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マーディの導き  作者: ハヌア
第一章 終わりの始まり
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毒が回る

「ん……」

 

 ずっと眠っていたリマが目を覚ました。少年はほっとして、胸を撫で下ろす。彼女は不思議そうに辺りを見回し、


「ここは?」


「とりあえず、安全なところにあんたを引っ張ってきたんだ」


「安全なところ……?」


 リマの表情が変わる。ふわりと宙に浮かび上がり、さっさと茂みの向こうに飛んでいってしまった。少年も慌ててその後を追う。

 茂みを抜けた先には、もうドューノンの姿はなかった。ただリーコンとリリィが立ち尽くす姿が代わりに見えた。二人の元へ、大急ぎで駆けつける。


「大丈夫かい!?」


「ああ。だが、ドューノンが……」


 リーコンの見つめる先を見る。そこには、日が落ちる前に見た少年の妹が倒れていた。


「っ……」


 自分の妹が傷だらけで倒れているのを見て、少年は目を見開く。しかし不思議と取り乱したりはしなかった。それは、ずっと前からこうなることを知っていたからかもしれない。 


「大丈夫、息はあるよ」


 リマの言葉を受けて胸を撫で下ろす少年を見て、リーコンの勘が働いた。


「お前……妹がドューノンだということを何故言わなかった?」


「え? どういう……」


 混乱して状況が呑み込めてないリリィを尻目に、少年は地面に座り込む。一つ一つ思い出しながら、この場にいる全員に語り掛けるように、少年は話し出した。


 ――それは三年ほど前の事。いつものように、街を去る準備をする商人を狙って、少年は盗みを働いていた。


「今日の戦果はこれっぽっちか」


 路地で、盗ってきた果物と数枚の銀貨を見て、少年はため息をついた。家に帰って出迎えてくれるのは妹だけ。唯一の家族である彼女は生まれた時から病弱で、外に出たことなど数えるほどしかない。そんな哀れな妹に与えてやれる食べ物はたった一つ。何だか兄として情けなくなってくる。


「また半分こだな」


 そう呟いて立ち上がる。路地を出て真っすぐ行けば、妹の待つ家だ。少年は

既に陽が沈んだ空を見上げ、家路へと着く。


「ただいま……」


 虫の羽音のような小さな声だったが、しっかりと返事は返ってきた。


「おかえりなさい!」


 廊下の奥で、蝋燭の灯りが灯る。程なくして、肌の白い少女が姿を見せる。最愛の妹だ。


「ごめんなアリサ。今日もこれだけだ」


「いいの、謝らなくても。私は、お兄ちゃんがいてくれるだけで幸せなんだから」


 妹のその言葉に、少し救われた。だが満足に空腹も満たせない日々が続いているせいで、明らかに妹の体調は思わしくなかった。美しかった顔はやつれていて、生気を感じられない。そんな彼女を何とか元気づけられないものかと、咄嗟に思いついた考えを口にする。


「そうだ。星を見に行こう」


「星? 空に浮かんでる、あれ?」


 妹は生まれてから一度も星を見たことがなかった。だから昔から、窓のないこの家に籠っていた妹に星を見せてやるのが、少年の夢だった。


「……わかった。行こ」


 少し迷った後、妹はそう言った。遂に夢が叶う時が来たと、少年は心の奥で喜んだ。

 せっせと支度をし、妹と手を繋いで家を出る。目指すは街の外にある広い草原。晴れでも雨でも心地良く、夜には幻想的な雰囲気の漂う不思議な場所だ。

 今日は快晴で、とても美しい星空の見れることだろう。期待に胸を躍らせながら、妹と二人、誰もいない街中を歩く。

 やがて草原に一番近い門の前まで来るが、この時間だととっくに橋が上がっている。


「どうするの? 兵隊さんがいるよ?」


「大丈夫。僕についてこい」


 そう言って、兵士の死角になる位置から側溝に降りる。小川のように水が流れているが、壁際に人一人分の足場があって、妹のスカートが濡れる心配もなかった。途中、兵士が近付いてきたが、どうにかやり過ごすことができた。外に続く排水溝を通って、ついに街の外に出ることができた。


「すごいね! こんな抜け道があるなんて!」


 顔を輝かせてはしゃぐ妹を見て、思わずこちらも頬が緩む。こんな笑顔を見せてくれたのも何年ぶりだろう。目的の草原に着けば、更に眩しい笑顔を見せてくれるだろうか。


「こっちだ、行こう」


 月と星が周囲を照らしてくれているおかげで、草原まで迷うことなく辿り着いた。小高い丘の上に立つ切り株の傍らに、二人して座り込む。程なくして、妹の感嘆の声が聞こえた。


「すごい! 本で見た星座がたくさんあるよ、お兄ちゃん!」


 妹は、細い体を跳ね上がる様にして立たせ、星を指さす。本で見た知識を熱心に解説してくれるが、普段本を読むことのない少年には理解できなかった。だが、倒れてしまうのではないかと心配になるぐらいにはしゃぐ妹を見ていると、そんなことはどうでもよくなってくる。


 ――僕は、これをずっと見たかったんだ。


 幸福感と達成感が胸中に広がる。しかしそれは、一瞬にして消え失せてしまった。


「お兄……ちゃん……」


 妹の声が聞こえた。しかし、そこに妹の姿はなかった。あるのは無数の蛇が絡みつく頭を持つ怪物だけだった――


「そこからどうやって家に帰ったのか。それは覚えてない。でも僕の服には血が付いていて、妹も家にいた。何事もなかったかのように」


 それが少年の語ることのできる全てだった。そしてそれを聞いて、皆同様に黙り込んでいた。


「それで……? 何故ドューノンが妹だということを言わなかった?」


「っ……」


「答えろ!」


 リーコンの怒声に、少年は肩をすくめる。


「リーコン、抑えて。でも彼の言うとおりだよ。君が正直に言っていれば、いくらでも助ける方法はあった。それとも、まだ大人を信じることができないのかい? それで妹がこんな目に遭うのを、黙って見ていたのかい?」


 まくし立てるように言ったその言葉は、全て少年の心に刺さった。


 自分が言わなかったのは、リマの言うように、大人を信じていなかったからだ。そのせいで、たった一人の家族がこんな目に遭ったのだ。ちっぽけなプライドが、家族を傷つけた。その事実を目の当たりにして、少年の目から涙が零れた。


「僕が……全部悪いんだ」


 流れ出る涙と入れ替わるように、自分が招いた悲惨な運命を受け入れることができた。幼い頃に両親を亡くし、守ると誓った妹まで。彼女を殺したのは大人じゃない、この僕なんだ。


「言っても何も変わらない。そう思ってた。何かできたかもしれないのに……」


「それがお前の答えか」


 リーコンがそう問うと、少年はただ頷いた。

 雲に隠れていた月が現れ、少年の妹の身体を優しく照らす。それをリリィとリマは黙って見ていた。

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