第31話 「流」
真秋は玄関の扉を開けたときに違和感を覚えた。
まず、玄関の靴がきっちりと揃っている。千夏はいっつも靴を脱ぎ散らかすのに。自分もだけど。
と言うか、整ってるのは靴だけでなく見える限り全てだ。散らかった部屋や玄関先すべて綺麗に掃除されている。
ハルが来ているのだろうか。誰が履くわけでもない靴がいつも玄関に散らかっていたから、ハルの靴かどうかなんて判別できない。
ハルが来ているならまた起こられそうだ。部屋が汚いって。
そんなことを考えていると、風呂場の方からドタドタと暴れるような音とうめき声が聞こえてくる。
「ハルちゃん…? 千夏…?」
真秋は靴を脱ぎ散らかすと、小走りで廊下を駆けて風呂場に向かう。
脱衣所の扉を開くとその光景に目を疑った。鉄臭い血の臭いと一面真っ赤な血の海。
「え…と、なにこれ?」
その状況に困惑していると、更に風呂の扉の向こうからさっきの音と声が聞こえてくる。
恐る恐るその扉を開けてみた。そこにはハルと千夏がいた。ハルは千夏を押し倒してその上に重なり両手首を掴んで動きを封じ、千夏の口に布をねじ込んで声を封じている。
これだけ見ればハルが千夏を襲っているようにしか見えないが、ズタズタに切り裂かれて千夏より多目に血の染み込んだハルの服と、千夏が左手に持つ包丁を見ればハルが加害者ではなく被害者だというのがわかる。
ハルは真秋に気付くと、少し申し訳なさそうに苦笑いして真秋を見る。
「ど、どーも。お邪魔してます」
「え、ホントこれ… なに…?」
真秋は困惑しながらもすぐに二人に駆け寄り引き剥がす。それでも千夏はハルに向かおうとするのでその動きを止める。
一方、ハルは切り裂かれた服を見回し深く重いため息を吐く。
「ごめん、ハルちゃん… 千夏がやったんでしょ?」
「そうだけど、別に気にしてないよ?」
ハルは頬笑みを真秋に向ける。
真秋からすれば、こんな状況で普通に笑顔でいるハルが不気味に思えた。
とは言え、千夏が迷惑かけたのは事実だし、ハルも本当はそう思っているだろう。
「ねぇ、ハルちゃん、もう帰っていいよ…」
真秋がそう言うと、急に千夏が暴れだした。真秋が動きを止めてはいるが、こんなに千夏が活発的になったのは初めてだ。
暴れる千夏を押さえていた手だが、真秋は突然その手を離して千夏の頬を殴った。その一発で千夏は動きを止める。
「いい加減にしてよ!! 千夏!!!」
真秋はそう叫ぶと、うつむいて黙りこんだ。その目から滴る涙がポタポタとタイルに落ちる。
ハルはしばらく真秋を観察していた。そして真秋の後ろに立ち、その額と顎に手を当てて上を向かせ、その上から真秋の顔を覗きこむ。
「…ふーん。まぁ、とりあえず落ち着いてね」
ハルはそう言い残すと手を離して、風呂場の扉から外に出た。




