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マーディの導き  作者: ハヌア
第一章 終わりの始まり
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蛇に睨まれた蛙

「通って良し」


 兵士がリーコンたちを通してくれる。それぞれの手にはきちんと通行証が握られている。少なくとも兵士たちには、そう見えることだろう。


「でも、何だか騙してるみたいで申し訳ないですね」


 自分の持っていた通行証が消えていくのを見て、リリィがばつの悪そうな顔をして言う。

 リーコンたちは、リマの魔法で、あたかも人数分の通行証がある様に見せかけたのだ。おかげで少年ともう一人も連れて、無事検問を通り抜けることができたのだった。


「しかし、お前に妹がいたとはな。子供二人で外に何をしに行くんだ?」


「あんたたちには関係ない」


 少年はそれだけ言って顔を背ける。すると彼の妹が、


「ごめんなさい。お兄ちゃん、大人の人が少し苦手で……」


「いいさ。お前は随分しっかりしてるんだな」


 胸元のブローチを握りしめ、少年の妹が頭を下げるので、その頭を上げるように言う。すると少年が、


「アリサに関わるな! お前みたいな大人のせいで、アリサは……」


「やめてお兄ちゃん! 誰も悪くない、誰も悪くないの!」


 妹に止められ、少年は引き下がる。ここまで大人に対して敵対心を持つなんて、一体何があったのだろうか? 尋ねても藪蛇になるのは分かりきっているので何も言わなかったが、二人にとって、それがとてもつらい出来事であることは分かった。

 それからは誰も、一言も口を開かなかった。聞こえるとすれば、少年の妹が時折漏らす呻き声だけだ。具合でも悪いのだろうかと、リリィがしきりに心配しているが、少年のせいで声を掛けるわけにもいかないようだ。


「僕たち、あっちだから。じゃあね」


 カンテラがぶら下げられただけの簡素な案内板の前で、少年がそう言った。突然のことにリーコンたちは驚くが、別に一緒に旅を進めるわけでもないので、好きにさせることにした。少年の後を追う前に、その妹は律儀に頭を下げ、すぐに去っていった。


「いろいろあったけど、これでようやくスロールに行けるね」


 リマは嬉しそうに笑みを浮かべて言うが、リリィは少年とその妹が心配なようだ。


「先輩、もう遅いですし、今日はここで休んでいきませんか?」


「そうするか。結構歩いたしな」


 改めて振り返ると、さっきまでいた街が豆粒ほどに小さく見えるほど離れた場所に来たようだ。スロールはまだ見えないが、二日もあれば辿り着くだろう。


「なるべく急ぎたいんだけど、まあ……いいか」


 リマのお許しも出た。三人は道から離れた野原の上で休むことにした。リーコンとリリィは食事を済ませ、リマに監視を頼んですぐに寝た。腹が減ったり、睡眠が必要だったり、人間とは面倒な体のつくりをしているものだと思いつつも、リマはそれを快諾した。したものの、話し相手がいない今、どうにも退屈で仕方がなかった。ここを離れて周囲を散歩しようにも、リーコンたちが心配でどうにもできない。


「大人しく見張ってようか」


 自分にそう言い聞かせ、辺りを一度見回してみる。特に異常はないので、次は耳を澄ませてみた。するとどうだろう。風に乗って、誰かの声が聞こえてくる。


「誰か……」


 その声は、助けを求めているように聞こえる。もう一度耳を澄ましてみると、


「助けて……助けて」


 やはり誰かが助けを求めている。急いでリーコンとリリィを叩き起こし、そのことを伝える。


「まさか、さっきの二人か? 急ぐぞ!」


 リーコンが真っ先に飛び出し、その後をリマとリリィが追って、声の聞こえる方へと走る。そこには日没寸前で別れた少年の姿があった。しかし妹の姿はどこにも見当たらず、代わりに、髪の毛のように蛇を頭から生やした怪物がいるだけだった。


「ドューノンだ。なぜこんなところに……?」


「ドューノンって?」


 リーコンが口に出したその名は、今まさに少年を襲わんとしている怪物の名称である。近い種族としてメデューサがいるが、彼女らドューノンはより狡猾で、強力な石化能力を持つ。おまけに、頭の蛇に噛まれると、すぐに身体中に毒が回って死に至るのだ。モンスター退治の専門家でも苦戦するドューノン相手に、ただの兵士が勝てるだろうか。


「四の五の言ってる暇はないよ! 早く助けてあげないと!」


 リマは少年を庇って、ドューノンを魔法で攻撃する。しかし、そんなものは意にも介さず、ドューノンの蛇がリマの喉元に向かって伸びる。


「リマ!」


 リーコンは手を伸ばすが届かない。リマの白い首筋に蛇が噛みつく。ドューノンの毒は強烈だ。喰らえばまともではいられない。


「うっ……」


 リマが小さく呻き、地面に崩れ落ちる。そしてそのまま動かなくなった。


「え……嘘……」


 リリィが口元を抑えて目を見開く。強力な魔法は頼もしく、一時は自分を励ましてくれた彼女がこんな簡単にやられるなんて、リリィにも、ましてや誰にも想像できなかった。

 ドューノンが振り向き、次の獲物を見定める。毒蛇が頭をもたげ、リリィに、見せつけるように舌をちらつかせる。


「リリィ、逃げろ!」


 リーコンが叫ぶのと、ドューノンが襲い掛かるのと、ほぼ同時だった。全力で走ってもリリィが襲われる前に彼女のところまで行くのは無理そうだ。

 それでも間に合ってくれ、と一心に思いつつ、ドューノンの毒蛇がリリィに向かって伸びていくのを目の当たりにする。


「先輩!」


 リリィが呼ぶ声が聞こえた。彼女は剣を構えてドューノンと対峙する。そして、近づいてくる毒蛇をバッサリと斬り落とした。それと同時に、リリィのこちらに向けた視線を受け、その意図を察する。鞘を斬り捨てる勢いで剣を抜き、そのまま回転して叩き付けるように毒蛇を斬り飛ばす。


「やった! 怪物の頭を散髪してやりましたね! 先輩!」


 リリィは笑顔を作るが、戦いはまだ終わっていないことに気づき、すぐに前に向き直る。ドューノンは、自身の一部と言っても過言ではない蛇たちを一匹残らず斬り落とされ、怒りが有頂天に達したようだ。目を赤く光らせ、こちらを睨んでくる。


「まずい!」


 あれは石化の光線を放ってくる前兆だ。リリィの腕を掴み、強引に引っ張る様にその場を飛び退く。


「そんな……」


 少年は息を吞む。さっきまでリリィがいた辺り一帯の全てが石と化していたのだ。

 ドューノンは瞬時に向きを変え、再び光線を放ってくる。それもどうにか避けると、今度は背後の木が、葉の先まで石になってしまった。あの様子では、近づくだけでも石化は免れないだろう。弓を使おうにも矢がないので、遠距離からも攻撃できない。その間も、ドューノンは攻撃を繰り出してくる。それを二人はどうにか避けることしかできない。そして、それはいつまでも続かない。怪物であるドューノンは疲れ知らずだが、人間であるリーコンとリリィは、徐々に息が切れてきていた。何度も足がもつれ、地面に顔から突っ込みそうになる。ドューノンも、ちょこまかと逃げ回る獲物を仕留めようと躍起になる。


「うっ……くぅっ!」


 一方、恐怖で腰を抜かした少年は、地面を這いずり、どうにかリマのところまでやってきた。どう見ても人じゃない。今ドューノンと戦っている二人とは違い、少年から見れば、リマも立派な怪物にしか見えなかった。

 それでも、少年は彼女に助けを求めるしかなかった。

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