穴を潜り抜けて
霧が晴れ、気が付くとリーコンとリマは、馬車のところに戻ってきていた。その数分後にピュアとリリィが戻ってきて、事の顛末を聞かされると、
「なぁんだ、じゃあボクたちはただただその男の掌の内で踊らされてただけだったのか」
「ま、あの態度を見る限りもう私たちを襲ったりはしないでしょ。でも、何の目的で私たちを狙ったのかしら?」
ピュアはそれとなくリリィを見やる。もちろんリリィにも分からない。しかし黙って話を聞いていたリーコンには、その男の正体の見当がついていた。
それはあの日、コディーの裏路地で出会ったあの男だ。邪悪を纏った腕で少年の腹に穴を開けたあの光景を、忘れられるはずがない。
「ならなぜ、奴はお前たち二人の前に姿を見せたんだ? あれほどの相手なら、俺がいることに気づいていたはずだ。なのに、何故俺たちではないんだ?」
四人は一様に首をかしげる。結局は考えていても仕方ないこととして馬車を走らせたが、その疑念が一行の心の内から消えることはなかった。
霧の晴れた荒野は、相変わらずどこまで見渡しても代わり映えのしない、寂しい土地だった。そんな中に、まるでドームのような巨大な岩が姿を現す。これがピュアの言っていた洞窟の目印に違いない。
馬車が停まり、四人は岩に近づく。だが、それからどうすればいいのかが分からない。
「まあそう焦らないで。この岩にはちょっとした秘密があるの」
ピュアは得意げな顔で、魔法を唱えてみせる。すると驚いたことに、岩肌に人一人がどうにか通れそうなぐらいの細い通路とそこに通じる入り口が現れた。これを使って洞窟に向かうのだろうか。
「さあ、行きましょ」
ピュアは帽子を脱ぎ、何処かに放り投げる。すると帽子は光の粒子となって消えてしまった。異次元空間に物を仕舞う魔法らしい。彼女のいかにも魔女を意識したようなとんがり帽子は、この狭い通路を通るうえで邪魔になるのだ。
「ん? んぅ……」
しかしそれ以外にも障害はあったらしい。豊かに実った胸が、彼女の身体を先に進ませまいとする。その光景にリリィは吹き出しそうになるが、同時に奇妙な敗北感も味わっていた。
「はぁ、嫌になっちゃう……ねぇ、リーコン?」
「俺に振るな。魔法でどうとでもできるだろ」
「あらあら、意外と堅物なのかしら」
ピュアは口をとがらせながらも、魔法で自身の胸を縮め、横向きに通路を進む。その後ろを三人も同じような体勢で着いていく。やがて辿り着いた先には広々とした空間が広がっていた。そこには何かの祭事に使うような祭壇が蝋燭に取り囲まれ、ひっそりと佇んでいた。それを見たリマは目の色を変えて祭壇に飛びつく。
「これ、里にあったやつだ!」
「それを使ってマーディの里に行くのよ。さ、カギを渡してちょうだい」
こちらに向けて伸ばされた手の平の上に、里に入るためのカギを乗せる。ピュアはそれを祭壇の中央に置き、更に自身の帽子を被せた。カギが見えなくなってしまったが良いのだろうか?
「本当にこれでいいのか?」
「ええ。祭壇の上でこういう風に隠すことに意味があるらしいの。そうよね、リマ」
「そうさ。ボクが見られたくないって言ったのもそれが理由」
この儀式はその手軽さゆえに、カギを持っていてかつやり方さえ知っていれば誰にだって出来てしまう。それがどんな人物であろうと。だからリマは見られたくないと言ったのだ。
「けど、もう大丈夫だね。扉が開いたみたいだ」
リマが顔を上げたので、つられてリーコン達もそちらを見る。洞窟の天井には光り輝く抜け穴のようなものが現れていた。
「あれが扉なのか。想像していたのと違うな」
「まあそうでしょうね。あれに入ったらいよいよマーディの里よ。準備はいい?」
ピュアは三人の顔を見回す。リーコンもリリィも、それにリマも。この場にいる誰もが覚悟を決めていた。
それを認めたピュアが帽子を上げると、それが合図となったかのように、水晶のように透き通った階段がらせん状に、扉に向かって伸びて行く。四人は足を踏み出し、その階段を上った。
目の前が光に包まれた次の瞬間、一瞬の浮遊感の後に固い地面を踏む感触が訪れる。そしてひんやりとした心地の良い冷気に身体を包まれる。
「わぁ、すごい……」
リリィが感嘆の声を漏らす。四人の目の前には、水晶で形作られたような都市が広がっていたからだ。
「こんなものは見たことがない。本当にこれがマーディの里なのか?」
流石のリーコンも動揺を隠せない。こんなにも美しく、そして悲しい場所は見たことがない。何故なら、この里はかつてはマーディの民で賑わい、そして平穏に過ごしていたのが痕跡として残されている。なのに今は生き残りのリマ以外にここに住む者はいない。マーディルも枯渇し、輝く水晶もよく見ればどこか暗く見える。
「私が最後に見た時とは、何もかもが変わってしまって……とてもあの時と同じ、マーディの里とは思えないわね」
リマを除くと、ピュアは、こうなる前のマーディの里を知るただ一人の人物だ。そんな彼女も驚く程に荒れてしまい、何もかもがフロンティアとは違うこの地に、遂にリーコンたちは足を踏み入れたのだ。当初の目的は一応達成されたことになる。
「私の記憶が正しければ、街の中央のあの塔で――」
「そう。あそこでマーディと対話できる。マーディルが流れ出しているのもあそこだ」
ピュアとリマは、お互いの記憶を確かめ合うようにして言った。塔でマーディと対話できる。ならば次の目的地はそこしかない。
「行こう」
そう言って、リーコンは足を進める。だが、マーディルの枯渇のせいか、それともただの経年劣化なのかは不明だが、道は結晶の木や建築物で塞がれており、使えそうにない状態だ。辺りを見渡してみても酷い荒れようで、果たして魔法でどうこうできるかどうかも分からなかった。
「参ったな。ボクは飛べるけど、迷っちゃいそうだし……」
「できれば四人で固まっていたいわね。ほら、何かいるわよ」
ピュアが指差す向こう。そこにはゆらゆらと蠢く人の形をした何かがたくさんいて、皆一様にこちらに近づいてくる。かつては人であったのだろうそれは、全身から妖しく輝く結晶を生やして、虚ろな目でこちらを見ていた。
「奴らの相手をしながら進むしかなさそうだな。始めるぞ」
リーコンは剣を抜き、目の前まで迫る結晶の人の心臓を一突きして倒す。その時、リーコンには見えた。揺らめく敵の肩越しに、子供なら通り抜けられるぐらいの小さな隙間が。
ちらりと横目でリリィを見る。背中に背負った剣を下ろせば、まあ通ることはできそうだ。穴を抜けた先で危険に出くわさないという保証はないが、ここで立ち往生するよりはましだろう。
「リリィ、あの穴を通り抜けて何かないか調べてきてくれないか? 剣を外さないとつっかえそうだが……」
「わ、わかりました。先輩の頼みとあらば、命だって差し出しましょう!」
そう言うと、リリィは自ら剣を下ろし、敵をおびき寄せるリーコンたちから少し離れる。そしてタイミングを見計らって結晶の間を駆け抜けた。
「はっ!」
声と共に、穴に向かって滑り込む。リリィの小さな体はどうにかその穴を通り抜けることができた。
「さて……」
ここからは独りだ。頼りの剣もない。そう思うと、一気に不安感が押し寄せてきた。しかし、
「私ならできる。今までだって……」
自分には困難を乗り越えられるだけの力がある。旅を通してそれを教わり、何度も実感した。今回もその力を見せる時だ。何としてでも先に進み、そしてリーコンたちのために道を開く。
決意を固め、リリィは駆け出した。




