教会の謎
翌日、リーコンとピュアは朝早くからオオトシに向かうことにした。旅に連れて行けるような心強い味方がどうしても思い当たらず、ならば二人だけでもやれるだけやってみようという事にしたのだ。
コディーからオオトシまで馬で行くのなら一週間以上はかかるだろう。街道に沿うようにして大きな川が流れており、そこを船で行くという案も浮かんだが、それも戦争のせいで使えないだろう。街道も兵士が巡回している上、リーコンは国の裏切り者として抹殺するよう命令が出ているため、道のりは更に長くなりそうだった。
そんな訳で始まった長い旅の一日目。背丈の低い藪以外に目立ったものがない草原を抜けた先で、二人は小さな村に辿り着いた。
道端の看板には“リン・バーン”とある。恐らく村の名前だろう。前方には、立ち寄った旅人が一夜の寝床として利用するのであろう宿屋が見える。辺りでは大人たちがせわしなく働いている。馬の上から家屋の窓を見ると、見慣れない男女に興味を抱いた子供達と目が合う。
まあこれぐらいならよく見る光景だが、その中に一つだけ見慣れないものがあった。少なくとも、こんな村には似つかわしくないものが。
「こんな小さな村に教会?」
「随分立派ね」
二人が口にしたことが、その全てを物語っていた。宿屋よりも更に奥に随分と大きな教会がそびえ立っているのだ。
普通は多くの信仰を得るために人口の多い街に教会は立てるものだが、決してそれ以外の場所に教会があることも珍しくない。しかしこれほどまでにしっかりとした造りの教会を持つ村はなかなかない。
「ねえリーコン、入ってみない?」
教会に興味を抱いたのか、ピュアは目を輝かせてこちらに言う。リーコンはもう一度教会を見やり、
「神父様に有難い教えを乞うのも、たまには悪くないか」
馬を停め、教会の扉を押すと、観音開きの扉は荘厳な音を立てて開いた。中では教会特有の神聖な空気が肌で感じられた。床は天井を映しだすほどに磨き上げられており、均一に並んだ長椅子には信仰対象に祈りを捧げる信者の姿が見受けられる。
こういった場所は初めてなのか、ピュアは普段より落ち着かない様子だ。
「あら、見慣れないお顔ですね」
声のした方には、一人の修道女がこちらへゆっくりと歩み寄る姿が見えた。
「リン・バーン中央教会へようこそ。主は来訪者を歓迎しています。あなた方は主の祝福を受け、その膝下に置かれるでしょう」
修道女の話す言葉の意味を理解できず、ピュアは怪訝な顔で首をかしげる。そんな彼女を前にしても修道女は微笑みを崩さずこう言う。
「貴女からは多大なる力を感じる……素晴らしいことです。しかし世は混沌を極める状況下にあります。そんな中で、貴女は被虐に心を痛める事もあったでしょう。けど、どうか安心なさって。主は――」
「その主っていうのはどこにいるの?」
退屈して来たのか、修道女が話しているというのにピュアは口を挟む。それでも顔色一つ変えない辺り、流石はその道を歩んできた人間という事だろうか。
修道女は諭すような口調でピュアに向かって言う。
「主は今、現実に苦しむ者の為に祈祷を行っています。その現実がもたらす仕打ちに対抗できるような強い心を持たせるために。故にこの私が貴女の前にいるのです」
言い終えた直後、入り口から見て右側の扉から何人かの男女が姿を現す。皆一様に何処か救われたような顔をしているが、そこからは僅かな違和感を感じる。
「さあ、お二人も主の下へ」
「ああ、その……また今度でもいいか? 旅の休憩がてらに寄っただけなんだ」
「もちろん。扉は目の前にあります。それを開く覚悟ができた時、また立ち寄りなさい。主はいつでもあなたたちを歓迎することでしょう」
あの修道女の笑顔、そして祈祷を受けた信者たちのあの顔。その二つから違和感を感じたから、二人は教会を出ることにしたのだった。しかしピュアは腑に落ちない顔をしている。
「なんで出たの?」
質問の意図が理解できず、思わずピュアの顔を見やる。彼女は真剣な顔つきでこちらを見ていた。
「どういうことだ?」
「どういうことって、見たでしょ? あの人たちの顔」
主に祈祷とやらを施された信者の事を言っているようだ。それに関しては彼女と同意見だし、気にはなるところだが、今は先を急ぐべきだ。
「確かに気にはなるが、俺たちにはやるべきことがあるはずだ。関わっている暇はない」
「それはそうだけど……どうも引っかかるわ」
「食料を買い足して、休憩したら行くぞ」
有無を言わさぬ口調でリーコンはそう言い、近くの出店へと向かって行く。しかしピュアはそれほど素直ではない。踵を返し、まっすぐに教会へと向かう。
扉を開くと、先程の修道女が掃き掃除をしている姿が目に入る。彼女はこちらに気づくと、優しい微笑みと共に会釈する。
「もうお戻りになったのですね。それで、主の導きを受けることを決めたのですか?」
「ええ。もちろん」
そして確かめてやる、事実を。その時のピュアはそう考えていた。




