第30話 「血に塗れた声」
それは下校時間のときのこと。ハルは千夏と一緒に下校していた。千夏は相変わらずふらふらフラフラ歩いて危なっかしくて目を放していられない。
千夏のアパートに着いて、ハルは玄関の扉を開こうとしたが鍵がかかってて開かない。
「真秋~、おーい、いないの?」
そう呼び掛けても返事はない。インターホンを押しても反応はない。普通に留守のようだ。
握っていたドアノブから手を放した。隣で明後日の方向をぼーっと見ている千夏のカバンを拝借して、鍵でもないかと中を探してみた。
「んー、ない…」
しばらく探してると、千夏がこちらに手を差し出してきた。その手にはアニメキャラのストラップのついた鍵が握られている。
「とっとと出してよ」
ハルは奪い取るように鍵を受け取り、それで扉を開いた。
するとハルは目の前の光景に思わずため息を漏らす。昨日そうじしたはずの部屋がすでにモノやゴミで散乱している。
掃除したい。でも生憎今日はやることがある。
「それじゃ、帰る」
千夏に手を振って帰ろうとした。しかしすぐに手を引っ張られて止められた。ハルの制服の袖を掴む千夏は少し顔を赤らめて斜め下を向いている。
その手をふり払って帰ろうと思ったが、ハルは少し考えると、その場に足を止めた。
「別にいいか。遅れてもルツに迷惑かけるだけだし」
帰らないことを悟ってか、千夏が少しだけ笑顔になったような気がした。
それからハルは部屋の掃除をした。たった1日でどうしてこうも散らかせるのか疑問だ。その間、千夏はずっとボーッと床に座っていた。
だがある時、急に千夏は立ち上がって部屋から出ていった。玄関の開閉する音も聞こえないし、外に出たわけではないのでハルは大して気にしなかった。
それからまたしばらくしてだ。いきなり風呂場の方から何か爆発でもしたんじゃないかというほどの轟音が聞こえてきた。
何事かと思い、ハルは急いで風呂場に向かい扉を開くが、完全に油断していた。扉を開いた瞬間、そこに潜んでいた千夏に包丁で思い切り喉を切り裂かれた。
やられた。喉はハルの能力核。昨日、首に対する攻撃だけ防いだから場所が分かったのだろう。
ここをやられたら、能力者の能力も再生力も一時的に失われる。それだけじゃない、能力核をやられたらどんなに肝の据わった者でも必ず一瞬の隙ができる。
千夏はその一瞬の隙を見逃さず、更にはハルの足も切り裂いた。
能力も足も封じられた。だが、足を失ったことを想定した訓練もしている。ここから逃げることはそう難しくない。
でもなぜかハルはそれをしなかった。何だろう、今まで他人を物理的に傷付けても、傷付けられたことはほとんどなかった。それも悪くないかもしれないと思ってしまった。
誰でもいいわけではない、千夏になら。
そんなことを思ってしまったのは多分その後の千夏の行動のせいだろう。唇に触れる柔らかく温かい感触のせいだ。
ルツに寝とられていないのなら、ハルが唇を重ねるのはこれが初めてだろう。
しばらくして千夏が唇を離すと、その間に固まった血が音を立てて剥がれる。
「ハル… だいすき……だよ…」
このとき、初めて千夏の“言葉”を聞いた。か弱くて、小さくて、それでも狂気の混じった声。
このとき、喉を切られたハルは答えることができなかったが、答えられたとしたら何と言っていただろう。
そして千夏はもう一度ハルに顔を近づけ接吻する。だが今度はハルの舌に噛み付き引き千切った。そしてそれを手に取り、フフッと女の子らしく微笑んだ。
こんな状況でそんな笑みができることに親近感を覚える。
次に千夏はずっとハルの股間を見つめ出した。
━━━ちょっ、それはやめて
そんなハルの心の声は届く訳もない。千夏は地面に落ちてる包丁を手に取って、思い切りハルのそこに突き刺した。
その激痛を感じると同時に、自分がやっぱり男であることも実感した。
千夏はハルのナニを切り取ると、さっきのように笑みを浮かべる。
さっきから、千夏が何をしたいのかはわからない。でも、そのときハルは思っていた。普通の人なら理解できないようなこと。
これが、幸せってやつなんだな。




