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第五十七話 空白

 カノンが空中を滑走する。足から氷を生成しながら滑り降りているのだ。最初の接触で氷の剣が破壊されて以降、カノンはヒットアンドアウェイを徹底してきた。氷の剣を迎え撃ち、反撃に出ようとした頃には既に俺の間合いから抜け出している。

 そのうえ、距離が生じると大量の氷柱を飛ばしてくる。こちらから接近することもできやしない。


「厄介だな……。俺のペースに持っていけない」


 飛来する氷柱を砕きながら呟く。一度防いでも二段目、三段目の波導を帯びた氷が飛んでくる。受けるので精一杯だというのに、


「はあっ!」


 一際大きな氷塊の後ろ、隠れていたカノンが跳んで奇襲を仕掛けてくる。

 上段から迫る氷の刃を剣状のマギア、レディンで受け止める。

 その間に飛んでくる氷塊を炎で溶かそうとするが、溶け切らず残った一部が胴体に直撃する。


「ぐっ、うおらあっ!!」


 痛みに堪えながら両腕に力を込め、カノンを上空に打ち上げる。そこへ、


「"灰外殻(はいがいかく)・黒燐(こくりん)"!」


 先を尖らせた四本の黒い灰の触手。カノンは自身の周りに氷を出現させて防ぐ。

 だが、弾かれた灰の内側から噴き出す炎。

 氷が溶け、空中で無防備になる。


「"夕影灰龍(せきえいはいりゅう)"」


 四本の黒い触手とは別の灰。二対の龍が爆発とともにカノンに迫る。



 だが、その灰が止まる。同時に俺の体の動きも鈍くなってしまう。


 これはマズい!


 波導を脚に集めて全力で地面を蹴る。




 カノンの波導術は単に物を凍らせる、氷を生成して操る、そのようなものだと思っていたが、今のはそんなものではなかった。

 カノンの波導術の範囲から抜け出せたのか、普段通り体が動く。

 しかし、伸ばした灰の触手は一寸たりとも動かない。繋がっている俺が動かそうとしてもびくともせず、自重で落下していくこともない。


「そういうことか。カノン、お前は波導術でエネルギーを減衰させているな。熱エネルギーを奪って冷却、運動エネルギーを奪って行動を制限させている。だからエネルギーを自由に放出できるレレアは動けたってワケか」


「大体当たり。一つ補足してあげると、私の波導術はもともとは熱エネルギーだけでね、氷の生成もセットだったの。そこから波導神経の改造と波導術の訓練で運動まで応用できるようになった、こんな風にね」


 突如、俺の体が動かなくなる。カノンが波導術の範囲を広げたようだ。


「イカれた性能と出力だな。不安定で曖昧な波導術だろうに」


「ま、これが貴方との違いって感じ? ほら、かかっておいでよ。とりあえず私を倒すんでしょ?」



 自慢げに話ながら近寄ってくるカノン。随分と油断しているな。もう少しで……。



「違い? イカれてるって言ってもトントンの具合だけどな」




 カノンが俺の波導術の範囲に入った瞬間、波導を放出してカノンの足下から炎を出す。

 直前で気づいたカノンが上へ跳ぶが、赤い炎が高く上がって全身を飲み込んだ。



 しかし、全身を氷で包んだ彼女が無傷で脱出してきた。


「貴方の波導術もなかなかだね。今の、炎が発生した瞬間から出力が高かった。本来、波導で火種を作ってその後火を大きくするのが炎系波導術の使い方。だから一瞬ラグが生じる。なのに貴方は火力の高い炎を瞬時に出現させていた」


「どうにも俺の波導術は炎をどこかから取り出しているみたいでな。他の炎系とは原理からして違うんだよ。こんな風に、な!」


 再びカノンの周囲に火炎を出現させる。今度は足下だけではない。何もない空中からも出現させてカノンを炎で挟み込む。カノンが一瞬で氷の盾を生成して防いだと同時に、炎で包んだレディンを振りかぶる。




 あくまでも予測だが、カノンが使ってくる『エネルギーの減少』には限界がある。生命や物体の運動は完全に静止できるとしても、レレアの波導術や炎のような激しい現象といったものを封殺できるほどではないはずだ。これならカノンが炎の攻撃を氷で受けていたことにも辻褄が合う。


 だからこその、火力勝負。俺の炎とカノンの氷。どちらの出力が上回るかが勝敗を決める。




 レディンを振り抜く。纏っていた炎だけをカノンへと飛ばしながら、同時にさらに火炎を出現させる。

 一方のカノンは、


「"永久凍土(えいきゅうとうど)・氷河城(ひょうがじょう)"!」


 自身を覆う氷の城を生成する。三十メートル近い高さの城が炎を弾いて防ぐ。

 さらに、城を中心として戦場に氷が広がり、周囲の地面と建物を凍らせながら白銀の世界が侵食していく。


「"銀光(ぎんこう)無明極地(むみょうきょくち)"」


 際限なく広がり続ける氷。こうなっては一度距離を取らざるを得ない。技の影響か波導量・体力の問題かは分からないが、幸い、カノンは城に籠ったままだ。準備する時間ができた。こちらも大技を叩き込む!



「燃える炎は天空(そら)を焼く。煌めく剣は大地を削る。

 残り火は消えず――

 "地獄より天地を穿つ(ヘルズヴェイン)"!」



 天を裂いて出現する灰と炎の大剣。

 アルスとの戦闘の際よりさらに巨大化し、炎の温度も上昇している。

 この威力ならカノンのエネルギーの減少では止められまい。



 大剣が凍てつく大地目掛けて落下し、氷の城と激突する。

 剣と城が交わる先、凍っては溶け、凍っては溶けを繰り返す。ゆっくりと刺さっていく先端。しかし、じわじわと氷が剣を呑み込んでいく。


 だが、問題はない。大剣の内側は空洞になっており、中には遠隔で起動できる灰溜まりと炎を出現させるための波導が籠められている。


「吹っ飛べ」


 凄まじい威力の爆発。宙が赤く染まり、灰と透明な破片が光る。大剣が砕け散りながら灰と炎をばらまく。氷の城が衝撃に耐えきれず崩壊し、氷による大地の侵食が元に戻っていく、その瞬間だった。


 カノンが城から出てくる。吹きすさぶ爆風のなか彼女は高々と右手を上げて、


「"須臾の空白(アンレコード)"」


 ほんの一瞬の事。けれど、あまりにも致命的な事。


 この世界の、全てが静止した。

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