獣にして、人に敗れる
剣と剣がぶつかり合い、散った火花が血溜まりに溶けていく。血しぶきでブーツとズボンを真っ赤に濡らしながら、リーコンはチャロストと、どちらかの死で初めて幕が下ろされる死闘を演じていた。
血に染まった顔を不気味に歪ませて繰り出す斬撃を回転して避ける。それはリーコンの後ろで死んでいる鹿の喉を切り裂いて、飛び出た血しぶきがリーコンの顔にも付く。反撃し、チャロストとの間合いを開けたリーコンは、今の自分の姿が彼と変わらないことに気づく。
「木々がざわめいている……」
チャロストが空を見上げる。釣られて同じように空を見上げる。
「空が……」
さっきまで見えていたはずの太陽が消え、暗闇の中に月が姿を見せた。
火を灯すような音が聞こえて顔を下げると、目の前で自身の衣服に火を点けるチャロストの姿があった。
「何をしてる!?」
急いで駆け寄ろうとするが、火の勢いが強くて近づけない。油を浴びたわけでもないのにその燃え方は異常だった。
一方で、チャロストは熱など感じないとでもいうかのように笑い続けていた。辺り一面血まみれで死体の山が築かれ、おまけに全身真っ赤で燃えるチャロストを前にして、流石のリーコンも足がすくむ思いだった。
「神よ! 俺を……俺を見ろぉ!!!」
チャロストが叫んだその時、その身体に異変が起こる。全身の筋肉が膨張し、裂けた口からは刃物のように尖った歯が覗く。月光の下で唸り声をあげるその姿は人狼そのものだった。
「突然暗くなったうえに人狼なんて何があったんだい?」
声をかけられて振り返ると、リマとリリィがいた。いつも通り落ち着いた様子のリマとは対照的に、リリィはすっかり怯え切っている様子だった。
そんな彼女に隠れているように言ってリーコンは剣を抜くが、
「ダメですよ! 先輩だけじゃ死んじゃいますって! 私も戦います!」
そう言って、剣を抜いて隣に並んでくる彼女を、リーコンは止めたかったが、こちらに向かってくるチャロストを前にしてそんな余裕はなかった。
リリィを突き飛ばし、自身は剣でチャロストの爪を受け止めるものの横腹を蹴られて体勢を崩す。そこにもう一撃繰り出してきたチャロストを、リマの魔法が襲った。
「すまん!」
リマに礼を言い、チャロストの目を狙って攻撃する。人狼は月を見ることで強くなる。ならば、元を潰せば良いのだ。
「先輩っ……私だって!」
リリィは突き飛ばされた時に手から放した剣を拾って構え直し、チャロストの背中に向けて突撃する。しかしその時、チャロストが、振り返ると同時に爪を繰り出してきた。背中にかかる重心に無理やり逆らってしゃがみ込む。顔から勢いよく地面にダイブする形で無様に転げ、その背中を太い足で踏みつけられる。
「ううっ!」
鋭く尖った爪に肉を抉られ、その痛みに呻きが漏れる。リーコンが斬りつけたが防御されたようで、刃物が擦れ合う音が耳に付く。
「私……だって!」
自分を鼓舞するためにそう言って、右手にマーディルを集中させる。閉じたその手を開いた時、放たれた炎がチャロストの胸を焼いた。一瞬拘束が緩み、その隙に地面を転がって人狼との間合いを取る。人狼はリーコンを突き飛ばす勢いでこちらに向かっていた。
「っ……」
威圧感に足がすくむ。
――でも逃げちゃダメだ。
そう自分に言い聞かせ、剣の柄をぐっと握る。相手は右の爪で攻撃してくるつもりだ。だったら――
リーコンとの特訓で培った足取りで、身をかがめながら人狼の攻撃を避け、一回転して背後を取る。踏みとどまった足に力を入れ、剣先を人狼の左胸に向けて刺突する。確かな手ごたえと共に、戦いの終わりを感じた。




