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マーディの導き  作者: ハヌア
第一章 終わりの始まり
16/51

落としちゃった間抜け

 村を出る時間が来た。門の傍にいるリーコンが見る限り外を出歩く人はなく、辺りを暗闇が包んでいる。つまるところ深夜である。


「この時間ならおばあちゃんもおじいちゃんも寝てます。引き留められる心配はありません!」


 リリィはそう言っていたが、一行に来る気配がなかった。瞑想を一旦中断してリマの方を見る。彼女は微動だにせず星々を見つめていた。

 ――彼女の故郷はフロンティアの何処かにあるのだろうか。ふと、そんな疑問が浮かんできた。リマの出自は明らかに人間族とは違うし、里がフロンティアにあるのならとっくに調査隊が、彼らマーディの民と接触しているだろう。ひょっとすると、彼女の見つめる先にマーディの里があるのかもしれない。もしそうなら、辿り着くのは容易ではないだろう。


「先輩!」


 小さいが、リリィの声がした。二度、三度と呼ばれながら辺りを見回し、ようやく彼女を見つける。彼女は既に村の外にいた。


「遅れてすいません。持っていくものを選んでて……」


「大丈夫だ。さあ行くぞ」


 そう言い、村の馬舎から連れてきた馬に乗る。この村はリシアスと、その南方のエルンバルに挟まれた小国コディーの国境付近に存在する村らしい。そこで、リマはまずコディーへと向かい、そこから東にあるスロールの王城へ向かうように言った。


「スロール? あの山中にある国か? あんなところに何の用だ?」


「王城の何処かには大昔に封印された魔女が眠ってるんだ。彼女がボクの里に行くためのカギを持ってる」


 それはリーコンも初耳だった。あんな山奥にある国の、それも城の中に魔女が封印されていたとは。しかし、何故リマはそのことを知っているのだろうか?


「ボクがまだ子供だった頃、彼女がボクたちの里に来たんだ。すぐに出て行ったんだけど、その時に長老様が、里に出入りできるカギを彼女に渡したんだ。そのカギが放つマーディルをボクたちマーディの民は感じ取ることができるのさ」


「なるほど。しかし、その魔女はどうして封印されたんだ?」


「それはボクにもわからない。だからそれを解きに行くんだよ」


 風を受けながらリマの話を聞いていると、コディーが見えてきた。しかし今は戦争中だ。そう簡単に入国することが、果たして可能なのか。

 馬から降り、門番の兵士に近づく。すると、


「何者だ。この門は国王の命により閉鎖中だ」


 槍の切っ先を突きつけられた。自分たちが敵ではないことを説明しようとしたが、それを裏付ける証拠がないことに気づく。


「私たち、エルンバルの兵士なんです。通してもらえませんか?」


 リリィがエルンバルの紋章が刻まれたペンダントを見せる。すると門番は武器を下ろし、門を開いてくれた。


「失礼いたしました。どうぞお入りください」


 リリィがこちらに笑みを見せる。そういえば、エルンバルとコディーは協力関係にあった。すっかり忘れていた。


「行きましょう、先輩!」


 リリィは意気揚々と門を潜る。それにリーコンは馬を引いて続いた。


「あそこに宿がありますけど、どうしますか?」


「あ、ああ。金ならある。今日はあそこで休んでいくか」


 リーコンが金貨の入った袋を見せると、リリィはそれをひったくるようにして取って宿屋へと入っていく。随分と積極的だな、と思いながら、リーコンもそれに続いた。


「部屋は二階の一番奥の右側です」


 可愛らしい受付嬢がリリィに部屋の鍵を渡す。もう受付を済ませたようだ。


「先輩! 部屋は二階の一番奥の右側です! 早く行きましょう!」


「待て待て、早まるな」


 手を引かれ、背中に人々の視線を感じながら階段を上がる。部屋に入るまではあっという間だった。


「わぁ、綺麗な部屋ですね!」


 そう言って、リリィはベッドにダイブした。ふかふかの羽毛に体を包まれ、うっとりと目を閉じる。その様子に、リーコンは苦笑しつつ、


「随分張り切っているが、どうしたんだ?」


「私、思ったんです。おじさんが死んじゃったからっていつまでもくよくよしてるわけにはいかないし、村を出てみんなと離れ離れになるからって寂しがってばかりいられない。だからこれからはしっかりと前を向いていこうって!」


 なるほどな、とリーコンは頷いた。自分の知らないうちに、立派に成長したようだ。


「立派な心意気だが、それは明日に取っておいてくれ。今日はもう寝よう」


 意気揚々とするリリィを制し、リーコンはベッドに仰向けになる。すると、視界の右端でこちらを見つめるリマの姿が目に入った。何をしているのだろうと思い、体を起こす


「いや何、暗い部屋の隅っこにいたら幽霊みたいに見えるかなと思ってさ」


「……寝ぼけて斬らないように気を付けるよ」


 今度こそリーコンは眠った。それから時間が経ち、空が白み始めるとともに目を覚ます。


「起こしてやるか……」


 なるべく音をたてないようにベッドを下り、リリィの小さな体を揺する。すると彼女はすぐに目を覚ました。


「起床! おはようございます! 先輩!」


 その威勢の良さに、思わず苦笑する。リリィはビシッと敬礼して見せるものの、


「う……」


 部屋に響くぐらいの大きな腹の音が鳴った。


「お前の声で、腹の虫も目を覚ましたらしい」


 そう言ってやると、リリィは顔を真っ赤にして部屋を飛び出ていった。それと入れ違いになるように、どこからともなくリマが現れた。


「早く行かないと、腹いせに君の分まで食べられちゃうかもよ?」


 それは困る。リーコンは早足で一階に降り、リリィの姿を探す。彼女は一番奥の机で、二人分の朝食を用意して待っていた。


「食べたらすぐ出発だよ。時間は限られてる」


 リマが何度も急かすせいで、落ち着いて食べることができなかった。ジャムを塗ったパンを一気に口に詰め込み、リンゴとハチミツを混ぜたジュースで柔らかくして噛んで飲み込む。それからいったん部屋に戻り、支度をして宿を出た。

 馬に跨り、その後ろにリリィが乗る。旅の再開だ。


「ここから東に向かえばルビナス山に行けますね。でも、確かあの山って……」


 そうだ。リリィの言葉通り、あそこは斜面が急でとても馬では登れないのだ。だからどこかで馬を預けることができそうな場所を見つける必要がありそうなのだが――


「まあ先のことを考えても仕方がない。それよりも今は、この検問をどうするかだな」


 馬を止まらせて、長い列の最後尾に加わる。コディーの街から出て東へ向かうには、今リーコンたちのいる橋を渡るのが最も早いのだが、国の防衛のためか検問を敷いているようだった。


「ここ以外の出口からだと遠回りになるな」


「どうにかして通れないでしょうか?」


 リリィも困り顔だ。リマを頼ろうと思ったが、フロンティアの住人でない彼女にどうにかできる問題とも思えなかった。


「む? リマはどこに行った」


 辺りを見回すと、どこにもリマがいない事に気づき、おかしいと思っていると、


「少し見に行ったんだけど、みんな門前払いだね」


 橋の向こう側、検問があるほうからリマがやってきた。どうやら様子を見に行っていただけのようだ。

 彼女の報せを聞いて、もしこの馬の代わりに、疲れ知らずでいて、リマのように空を飛ぶことができるものがあればいいのにと、リーコンはため息をつく。


「ご不満のようだね」


「検問さえなければこうはならなかったがな」


 そう言いながら、背後を振り向く。そこには肩を落として街へと戻っていく人々の姿が見えた。彼らも自分たちと同じく外に用事があったのだろう。中には大量の荷物を馬車に積んだ行商人の姿もある。今日出発する予定だったのだろうが、とんだ足止めを食らってしまったようだと思い、せめて何か買ってやろうと思い、彼の方へ行く。


「何かめぼしい物はあるか?」


「ああ……やあ、旅の人。在庫切ればっかりだけど、あるにはあるよ」


 そう言って品物を見せてくれた。箱の中には、すり潰して混ぜれば薬になるような薬草や馬用のエサなど、他にも豊富な品揃えが取り揃えてあった。リーコンは幾らか払って食料と水を買った。


「どうも。そうだ、買ってくれたお礼にさ」


 立ち去ろうとするリーコンを、行商人が引き留める。


「ん?」


 振り返ると、行商人の男が耳に口を近づけてきて、


「コディーの兵隊さんが言ってたんだけどさ、通行証を落とした間抜けがいるらしい。通行止めで困ってるように見えたからさ、それだけ言っとくよ」


 それだけ言うと、行商人は去ってしまった。リーコンは頷き、リマたちの元に戻る。


「兵士に通行証を落としたやつがいるそうだ。誰かが見つける前に、俺たちが見つけるんだ」


「でも、簡単に教えてくれるんでしょうか? 寧ろ怪しまれるんじゃ……」


「大丈夫。話してくれるよ」


 リマとリーコンは顔を見合わせ、互いに頷く。リマはその場でくるりと宙返りをする。すると彼女の姿が、人間の少女のものになった。


「わぁ……」


 その美貌に、リリィが感嘆の声を上げる。リリィも充分美少女の類に入ると思うが、今のリマは、それ以上だった。


「この姿なら、君たち以外にもボクは見える」


 そう言い、通りがかった兵士に尋ねる。


「君のお仲間が通行証を落としたって聞いたんだけど、どこに落としたか教えて?」


 言いながら手を手話のように動かす。するとしかめっ面の兵士が急に表情を変え、


「フレンツ地区の裏路地に落としたらしい。あのバカには新しい通行証をやったが、落としたのはそのままだ」


 そう流れるように話してくれた。彼の虚ろな目を見るに、一種の洗脳にでも掛けたのだろう。変身能力といい強大な魔法といい、マーディの民は便利な種族だ。

 そんなことを思っているうちに、リマがこちらへと戻ってきた。


「ちゃんと洗脳は解いてやったか?」


「もちろん。さあ行こう」


 リーコンとリリィは頷き、三人でフレンツへと向かった。

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