルに書き置きが置いてあったのだ。

 私がアルヴィスに宛てたものではない。


 さっき、シュタインの診療所で見た文字とよく似た筆跡だ。


『ノアさんは預かっています。返してほしければ鐘楼近くの廃墟に来なさい』


 そう書かれていた。


「クーラが、アルヴィスを……おびき出したのか」


 アルヴィスが先に私の書き置きを読んでいたら、クーラのそれを無視しただろう。

 私の正体を知っていれば、助けに行くはずがないからだ。


「私の書き置きは……どこ?」


 テーブルの上には見当たらない。

 ベッドの上、キッチンの上、ゴミ箱の中……どこにもない。


 クーラが確実にアルヴィスを始末するために、先に回収したのかもしれない。

 これはよくない流れだ。

 アルヴィスがまだ帰ってきていないのなら、それでいい。


 だが、もし一度帰宅して、クーラの書き置きを読んだとしたら……

 優しいアルヴィスは必ずクーラの元に行ってしまう。


「ごめん……ごめん、アルヴィス。私もすぐに行くから、どうか無事でいて……!」


 少しでも急ぎたい私は、ベランダから身を投げた。

 通りを挟んで向かいの住宅の屋根に着地した私は、屋根伝いに鐘楼を目指す。


 私はアルヴィスの家を出た後、まっすぐシュタインの診療所に行き、そしてアルヴィスの家に戻った。

 クーラとはきれいに行き違ったはずだ。

 アルヴィスが一時帰宅してから廃墟に向かうための時間を考えると、きっとまだアルヴィスは無事なはずだ。


 そうじゃないと嫌だ。


 急げ、私。

 アルヴィスがクーラに殺される前に、早く……!


 やがて廃墟が見えてくる。

 その内側から、金属音や何かが激しくぶつかる音が聞こえた。


 良かった。

 まだ、生きている!


 だが、窓を破るように廃墟内に入った私が見たのは、凄惨な光景だった。

本日もお読みいただきありがとうございました。

物語はいよいよ最終局面です。


ここで皆さまにお知らせです。

明日4/4(土)に、残り3話を一気に投稿し、本作は完結を迎えます!


ノアが最後に選ぶ道、そしてアルヴィスの決断を、ぜひ見届けてください。

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