決意を固めろ
人狼の体毛が薄くなってゆく。筋骨隆々とした体躯は形を潜め、元の姿を現していく。
「おじ……さん……?」
疲労とショックが同時に襲ってきて、思わず地面にへたり込んでしまう。すぐ傍にリーコンが歩み寄ってきて、
「あれはチャロストだ。間違いない」
そう言い、リーコンは胸から血を流すチャロストの傍にしゃがみ込む。
「ここまでか……」
彼の瞳は月を映しているが、もう何も見えていないようだ。意識のない人狼の状態よりも、人として死ねることが唯一の救いだろう。
死ぬと言えばと思い立ち、リマの方を見る。彼女の強力な魔法なら彼を治癒できそうなものだが、その気はないらしかった。
チャロストの呻きが聞こえ、顔を戻す。しかし彼の顔には笑みが浮かんでいた。
「正直驚いたよ。お前に……最期を看取られるなんてな」
――今のは誰に対して言ったのだろうか。ずっとお前を信じていた俺か。それとも素性を知ってもなお家族として接したリリィか。はたまた信用しなかったリマか。それとも全員か。
間違いないのは、彼には話すべきことがあることだ。
「どうして人狼になど?」
「俺は……罰されたかったのかもしれん。お前のような、強い奴に」
苦しそうに眉をしかめ、血を吐き出すチャロスト。そんな彼を、三人は黙って見つめていた。
「……何人も殺した……何でも盗った……ツケを払う機会はあったのに、何もしないでいた」
「俺はクズだ。どうしようもなく」
リマがチャロストの言葉を肩代わりする。それを聞いて、まるで気が楽になったかのように、チャロストは目を閉じる。
「そうさ……人のままじゃだめだ。だから人狼になった……狙い通り、お前は俺に致命傷を与えた……なのに最後は人として死ぬなんて……」
息も絶え絶えにチャロストは言う。
「さあ……殺せ」
チャロストが目を閉じた。このまま放っておけば勝手に死ぬだろうが、彼はトドメを刺されることをご所望のようだ。ならばと、リーコンは剣を抜き――それを地面に投げ捨てた。
「最後にチャンスを与えてやる。自分の始末は……自分で着けろ」
まだ彼に自殺するぐらいの力は残っている。それに、リーコン自身、彼を自分の手で殺すことはしたくなかった。
「おじさん……」
ふらふらとした足取りでリリィが近付いてくる。彼女はチャロストの傍らにしゃがみ込み、
「今度は逃げないでね」
そう呟いた。
それから後――葬儀はひっそりと、森の奥で行われた。立ち会ったのはリーコンとリリィ、それにリマだけ。亡骸は動物や虫に辱められないようにしっかりと火葬した。三人は、太陽が昇って朝が訪れるまでその場から離れられなかった。
「ん……」
眠っていたリリィが目を覚ます。それに気づいたリマが「おはよう」と声をかけてくる。
「あ……おはようございます」
彼女と二人っきりで話すのは初めてだ。そのせいで緊張していることを悟られたのか、リマは優しく微笑んで、
「怖がらなくてもいいよ。こんな見た目だけど、フレンドリーを心がけてるつもりだよ、ボク」
そう言ってくれたおかげで、少し気が楽になった。しかしリーコンが眠っている今、起こすのも申し訳ない。どうするべきか迷っていると、リマの方から話しかけてきた。
「いい機会だし、お互いのことを知っておこうか。ボクの名前はリマ。マーディの里から来たんだ……って、知ってるか」
「は、はい。先輩から聞きました。マーディルの事も」
「そう。じゃあ君の事を教えてくれないかい? バタバタしてたせいで、君の事ほとんど知らないし」
それを聞いて鼓動が早まる。昔から自分のことを話すのは苦手だ。初対面の相手だとなおさらだ。おまけに黙り込んでしまった自分を不思議に思って顔を覗き込んできたリマと目が合い、何も考えられなくなる。
「どうしたの? 気分でも悪いの?」
「い、いや……そのっ、あのっ!」
「ん?」
「な……何を言えばいいのかっ! 私、緊張しちゃって……頭が――」
言葉に迷っていると手を握られた。といっても、彼女には手がなく代わりに何か煌めくものが手のあるべき場所を纏っているのだが、リリィは確かに手を握られたと感じた。
「落ち着いて。ゆっくりとね。名前は?」
「あ……リリィ、リリィです」
さっきまでの緊張が嘘のように消え、身体を温かいものに包まれているような、とても心地良い気持ちになる。これも彼女の魔法が成せる業なのだろうか。
「歳は?」
「15歳」
「好きな食べ物は?」
「……フルーツタルト」
「趣味とかある?」
「えっと……お昼寝と……それとぉ……」
言葉の途中で心地良い眠りに入っていく。ゆっくりと倒れこむように、リマの膝に頭を乗せて。
「お昼寝には少し早いよ……って、もう寝ちゃったか。この子には少し効きすぎたかな」
優しく頭を撫でながら、そう独り言ちていると、リーコンが身体を起こした。
「む……随分親しくなったようだな」
そう言われ、リマは苦笑する。そして、それに応えるようにリリィが、
「お母さん……」
と呟いた。
「やはり疲れてたみたいだね」
「あんなことがあったんだ。無理もない」
そう言って、リーコンはリリィを抱き上げる。そして、リマと一緒に村へと戻った。
昨日は鬱蒼としていた森が、今日は少し明るく感じる。陽に照らされたリリィの顔を見ると、彼女の頬に一筋の涙が伝っているのに気付く。夢の中で、チャロストとの思い出を振り返っているのだろうか。そう思いつつ歩いていると、村に到着した。近くの畑でちょうど老夫婦が仕事をしているのが見えた。
「リリィ! 何があったんだい!? まさか……あんた!?」
気づくなり、老婆の方から近づいてきた。リーコンは首を横に振って、事の成り行きを説明した。それを聞いて、老婆は眉をしかめて複雑そうな表情を浮かべる。
「人狼を生きたまま人間に戻すことは不可能なんだ。ボクたちは、やるべきことをやったんだよ」
リマが助け船を出してくれた。老婆はこちらに歩み寄り、
「嘘をついているようには見えないわね。わかった、信じるわ」
そう言って老婆は仕事に戻っていった。その後すぐにリリィが目を覚ました。
「ん……先輩」
「よく眠れたか?」
「少しは……そんなことより先輩」
リリィが顔を上げる。その瞳には何やら決意が込められているように見えた。
「すぐに旅を始めましょう」
「大丈夫? 疲れてないのかい?」
「はい! 私、おじさんと戦った時、怖かったんです。エルンバルに行く時におじさんに強くなれって言われたのに、私、弱いままだった。だから、先輩の旅に着いていって、少しでも強くなりたいんです!」
リリィは強い口調でそう言った。覚悟は決まったようだが、その覚悟に揺るぎはないかを確かめるために、リーコンは一つ尋ねる。
「俺たちに着いてきても何も得られないかもしれない。もしかすると、失うことになるかもしれん。それでもいいのか?」
リリィはしっかりと頷く。決まりだ。




