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マーディの導き  作者: ハヌア
第二章 信じるべき相手
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急げ、少女よ

 駆け出した矢先でリリィは足を止める。崩れた建造物で道はぐちゃぐちゃ、おまけに地面から無尽蔵に突き出た結晶の反射のせいで、道が幾つもそこにあるかのように見えるのだ。


「うぅ、どうしよう……そうだ、壊せないかな」


 そう思い立ち、手近にある結晶に蹴りを入れてみるがびくともしない。ただただ自分の足を痛めただけだ。


「くっ……なら魔法で!」


 右手を握り、そして開く。すると炎が勢いよく放たれ、結晶を覆いつくす。その様子を見て手応えありかと思ったが、全くそんなことはなかった。固い結晶は依然としてそこにあった。


「そんなぁ……」


 独り、情けない声と共にガクリと肩を落とす。せっかく張り切っていたのに出鼻をくじかれた気分だ。


 深くため息をつき、少し間をおいてから、落ち込んだ気分に閉じていた目を開く。


「ん?」


 そんなリリィの目に、ある物が映り込む。それはカンテラだった。枠や持ち手といった部分はガラスのようなもので形作られ、内側の火を灯す部分は水晶で出来ている。とても照明器具としては使えそうにないが、不思議なことに、既に灯された青い灯が淡く辺りを照らし出している。それが気になって仕方なく、リリィはカンテラを持ち上げてみる。そして、何気なく結晶を照らしてみる。


「あ……」


 するとどうだろう。青い灯を浴びた結晶はどろどろになり、リリィの目の前で液体のようになり、瞬く間に消え失せてしまった。ここでリリィは、このランタンが特別なものであることに気づく。


 振り返り、ランタンをかざし、進むべき道を進む。しかし先に試したものと同じ末路を辿る結晶を見ているとあることに気づく。溶け行く結晶に映し出される自身の背後に、また何者かの姿が映っている事に。

だが恐怖はなかった。その人物からは悪意を感じなかったからだ。


「誰……ですか?」


 ゆっくり、体ごと振り向くと、そこにいる者の姿がカンテラの淡い灯に照らし出される。

それはかつてこの場所で死んだ霊なのか。少なくともリリィにはそういう風に見える。

 とても不安定な姿だった。ボロボロになった旗が弱々しく風に揺られるように左右に揺れていて、その姿は薄れかけている。しかしその身に纏った衣服は、リマの容姿に近いものがあった。


「まさか貴方は……マーディの民?」


 リリィの問いかけに、彼は応えない。しかしリリィには、彼がマーディの民であるという確信があった。何故なら彼の衣服から覗く素肌には、リマと同じような奇妙な文様が浮かんでいるからだ。


 気づけば、辺りにもマーディの民がいる。皆一様に存在が希薄で、その姿は薄れかけている。はっきり言ってその姿は異様だ。こちらの問いかけには応えず、しかしこちらの姿は認識できている彼らの身に一体何が起きたというのだろうか。


「でも危害を加えてくるわけじゃなさそう……何か伝えたいみたいだけど、私にはやらなければならないことがあります。だから先に進ませてもらいますね」


 返事がないことは分かっている。脇をマーディの民がすれ違っていくのを横目で見ながら、リリィは先を急ぐ。 

 なんとなく息苦しさを感じながら、ようやく結晶の道の終点に辿り着く。リリィは深く息を吸って、吐いた。いつになく緊張した。さりとてこのまま立ち止まっているわけにもいかない。


 カンテラを腰にぶら下げ、目の前に見える建物に入る。中は外の光が差し込まないせいで暗く、鬱屈としていた。腰のカンテラを再び使うことになりそうだ。

 一歩、また一歩、慎重に進んでいく。美しく、アンティークにも見えるがれっきとした家具類の間を抜けて、部屋の奥の階段を上る。その途中、上の階の何処かから声が聞こえてきた。


「マーディよ、何故我らを見捨てたのか。マーディよ、どうか慈悲を――」


 男の声だ。くぐもっていたが、はっきりと聞き取れた。内容から察するに、マーディの民なのだろう。まだ生き残りがいたようだ。


 階段を登り切り、声がする部屋の扉を開ける。なるべく音を立てないように、ゆっくりと。


「妻も友も逝き、私の存在ももう消えかけています。我らマーディの民が消えた後、その魂は貴女の下へと導かれるでしょう。けれども、もうしばらくの猶予をどうか私に……」


 部屋に入ってきたリリィに、男は気づいていないようだ。怖がらせないように、小声で優しく男に語り掛ける。


「あの……貴方は、マーディの民ですか?」


「ああ、マーディよ。遂に我が願いを聞き入れてくださったのですね。真実を聞き届けるべき使者を、私のもとに導いてくださったのですね!」


 男が顔を上げ、こちらを見つめる。頬は痩せこけ、胸の前で合わせた両手はもう皮と骨だけになっている。

 じっとしていればミイラかと見紛うようなその姿に、リリィは思わず悲鳴を上げそうになる。そこをどうにか堪え、男が口にしていたことについて尋ねる。


「何のことを言っているのかわからないけど、話を聞くぐらいなら私にもできます」


 彼の使命が真実を語ることなのだとすれば、自分の使命はそれを聞き届けることなのだから。


「いつだったか……この美しい里に異端者が現れたのです。異端者はこの里に来て間もなく、我が主マーディに近づきました。そして――」


「そして……?」


 話すことさえも辛そうな男が次の言葉を口にするまでの間を埋めるように言う。この後に驚愕の事実が待ち受けていることも知らずに。


「異端者は、マーディの尊い御命を奪ったのです!」


「――え?」


 突然突き付けられた事実に、思わず目を丸くして聞き返してしまう。しかし、男は顔を両手で覆った姿勢を作ると、動かなくなってしまう。恐らく溢れんばかりの涙を必死に堪えているのだろう。

 けれども泣きたいのはこっちのほうだ。マーディが死んでいるなんて、そんなこと、リマからは聞かされていない。


「それじゃあマーディのここがこんな風になったのも……」


「そう。里はマーディルを生み出すが、それはマーディの存在があってこそ……しかし主が亡き今、マーディルは枯渇し、里は崩壊の一途を辿っています」


 丸い窓からちらりと外を見やる。遠くに見える結晶の塔の頂上に光の粒子が集合し、渦巻いているのが見える。きっとあれがマーディルだ。あそこから僅かに、しかし確かな魔力を感じるのだ。


「あの塔に集まっているのはマーディルですよね? マーディルが里に残されていないこの状況で、どうしてあそこにはあれだけのマーディルが集まっているんですか?」


 リリィの内にあるマーディルと、塔のマーディルの共鳴を根拠に、そう男に問う。男は顔を上げ、驚いたような顔をしてこう訊いてくる。


「マーディルが集まっている? そんなはずが……」


 男は立ち上がり、フラフラとした足取りで窓に近づく。彼の肩越しには、依然として結晶の塔とそこに集まるマーディルが見える。彼もそれを認めたのか、僅かに希望を孕んだ顔で振り向く。


「あれほどの量のマーディルが集まるという事は……使者よ、急ぎなさい! マーディの魂はまだあそこにある!」


「え? じゃあ、マーディは生きてるんですね!? だからあの塔に向かってマーディルが――」


「私はこんな姿でもう先も長くないでしょう。なので、これを貴方に渡しておきます」


 リリィの言葉を遮り、男は何かを手渡してくる。見た限り護符のようだが。


「それを持っていれば、マーディの加護が貴方の身を危険から守るでしょう。どうか、マーディをお救いください……」


 受け取った護符を握りしめ、男に向かって頷く。そして丸い窓から外に出ようと窓枠に手を掛ける。これぐらいならギリギリ抜けられそうだ。


「お待ちください!」


 男が突然声を上げたので、リリィは思わず飛び上がる。バクバクと鳴る胸を抑えながら、まだ何かあるのかとうんざりした様子でリリィは振り向く。


「もうっ、何なんですか? 早く塔に行きたいんですけど」


「マーディの命を奪おうとした異端者の名を教えておきます。その名は……」


 異端者の名が告げられる直前、突如鳴り響いた爆音。そして熱気を持った爆風に身体を強く押され、リリィは背中を壁に打ち付ける。結晶で出来た壁は大きい亀裂こそ入りはするものの、音を立てて割れるようなことはなかった。


 いや。それよりも、今ここで何が起きたのかを確かめなければ。ぐわんぐわんと揺れる視界のまま上下左右を見渡し、状況の変化を察する。さっきの爆発のせいでこの建物は炎上しているようだ。


「さっきの……人は……!?」


 激しい頭痛にあえぎながら、揺れが収まり始めてなお平衡感覚を保てない身体に鞭打ち、あのマーディの民を探す。しかしどうにも足元がふらつき、遂にうつ伏せに倒れてしまった。

 その時、右手の指先に何かが触れた。柔らかい綿のようだが、顔を上げてみると、それは衣類のようだった。

 ここには誰かが着ていた形跡のある衣服は存在しない。そしてここにいるのは自分と、マーディの民の生き残りである男の二人だけ。つまり、今自分の目の前で倒れているのは……。


「そんな……こんな事って――」


 拳を握りしめ、目を固く閉じる。消えかけている命の灯火がこんなにも簡単に消え去ってしまう現実を目の当たりにしたリリィは、ただただ絶望に震えていた。肌は焼き尽くされ、口からは溢れんばかりの血を吐いている。打ち付けた時に内臓をやられたのだろう。意識が途切れるまで、きっと想像を絶するような苦痛と闘っていたに違いない。そんな彼の事を想うと、胸がやるせない気持ちでいっぱいになった。

 それでも託された護符を握りしめ、リリィは立ち上がった。


「……行かなきゃ」

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