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マーディの導き  作者: ハヌア
第一章 終わりの始まり
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麓で想ったこと

 明くる朝、リーコンたちは草原を出発した。

 少年は、もう動かない妹を連れて家に戻った。それからコディーを出て、魔女が治める国、モンドルイフィンに向かうとリーコンたちに告げた。コディーからは遠いその国に、独りで、石になった妹を連れて向かうのは無謀だと言ったが、少年は耳を貸さずに行ってしまった。

 リリィは止めようとしていたが、リーコンは、少年の心の決意を感じ取り、あえて止めなかった。それに彼なら大丈夫な気がした――


「これでしばらくは持つな」


 休憩しようと選んだ場所に小川があったのは幸運だった。先のドューノンとの戦いで、リーコンの水筒から水が全部漏れ出ていたのだ。戦いに必死で気が付かず、危なくこのままスロールにまで行ってしまうところだった。


「リリィは休んでいるが、リマはどこだ?」


 木の実を噛みながら、リーコンはリマをずっと探していた。気が付いたらどこかへ行っていて、それっきり見当たらないのだった。かと言って、彼女がいないままスロールに向かうわけにもいかないので、疲れているリリィを置いて一人で探しているのだ。


「離れないでずっと見守るみたいなこと、言ってなかったか? どこに行ったんだ、まったく」


 苛立ちを抑えながら前に進む。するとどういうわけか、こじんまりとした店のようなものが目の前に現れた。そこの薄汚れた看板には


「草の……達人? なんでこんなところに?」


 怪しさでいっぱいの店を訝しんで見ていると、不意に声を掛けられる。


「やぁ、今日は絶好の買い物日和だよ。冷やかしたいならそれでもいいけど」


「誰だ?」


 振り向くと、そこには髭面の男が立っていた。頭には、その顔には似合わないシロツメクサの冠が乗せられている。


「この店、草の達人の店員さ。その界隈じゃ、ちょっとした有名人なんだぜ? 店の名前もそこから付いたんだ」


「ほう。じゃあ何か? 怪我によく効くな薬草でも売っているのか?」


「もちろん! それだけじゃないぞ。ハープーンを誘き寄せる誘引剤や、モンドルイフィンでしか採れないパラカンスを使った毒薬もある。他には……っとと。また話し込んじまうところだった。とにかく見てってくれよ」


 男は上目遣いにリーコンを見て「客を呼び込めって娘がうるさいんだよ」と付け足した。


 いいだろうとリーコンは頷き、店に入る。中は薄暗く、奥の壁際にあるテーブルに置かれたカンテラだけが唯一の光源だった。そしてそのすぐ近くには、ぼさぼさで腰に届きそうなぐらいに髪を伸ばした少女が、椅子に深く腰掛けていた。


「ああ、お客さん? どうも」


「チェシャ、この人が商品に興味があるってさ」


 そんなことを言った覚えはないと、リーコンはため息をつく。それを無視して、チェシャと呼ばれた少女は座ったまま、リーコンをまじまじと見つめる。


「兵隊さんか何か? じゃあ傷薬がいる? よく効くのがあるよ」


「あ、ああ。それじゃあ三つほどもらおうか。金貨何枚だ?」


 金が入った袋を取り出すと、チェシャの目の色が変わった。きっと金にがめついのだろうとリーコンは思ったが、それだけではないらしい。


「この辺、盗賊がうろつきまわってるでしょ。よく無事でいられるね」


「盗賊?」


 この辺りに盗賊が出るという話を聞いたことはなかった。商人や旅人を待ち伏せるために身を隠せそうな場所もない。彼女はあまり外に出ないのだろうとも思ったが、よほど仲が悪くない限り、薬草の調達から戻ってきた父から話を聞いたりして、外の状況は知っているはずだ。


「盗賊が出るという話は、聞いたことがないな」


「じゃあ運がよかったんだね。時々出るんだよ。お兄さんみたいな人なら大丈夫だとは思うけど」


 彼女も、その父親も、特に嘘をついているようには感じない。奇妙だと思いながらも、リーコンは店を出て、リリィのもとに向かった。


 リリィは目を覚ましていた。いつ戻ってきたのか、リマもそこにいて、自分が戻ってくるのを待っているようで、しきりに辺りを見回している。


「どこに行ってたんだい?」


「それはこっちのセリフだ。お前だって、いつの間にかいなくなってたじゃないか」


「ボクは辺りを見回ってたんだよ。次はキミが言う番だよ」


 リマの不満げな態度を見る限り、見回っていたというのは本当のようだ。もっとも、嘘をつくような性格ではないのだが……。


「薬屋で傷薬を買ってきた。ほら」


 そう言って、二人の前に薬を見せる。するとリリィは、


「この辺りに店なんてありましたっけ?」


 と、怪訝な顔をして呟いた。


「ああ、街にあるようなのと変わらないが」


 リーコンは、一度は頷いて見せたものの、


「確かにこんな辺鄙なところに店があるのは変だな。盗賊も出ると言っていたのに」


 そう言って、リーコンも首をひねる。ただ一人、リマが「見に行ってみようよ。どうせ近くを通るんだし」


 そう言って、リーコンが戻ってきた方を顎で指して言った。リーコンもリリィも、それには同意だった。


 リーコンが、草木をかき分けながら二人を先導する。そして、ようやっと辿り着いたと思ったが、そこにはもう何もなかった。


「何も……ないですけど」


「馬鹿な! じゃあこの薬はどう説明するんだ!」


 リーコンは声を荒げ、買ったばかりの薬を取り出す。さっきまであった店とは違い、薬は三つ、しっかりとリーコンの手に握られていた。リリィも訳が分からないといった様子で首を振る。


 そんな二人をよそ目に、リマは何かが変だと周囲を訝しんで見ていた。つい最近まで、誰かがここにいたような――


 その時突然、獰猛な野獣を思わせる唸り声が聞こえてきた。慌てて振り返ると、木と木の間から何かが顔を覗かせていた。


「リーコン!」


 声を上げ、二人を呼ぶ。しかしそれよりも早く、その何かはリマに襲い掛かった。

 

 身を翻してそれを避ける。すれ違い際に見た限り、相手は鋭い爪と、小さい体に灰色の皮膚を持つ生き物のように見えた。素早く振り向いて魔法を放とうとしたが、気が付いたリーコンに斬り捨てられていた。


「チュパカブラのようにも見えるが、目がないな。この辺りの洞窟に棲む生き物が、外に迷い出てきたのかもしれないな」


 そう推測し、リーコンは立ち上がる。改めて辺りを見回すと、木の枝から木の枝へと飛び移る、襲い掛かってきたのと同じような生物の姿がいくつも見えた。一行はこれ以上ここに来てはいけないと判断し、早急にこの場を去ることに決めた。


 荷物をまとめて馬に乗り、ひたすら道を進む。途中、二人と短い会話を交わしたが、次第に口数も減っていく。スロールがある山の麓に辿り着いたのは、出発してから実に三日が経過してからの事だった。


「やっと着きましたね……まさかここまで過酷なものだったとは、思いませんでしたよ……」


 リリィが背中にもたれかかってくる。すぐに「いけないことだ」と感じたのか、背中に感じた重みは一瞬で消え失せた。


「ごめんなさい先輩。つい……」


「いいさ。俺だって疲れてる。お互い様さ」


「『疲れる』ってことがどういうことなのか、ボクには理解できないなぁ」


「……私も来世はマーディの民に生またいな」


 口々にぼやきながら、馬を下りて荷物を背負う。幸運なことに、馬を預けていける宿がすぐ近くにあったので、そこで一日休憩して、すぐに出発することにした。


 宿の部屋は広くはなかった。だが温かいベッドで眠ることができる。三日間の野宿を通して、リーコンはその有難さを身に染みて実感した。ただ、今日は思わぬ来客があった。


「えへへ。先輩がすぐそばにいると、何だか安心できますっ!」


 隣から聞こえてくる喜々とした声に振り向く。そこにはやはり喜々とした笑みを浮かべているリリィの顔があった。

 妻もいなければ娘もいないリーコンにとって、歳はどうであれ女性と寝るのは気恥ずかしいものだった。しかしどういうわけか一緒に寝たいと言い出したリリィに、最初はとまどいながらも拒否する意思を見せていたが、どうしてもと、半ば強引な形で押された結果、今に至るというわけだ。

 

「もっと近づいてもいいですか?」


「ああ」


 そう言うと、首筋に息がかかるぐらいまで近づいてきて、後ろから抱き着かれる。どういうつもりだと、振り返ろうとして思い止まる。彼女の手が微かに震えているのだ。


「先輩……私、不安なんです」


 リリィの声は小さかったが、しっかりと耳に届いた。その様子が気になって、思わず振り向く。


「おじさんが死んじゃって、コディーでは……あんなことがあって」


「どれもお前のせいじゃない。自分を責めるんじゃない」


「違うんです。決して後悔に耐えられないとかじゃなくて――」


 リリィは一呼吸置いて続けた。


「この先も、関係ない人が巻き込まれて死んじゃうんじゃないか、って思うと……それが怖いんです」


 そう震える声で、何も見たくないと言うかのように、目を固く瞑った。瞳から一筋の涙が流れる。

 その涙を拭って、優しく頬を撫でる。そして改めて決意した。彼女だけじゃない。心の安らぎを求めている人が、この時代にはたくさんいる。そんな人たちの心が安らぐ世界を一刻も早く取り戻そうと。

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