助け舟
フレンツ地区に到着し、目当ての路地を探す。しかし三人で同じ場所を回るのは非効率なので、リリィは西側、リマは南側、北側はリーコンが捜索することとなった。そして今、ちょうどリーコンは街の北側へと到着したところだった。少し遠くに立派な屋敷が見える。
――そう言えば、ジェイミンはコディーの出身だったことをリーコンは思い出す。
唯一無二の親友とも呼べる間柄だったのになぜ裏切られたのだろうか。マーディの民の里を見つけるべく旅をしているわけだが、どうにかしてジェイミンを見つけ、理由を聞き出さなくては。
目的が一つ増えた。だがそれは今は関係ない。近くに見えた適当な路地に入り、通行証らしき物を探す。
「クソ、見当たらない。誰かに先を越されたか? それともここではないのか」
地面や荷物の陰も入念に探してみたが、それらしいものは見当たらない。外れだ――とリーコンは舌打ちして元来た道を戻ろうとする。すると、
「それを寄こせってんだ! このクソガキが!」
「やめろっ……離せよ!」
路地の奥にあった扉が乱暴に開かれ、中から少年と、男が数人出てくる。少年は何かを持っていたが離してしまい、こちらの足元に飛んできた。
「通行証……」
拾い上げてみると、それは探していた通行証だった。しかし先程の少年に奪い返されてしまう。
「触んなよ!」
こちらを睨み付けて少年は行ってしまった。そのすぐ後を男たちが追っていく。もちろんリーコンもだ。
「待てコラ!」
「ただじゃ済ませねえぞ!」
男たちは怒鳴りながら少年を追いかけ、その後をもう一人の男が追っていく光景は、周囲の人々には印象的に見えただろう。人目も気にせず追っていると、やがて行き止まりに行き着いた。
「追い詰めたぞ、このガキィ……」
「……っ」
このままでは少年が危ない。リーコンは木箱を踏み台にして看板に乗り、男のこめかみに蹴りを入れた。男は呻き、泡を吹いて地面に伸びた。突然の襲撃に、残りの男たちも驚いた様子だ。
「何だお前は!?」
「お前らには関係ない。そこをどけ」
近くにいた男を力づくで押し退け、少年に近づく。しかし、
「おい! 俺たちもそのガキの持ってる通行証が必要なんだよ。お前もそれが欲しいんだろ?」
男達の中でもリーダー格の者がそう言い、少年に手を差し伸べようとしていたリーコンの背を睨み付けた。そして、ある条件を出してくる。
「ならこうしよう。俺たち全員を倒したら、それはお前のものだ。だが負けたら……」
「お前たちのものというわけか」
リーコンと少年は互いに頷き合う。そして男たちと正対した。
「ガキが一人増えたところで関係無ぇ! やっちまえ!!!」
男たちはいっせいに襲い掛かってきた。対してこちらは二人だが、どういうわけか、それでも負ける気はしなかった。何せ少年との連携が抜群だったからだ。リーコンがパンチをいなし、体勢を崩した男の頭に少年の強烈な回し蹴りが入る。これで一人片付いた。
他の連中も、リーコンと少年の前では雑魚同然だったが、リーダーだけは違った。
「やる……じゃないか。だが……まだまだだ」
幾ら殴られようが蹴られようが、何度でも立ち上がってくるのだ。その尋常ではないタフネスを前にして、リーコンと少年にも疲労の色が表れてきた。
「なんてしぶとさだ……なぁおっさん。どうするよ?」
少年が助けを求めてこちらを見やる。しかしリーコンにも、どうすることができない。男が倒れるまで殴り続けるのみだ。
「とりあえず気絶するまで……いや、死ぬまでやるぞ」
リーコンがそう言うと、男の口角が吊り上がった。そんなことはお構いなしに、少年が男に向かって走り出す。
「待て、やめろ!」
嫌な予感を感じ取って叫ぶが、もう遅かった。男の腕に、禍々しい何かが纏わりつき、その拳を少年に向かって思いっきり振りかぶる。次の瞬間には、少年の背中を突き抜けて、どす黒く染まった腕が顔を見せていた。
「昔から俺は忍耐強くてね。どれだけ殴られようが、どれだけ辱められようが、耐え抜いて見せた。それを認めてくれたんだよ、カミサマは」
「くっ……貴様何者だ!?」
「お前が知る必要はない。少なくとも、今はな」
剣を抜くと同時に男を斬りつける。手ごたえは確かだった。しかし、血を流して苦しんでいるはずの男の姿はなかった。
「どこに行った?」
狭い路地で、ましてや人並み外れた感覚を持つ自分から一瞬で逃れることなど不可能なはずなのだが、男は煙のように消えてしまったようだ。
「畜生!」
腹に大穴を開けて苦しむ少年を魔法で治しながら、リーコンは言いようのない怒りを虚無にぶつけていた。
あの男は何だったんだ?言っていたことの意味は一体?もう訳が分からない。
「アンタ……僕を治したのか? どうやって……」
「魔法だ。そんなことより、立てるか?」
そう言って少年に手を差し伸べる。しかし少年はその手を取らず、自分で地に手を突いて立ち上がった。
「大人の助けなんかいらない」
そう言って少年は駆け出そうとするが、まだ用事が済んでいないのに逃げられても困ると、リーコンは彼を呼び止めた。
「何もお前がいい思いをするために助けたんじゃない。その通行証を貸してくれ」
そう言い、今度は通行証を受け取るために手を伸ばす。少年はリーコンと、自分が持つ通行証を交互に見つめ、
「やーだよ!」
そう言って、リーコンの脇を縫って逃げようとした。
「そうはいかないよ」
突然リマの声が聞こえた。いつまでも集合場所に戻ってこないリーコンを気にして、ここまで来てくれたようだ。
「な……何だお前!」
少年は上ずった声でリマを指さす。リマが答える代わりに、少年の背後にリリィが下りてきて言った。
「私たちにはどうしてもそれが必要なの。それがないと、世界が終わってしまう。だからそれを渡して! お願い!」
「何言ってんだよ……世界の終わりなんて知らねえよ」
リリィの真剣な表情に、少年は思わずたじろぐ。しかし通行証だけはしっかりと握りしめている。彼にも通行証を渡せない、それ相応の事情があるのだろうかと思い、訊いてみる。
「お前……そこまでして外に行きたがるのに、何か理由があるのか?」
「だったら何だよ?」
「もし誰かと一緒に外に行くつもりなら、それ一枚だけじゃ無理だ。通行証は人数分必要だぞ」
「っ……」
少年の顔が曇る。ひょっとして知らなかったのだろうか。そして彼が、誰かと一緒に街を出るために通行証を求めていたことが分かった。
「それじゃ……あんな目に遭ったのに、僕の苦労は無意味だったってのか」
少年はがっくりと項垂れる。リリィがこちらを見てくる。彼の事で気を病んでいるのだろう。しかし、リーコンには考えがあった。
「そうでもない。こっちには魔法のプロがいる」
少年が「え?」と顔を上げる。一同は皆、リマの方を見た。




