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マーディの導き  作者: ハヌア
第三章 邪悪なる者達
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教団

 ピュアが居なくなってから随分経つが、彼女は一向に戻ってこない。折角良い部屋を取ったというのに何をしているのか。


「探しに行ってみるか」


 椅子から立ち上がり、廊下に出る。夜が深いこともあってか、外は不気味なぐらいに静まり返っている。聞こえる物音と言えば、廊下を進む自分の足音と、床板の軋む音だけだ。

 外では演奏会が催されているかのごとく、コオロギたちが鳴いていた。夜の村には人の気配はないかと思ったが、水辺で若い男女が楽しげに語らう姿が見える。リーコンは彼らの邪魔をしないよう、なるべく静かに教会へと向かう。


「ここにいるはずだ」


 推測が正しければ、ピュアはきっとこの中にいるはずだ。流石に自分を置いて旅を続けるはずはないだろうし、何よりも彼女はこの教会の謎を解き明かそうとしていた。いくら教会が怪しく危険だとはいえ、ピュアの探求心を止めることはできないだろう。

 扉を押してみると、拍子抜けなぐらいにすんなりと開く。ただ戸締りを忘れただけだと信じたいが、どうも誘われているような気がする。だからといって宿に戻ることもできない。リーコンはいつでも剣を抜けるよう警戒しながら中へと足を踏み入れる。


 昼間は肌で感じた神聖な空気も、今はただただ冷たく感じる。確か入ってすぐ右側に扉があったはずだが、どこにも見当たらない。


「あら、こんな時間にどなたでしょうか」


 突然背後から声を掛けられ、反射的に背中の剣を抜く。

 そこにいたのはあの修道女だった。昼間に見せた優しい微笑みを湛えたまま、彼女はこちらを見つめていた。


「落ち着いて。私は貴方に危害を加えるつもりはありません。ですが……こんな夜遅くに訪ねてこられても、こちらとしては困ってしまいますわ」


 女はこちらに一歩近づいてきてそう言う。リーコンは少し迷った後、この状況を打開し、尚且つピュアを見つ出すことができる案を閃き、実行する。


「あー……あれから考えたんだ。俺の人生は辛いことの連続で、良い事なんて一つもなかった。それなのにこのまま何もしないぐらいなら、賭けてみようと思ってな」


 その言葉に女は嬉しそうな顔を見せるが、まだ疑念があるようだった。


「ですが……主は今――」


「頼む。助けてほしいんだ」


 こちらより少し背丈の低い彼女に近づき、その瞳を真っ直ぐに見つめて言う。女は瞬時視線を落とした後、こう言った。


「分かりました。主は祈祷の最中ですが、それが終わるまでこちらでお待ちいただきます」


 女がそう言うと、重い音を立てて扉が現れる。昼間、祈祷とやらを受けた信者が出てきた扉だ。まさか隠し扉になっていたとは。


「こちらへ」


 修道女の案内に従い、階段を下りる。それに伴い、男が教典を読み上げるような声が聞こえてくる。この声が主とやらの“福音”なのだろうか。


「着きました。ここでしばらくお待ちくださいね」


 そう言って通されたのは、まるで牢獄のような狭い一室だった。鉄格子のなかに入っても鍵を閉められるようなことはなかったが、居心地の悪さは何物にも代えがたいものがある。ピュアを信用していないわけではなかったが、リーコンもこの教会は何かおかしいのではないかと思い始めた。


 それからもしばらく待ってみたものの、結局あの修道女はおろか、誰かが来る気配すらなかった。いい加減待ちかねたリーコンは外に出て、ピュアの捜索を再開しようとする。そんな彼に、何処かから声を掛ける者がいた。


「やぁ、そこの人。君も“再教育”が必要だと言われたのかい?」


「何? お前は誰だ?」


 囁くような声だがしっかりと聞こえた。幻聴なんかじゃないとはっきりわかる。しかし一体何処から聞こえたのだろうか。そう思い、辺りを見回すと、声は自分が居た部屋のすぐ隣から聞こえたことが分かった。


「僕の事はどうでもいい。だが、君はここで死ぬべきではない。君は事実を知り、生きて脱出する使命がある」


「使命だと?」


 自分はピュアを探しに来ただけだ。それなのによく分からない使命なんてものを任されても困る。リーコンは話を聞いた上でその使命とやらを背負うか否かを決めることにした。


「その使命というのは何だ?」


「とても大事なことさ……」


 そう言って、部屋の奥にいる男は語り出す。

 何よりもまず、この教会は類を見ないカルト宗教だという事だった。戦争が起きる前、貧困にあえいでいたこの村にやってきた教祖こと“主”は、村人に自身の教えを説き、教会を造らせた。


「ちょっと待て。何故村人たちは教祖の為に教会を建てたんだ? 生活に貢献したわけでもないのに」


「……あの修道女、覚えてるかい? あの女は心に付け込んで人を操ることができるんだ」


「何だと?」


 それは初耳だった。つまり、教祖は自身の言葉で人々の注目を集め、あの女を使って洗脳したのだ。しかし何故この村の人々を。


「さあね。それで、人々を味方につけた教祖は村に訪れる旅人をこの地下に連れてきて、何かを行っていたらしい」


 それっきり、男は口を噤んだ。どうやら知っていることは全て話したということらしい。


「クソ……ピュアの事を信じていれば」


「もしそうしていたら、二人とも取っ捕まってたろうね」


 それもそうだ。だが、たった一人の仲間の言う事を信じてやらなかった自分に、リーコンは心底腹を立てていた。しかし後悔は何も生まない。今考えなければならないのは、どうにかしてピュアをこの教団から救い出すことだ。それと、男が話してくれたおぞましい事実を人々に伝えることも。


「ところで――」


 前置きと共に男は身を乗り出す。影が差していてその顔色は窺えないが、笑みを浮かべているような気がする。


「そのピュアって人とは、恋仲なのかい?」


「い、いや。彼女は大切な仲間だ。それだけだ」


 突然の問いに動揺するが、即座に否定する。しかしリーコンの心の揺れを感じ取った男は愉快そうな口調で、


「いやはや、そうかいそうかい。詮索好きなタチでね、悪かったよ」


 そう笑いながら言ってきた。気恥ずかしさにリーコンは顔を背ける。その瞳に、こちらに向かって近づく人影が映る。


「あの女だ」


「何だって? まずい、早く戻るんだ!」


 言われた通りに部屋に戻る。灯りがなかったことが幸いしてか、こちらが外に出ていた事には気づかれなかったようだ。修道女はそのまま近づいてきて、リーコンの目の前で止まる。


「長い間お待たせしたこと、心よりお詫びいたします。さて準備は整いました。行きましょう」


 女は牢の扉を開き、教祖がいるらしい所まで案内してくれる。その間、少しでも妙な動きを見せればすぐに叩き斬ってやる心持でいたが、特に目立った行動はないまま奇妙な紋様が刻まれた扉の前に辿り着いてしまった。


「この先に教祖様がいるのか?」


「その通り。さあ、お入りになって。主の啓示を受け入れるのです」


 目の前の扉がゆっくりと開かれる。その先には顔をそむけたくなるような、異様な光景が広がっていた。


「これは……」

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