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マーディの導き  作者: ハヌア
第二章 信じるべき相手
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魔女の呪い

 山を登り始めて数時間、特に危険な目に遭うこともなく、三人はスロールに辿り着いた。

 自然の緑に囲まれたこの国は、城を取り囲むように築かれた多数の集落によって成り立っている。そこに住む人々の心は穏やかで、気候も一年を通して安定している。そして何より特徴的なのは、獣人の一種であるセへラム族の存在だろう。

 セへラム族は他種族に比べて少し背が低い。しかし優れた身体能力を持っており、他の種族に対しても友好的である。獣の尾や耳を持つ者もおり、御伽噺でもよく名が出る種族としても有名だ。


 そんなセへラム族は部族に分かれて生活しており、リーコンたちが最初に出会ったのは、族の中でも大人しい『タチャ』と呼ばれる部族だった。


「やあお三方。この辺りでは見かけない顔だが、戦争中にも関わらず旅行ですかな?」


 一人のタチャの男が声を掛けてきた。尻から猿のような尾が生えていて、髭を胸元まで伸ばしている。


「こんな山奥の国なのに、外の情勢を知っているのか?」


「我々とて無知ではないのです。毎月隣のエレレ族が空から地上の様子を見て記録するのです」


「見て記録する? それだけじゃ、正確なことは分からないんじゃないかな」


 リマが口を挟んでくる。しかし目の前の男には聞こえていない。この姿を見た人々が驚き、衛兵に通報しようとしたことがあったので、魔法で姿を消しているのだ。リーコンとリリィ以外には声も聞こえないし姿も見えない。


「見るだけじゃ、正確なことは分からないんじゃないですか?」


 こういう時は、リリィが代わりに質問する。今回もそうだ。


「我々の視力を侮らないでほしい。それに必要とあらば、地上に降りて、聞いて回ったりするさ」


 腕に羽の生えた女が姿を見せる。一目でエレレ族とわかった。背中には弓を背負っているので恐らく戦士なのだろう。


「これはリアム様。もう戻られたのですか?」


 男の方が頭を下げる。リアムと呼ばれたエレレ族の女は、


「そうかしこまるな。私の性に合わない」と、男に顔を上げるよう促す。


「これから地上の様子を城に報告するつもりだ。それで……お前たちは何者だ? 男の方は兵士のように見えるが」


 女がこちらを見て話す。その目は、リーコンをまじまじと見ていた。


「エルンバルの騎士団に属していた。あんたはエレレ族だな」


「ああ。エレルア偵察隊隊長のリアムだ。スロール一帯の警備も行っている。私や部下の前で怪しい動きはするなよ。見逃さん」


 リアムは目を細めて言った。脅しのつもりで言ったようだが、どうも彼女にはそれ以外の感情もある様に感じた。

 

「隊長!」


 リアムと同じように、腕に羽を生やした男がこちらへとやってくる。エレルア偵察隊の隊員だろう。


「早く報告を済ませましょう。大臣が今か今かとうるさいんです」


「わかった、行くよ。それと……」


 リアムがこちらを振り向く。


「お前達も来い。敵ではないという証拠もないからな」


 リリィは驚いたような顔をするが、この方が良いと気づき、リアムの後に続く。リーコンもリマも同じだった。


 城までの道は遠くなかった。しかし地上とは違って、スロールは戦争の影響を受けておらず、活気づいていた。喜ばしいことだが、道にできた人だかりのせいで押し潰されそうになったことも少なくなかった。やっと城に辿り着いたころには、既に一時間が経過していた。


「エレルア偵察隊隊長、部下一名、その他二名、入ります」


 そう宣言したリアムの顔は自信に満ちている。国のために誇りを持って生きる者の顔だ。


 自分にも、彼女のような時期があった。若く、自信に満ちていて、それに見合う実力が付き始めていた時期だ。今となっては当たり前のことも、あの頃なら何もかも新鮮に感じられた。

 ジェイミンと出会ったのも同じ頃だ。競い合うように任務をこなし、僅かな自由時間で一日の出来事を話し合う。それが続くと思っていた。


「リーコン?」


 リマに呼ばれて我に返る。今は感傷に浸っている場合ではない。


 開かれた扉の向こうに大きな玉座が見える。そこには髭と、獣の耳を生やした男が座っている。スロールの王だと一目で分かった。


「これはリアム様、よくぞご無事で。しかし余所者を連れてお戻りになられるとは聞いておりませんが?」


 王の傍に控えていた大臣が前に出る。リアムはそれに丁寧に答える。


「彼らは外からやってきました。見ればわかるように、武具を所持しております。決して友好的であるという保証はない以上、陛下の前に通すのが善いと判断したまでです」


 大臣がこちらを見やる。見定めるような目線を受け、リマは居心地悪そうに、


「敵じゃないってはっきりさせようよ」


 と囁いてくる。しかしリーコンは動けなかった。王が、こちらをじっと見つめていることに気づいたからだ。


「ケーラ……本当に信用できるのか?」


 王が急に呟く。そして、何かを聞いて頷くような仕草を見せた後、立ち上がった。


「ルーク。この者たちを、客室に招け」


「陛下?」


 リアムが驚いたような顔をするが、大臣がそれを窘める。王の考えに気づいているようだ。


「さあ、異邦の者よ。こちらに」


 大臣に続いて玉座の裏手にある部屋に入る。使用人と思しき若い女が茶を運んでくる。


「あっ……」


 ふいにその女が足を滑らし、茶を盛大にぶちまけた。リリィは咄嗟に立ち上がって、


「大丈夫ですか!?」


 と、女に駆け寄った。女の方は目を固く瞑って震えている。大臣の前で失敗してしまったことを恐れているのだろうかと思ったが、どうやら違うようだ。


「呪いが……呪いが……!」


「大丈夫だ。君は下がって」


 涙を流す使用人の女に、大臣はそう優しく語り掛ける。女は頷き、申し訳なさそうに礼をして部屋を出て行った。


「お見苦しいところを見せてしまい申し訳ない。しかし王やお嬢様の力をもってしてもどうしようもないことなのです」


 大臣が深々と頭を下げる。彼の言ったことが理解できず、三人は途方に暮れる。


「あの……呪いって?」


 恐る恐ると言った様子で、リリィが大臣に尋ねる。大臣はソファに座り、視線を伏せがちに話し始める。


「陛下の父親、つまり前陛下がこの国を治めていた頃から、この呪いは続いております」


「そのことについては、私が話そう」


 部屋の扉が開き、杖を突いた王が姿を見せた。立ち上がった大臣と入れ替わる様に席に着き、一度深くため息をつく。


「彼が話してくれた通り、私の父の時代から呪いが続いている。原因は分からない」


「その呪いの、何がそんなに問題なのですか?」


 リーコンが尋ねるとすぐに部屋の窓が割れた。


「これを見れば分かるだろう? 突然窓が割れたり、誰もいない部屋で足音が聞こえたりする。酷い時には人が死ぬ」


 この城で巻き起こる呪いは、まるで悪意ある何かがこの城の人々を恨んでいるかのような有様だ。


「僅かながらに、この城の地下に魔力を感じるのだが……そこに近づいた者で生きて帰ってきた者はいないのだ」


「リーコン」


 リマに呼ばれて振り向く。そこにはいつも通りの彼女がいた。ただ、自分に掛けた魔法を解き、誰にでも自分が見える状態だった。


「なっ……!? これは?」


 王も大臣も、これには驚いた様子だった。当然と言えば当然なのだが。

 そんなことは意にも介さずに、リマは一礼して名を名乗る。


「驚かせて申し訳ない。決して敵ではないのでどうか落ち着いて」


「落ち着いて、と言っても……」


 それから数十分掛けてリマと、出身のマーディの里について説明した。王はあっさりと信じてくれたが、説明を理解し始めた王に諭されても、大臣は納得しきれていないようだった。


「しかし何故そんな貴女がわざわざここに……?」


「知っての通り、地上では戦争中だよね。でもその戦争自体が、この世界の寿命を縮めているとしたら?」


「さっき言っていたマーディルが……?」


「そう。マーディルを使い続ければ、いずれ自然は消え、生物は死滅する」


「でもそれでは、我々が何をしても、世界の終焉は――」


「それを止めるために、ボクたちは旅をしてるのさ。里に向けてね。そのカギがここにある。王様、この城の何処かに魔女が封印されてはいないかい?」


 リマに言われ、王はしばし考え込む。しかし、やがて顔を上げると、首を横に振った。


「ならばここで起きている『呪い』を引き起こしているのがその魔女である可能性が高いね。呪いが一番強いのはどこ?」


「地下だ。たださっきも言ったように、そこに向かったものは例外なく帰ってこないのだぞ。とても近づけたものでは……」


「話さなかったっけ? ボクの魔力がどれだけ強いかってこと。ボクの魔力があれば、そこに近づける」


 王がこちらを見る。リーコンは頷いて、リマの自信を肯定した。彼女の魔法には何度も助けられているからこそだった。

 それを受けて、王は決意を固めたようだった。初めて会った時のように、目に見えない誰かに耳打ちする。それをリーコンたち三人が見ていることに気づき、


「秘密を教えてくれたんだ。こちらも言わなければな」


 大臣は地下に向かう準備をするように言われ、リマと共に部屋を出て行った。それから王は咳払いし、改めて話し始めた。


「君たちには見えないだろうが、私のすぐ隣には女性が座っている。美しい女性だ。名をケーラという。私の愛する妻だ」


「貴方の? 何故姿が見えないのですか?」


「それもわからん。ある日突然、私以外の人間には姿が見えず、声も聞こえなくなった。おまけに元に戻す方法もわからないのだ」


 自分の意志でそうなり、自分の意志で戻ることのできるリマとは真逆だ。それも呪いなのではないかとリーコンは思った。しかし王はそれを否定した。


 呪いが生活に影響を及ぼすようになったのは、数年ほど前だと。ケーラはずっと前から見えなかった。だからその可能性はないはずだと。


「だが彼女は呪いのせいだと思っている。もしそうならと、私はずっと、呪いを解く方法を探してきた。それが今日見つかるかもしれない……」


 王は窓際に杖を突いて近づく。外には美しい自然が広がっている。本当の意味で、姿が見えるようになった妻と、この自然を楽しみたいに違いない。


 リーコンとリリィは立ち上がり部屋を出た。ちょうどリマが戻ってきて、地下に続く道がある広間へと案内してくれた。そこには大臣と数人の兵士を従えるリアムの姿があった。王が封印された扉を開く。地下から唸るような、不気味な音が響いてくる。


「この奥に、魔女が……」


 リリィが不安げに言った。そんな彼女の前に立って、リーコンとリマが階段を下りていった。

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