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マーディの導き  作者: ハヌア
第三章 邪悪なる者達
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降臨

「洗礼を受ける者は、皆その世界を目にするのです。貴方もしっかりと、目だけではなく記憶にまで焼き付けておきなさい」


 地獄のような光景が消えると、再び元の教会が戻ってくる。すぐ目の前には主と修道女。後ろにはピュアがいる。武器のない今、リーコンにとってこの状況は絶体絶命の危機である。


 しかしリーコンは奇妙なことに気づく。この場にいる自分以外の誰もが、こちらの動向に全く関心を持っていないのだ。まさか彼らも、さっきの地獄を見ているのだろうか。

 振り返り、ピュアの顔を見る。彼女の視線はこちらに向けられている。しかしその目には、さっきまではなかった感情が確かに宿っていた。


 リーコンが立ち上がったと同時に、ピュアが右手を振りかざす。すると修道女の両腕に抱かれていたリーコンの剣がひとりでに浮き上がり、リーコンの許へ飛んでいく。それを片手で受け取ったリーコンは鞘から剣を引き抜き、目の前にいる主と修道女に向かって構える。


「何だと……未来が見えなかったのか?」


「そういうわけでは――」


「クソッ、早く二人を殺せ!」


 見るからに焦った様子の主は、修道女の頬を殴りつける。リーコンもピュアも、唐突に行われたその暴行に思わず呆気にとられた。しかし修道女は殴られた頬を抑えながらも立ち上がり、ナイフを取り出してこちらに闘志を見せる。


「ねぇ、そんな主様に好きにされたままでいいわけ?」


「私は主と上位者に一生を捧げることを誓ったのです。たとえ何者だろうと、それを邪魔することはできない!」


 見かねて声を掛けるピュアに、修道女が斬りかかってくる。リーコンはそれを正面から受け止めようとするが、女は素早く身を引き、左のナイフを彼の顔に向けて投げる。しかしピュアの魔法がそれを弾く。


「くっ……」


 女はリーコンを突き飛ばし、その後ろに立っているピュアを狙う。振りかざされたナイフがピュアの首筋を狙うが、彼女は避けようとしない。何故なら、リーコンの事を信じていたからだ。

 それに応えるように、リーコンは修道女を突き飛ばす。それを追うようにピュアは跳び、体勢を崩した修道女の顔面に回転を交えた蹴りを叩き込んだ。


「主よ……お許しください……」


 女は気を失う寸前、そう呟いて倒れた。最後まで主に対する信仰心を手放さなかったのは大したものだが、しばらく眠ってもらうことにしよう。


 さて。後は主をどうにかしなければ。そう思って振り向いたリーコンとピュアの前には開きっぱなしになった扉以外には誰もいなかった。


「あの男……」


 ピュアは呆れたように肩をすくめる。リーコンも同じ思いだった。自分では直接手を下さず、汚れ仕事は部下に任せる。それが上手く行かなかったら尻尾を撒いてとんずらとは、情けないにもほどがある。それとは別に、あの男にはもう二度と宗教を立ち上げさせまいという思いが二人の胸中にあった。そのためには奴を追わねば。幸い扉の先は一本道で、この教会の屋上へと続く階段があるのみだった。二人はそこを急いで上がり、屋上に出る。屋上は奥に長い月見台のような形をしており、上がってきた二人とは正反対の位置に、例の男はこちらに背を向けて立っていた。


「時は満ちた。もう私が恐れるものは何もない」


「いいえ、もう終わりよ。この村でやってきたこと全てを償いなさい」


 そう言って、ピュアは召喚した剣を男に向ける。しかし振り向いた男の顔には不敵な笑みが浮かんでいた。


「私は彼らを導いた。罪を償うのはお前たちだ」


 男は両腕を広げ、天を仰ぐ。すると彼の体が宙に浮き始める。何の能力もない男だと思っていたが、何か隠していたのか。


「ええ、上位者。あの二人こそ、貴方の復活を妨げる存在。私が二人を殺します。ですのでどうか……私をお導きください」


 男は呪文でも唱えるかのようにそう言う。すると彼の周囲が赤黒い血のような光で照らし出される。まずいと感じたピュアは剣を男の胸に向けて投げつける。剣は狙ったところに突き刺さったが、もはや痛みなど感じないとでも言うように男は笑う。大きな口を開けて笑い続ける。その口内から、幾本もの触手が現れる。


「……上位者とやらに魂を売ったか」


 リーコンの言ったとおりだった。男は自身が崇める上位者に魂を売り、その身を依り代に上位者を召喚したのだ。しかしあの様子を見るに、彼の体は器としてふさわしくはなかったようだ。


 口から伸びる触手は絡み合い、空中で一つの球を形どる。不気味に蠢く触手の間からは火傷でも負ったかのような、あの男の顔が幾つも現れる。今にも飛び出しそうなぐらいに見開かれたその目は、皆一様にこちらを睨んでいた。ここまで来ると、彼を元の姿に戻すことなんて不可能だ。戦うしかない。


 そう判断したリーコンより、ピュアの方が動きが早かった。情け容赦なく怪物と化した主に火炎を放射する。しかし相手もその程度でやられるわけがなく、闘志をむき出しにしてこちらに突進してきた。


 二人はお互いから離れるように跳んで避け、敵を見据える。その際にピュアはリーコンの剣に魔力を付加していた。それに気づいたリーコンは転落防止用の手すりを踏み台にして怪物に切りかかる。

 刃が触手を切り裂くが、傷口はすぐに再生した。そういえば男は、自分とピュアが何者かの復活を妨げる存在と言っていた。恐らくそれはディマの事だろう。マーディから大量のマーディルを奪い取り、復活を目論む邪神から力を得たのだ。あの再生能力も不思議ではない。しかしそれはこちらが彼を倒すことが困難であることと同義でもある。現にピュア程の魔術師に魔力を付加してもらった剣ですら大した効果が見受けられないのだから。


「触手はダメね。難しいけど、顔を狙うしかないみたい」


「隙間から出てるあの顔か。しかし……」


 アイツを狙うのはかなり骨が折れるぞ、とリーコンは感じた。ピュアならともかく、自分は飛び道具を持っていない。そんな状況だと必然的に囮を買って出る必要がある。


「俺が奴を引き付ける」


「分かった」


 そのことに関してはピュアも不安を感じていないのか、すぐに頷いてくれた。


 怪物が伸ばした触手を避け、二人は別々に動き始めた。

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