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マーディの導き  作者: ハヌア
第一章 終わりの始まり
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血に濡れた顔

「型を意識し過ぎるな!」


 リーコンの声を受けて、リリィの剣先が鈍る。案山子を狙ったその一撃は空振りに終わった。


「でも先輩。さっきは型を意識しろって」


「何事も度が過ぎると駄目になる。俺の教えたやり方に、お前なりの動きを組み合わせてみろ」


 リリィは頷き、再び案山子に打ち込み始める。

 二人は朝早くから、村のはずれで剣術の修行に明け暮れていた。リリィとの再会を果たした翌日、リリィは旅に着いていくことを決めた。しかし、今の自分の力では実力不足だと思った彼女はリーコンに特訓を申し込んだのだ。そして今に至るまでの一週間、リーコンの厳しい指導の下、鍛錬を積んだリリィは肉体面、精神面共に着実に成長していた。しかし、


「痛っ!」


 体勢を崩したリリィは頭から藁の山に突っ込んだ。すぐに飛び出て来るが、その顔には疲労の念が浮かんでいてそれを訴えてくる。


「せんぱぁい……もう疲れました……」


「そうだな。少し休むとしよう」


 地面にへたり込みそうになるリリィの手を引いて立たせてやる。立ち上がった彼女はふらふらとした足取りで、少し遠くにあるベンチへと向かう。


「あれじゃまだまだ練習が必要だな」


 剣を用いた戦闘経験がほとんどないリリィに、リーコンが習得してほしいと思っているのは、戦闘における立ち回りだった。リーコンは戦闘において相手の攻撃をひらりと避わし、そこに生じた隙を突くという戦法を多用する。そのためどうしても偏った教え方になるのだが、寧ろ小さな体のリリィにはその戦法こそが合っているとリーコンは考えていた。


「休憩かい?」


 老人が話しかけてくる。リーコンは振り返ってうなずく。


「あの子は昔から生真面目のいい子だったけど、あんたの前だとそれが顕著に見えるねぇ」


「と言うと?」


「わしが思うに、あの子はあんたをただ尊敬しているだけじゃないよ」


「怒鳴られたくないだけですよ。いつも俺の前だと緊張している」


 適当に会話を切り上げ、リリィの隣へ腰かける。


「大丈夫か?」


「え?」


「かなり疲れているように見えたからな。さすがに毎日続くときつかったか?」


「そんなことはないです! 先輩の足手まといにならないよう、多少の疲労は押して通る所存です!」


 リリィは立ち上がって胸を張り、大声で宣言した。リーコンは苦笑して立ち上がる。そんな彼の視界に、こちらを物陰から覗き見るチャロストの姿が入る。


「あいつは……」


 リーコンの視線に気づくと、彼はどこかへ行ってしまった。


「誰かいましたか?」


「いや……今日はもう終わりだ。用事ができた」


 そう言うとリーコンは足早に去っていった。その後ろ姿を、リリィは不思議そうに見つめていた――



 チャロストは森へと入っていったようだ。村の訓練場から続く足跡がリーコンを導いてくれた。


「森が騒がしいな……何かが起きているのか」


 リーコンは感覚を研ぎ澄まし、なるべく足音を立てないように歩みを進める。

 しばらく進むと、どこからか鹿の鳴く声が聞こえてきた。気配を殺してそこへ近づく。


「いた。チャロストだ……」


 草木の間から見えたのは、狩りに勤しむチャロストの姿だった。この村に到着してからは身なりが良くなっている。だが、様子がおかしい。手に持つ道具は弓矢やナイフといった狩人なら誰もが使用する標準的なものだったが、その殺し方はとても効率的とは言えない。まるで狂戦士を思い起こさせるようなその荒々しい動きは、ただ動物たちを怯えさせるのみであった。

 そんな彼の動きを観察していたリーコンはあることに気が付く。チャロストは近づく全ての動物を殺し、傷口から滴る血を手ですくって顔に塗っているのだ。同じ光景を、大昔にリーコンは見たことがある。

 これは人でありながら狼としての生を受ける、すなわち人狼に成る為の儀式だった。

 北方では満月の夜に篝火の下、臓物を供え、血塗られた自身の顔を月明りで照らすことによって人狼に変身することができるという言い伝えがある。チャロストはそれをここで試そうとしているのだ。もし彼が人狼になってしまえば……、


「止めろ! チャロスト!」


 不意に飛び出してきたリーコンに驚き、チャロストの動きが止まる。そのまま武器を取り上げた。


「またお前か。何度も何度も懲りないやつだ」


「人狼になるということがどういうことなのか分かっているのか?」


「どうでもいいさ。お前だってそうだろう? 誰だって好き好んで人狼になるわけじゃない」


「ならば何故――」


 問おうとする前に斬りかかられる。後ろに転がってそれを避け、すかさず剣を抜く。

 視線が交差する。垣間見たチャロストの瞳には明確な殺気が宿っていた。かつてリーコンが感じ取った戸惑いは、今のチャロストには無いようだった。

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