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第五十六話 氷火

 十数分前、『ACE』本拠地。

 アヴァリティアス騎士団一、三、五、六番隊が『ACE』の部隊の大半を、ポテンティア騎士団がクレール王国兵団を引き付けて衝突したことにより、騎士団四番隊は大きな戦闘をすることなく本拠地に辿り着いていた。内部に残っていた構成員らを倒して進む四番隊。地下深くへの階段の途中、『ACE』の幹部の一人が四番隊の前に立ち塞がる。

 隊の先頭を走る『六天』 ディクト・ヴォーチェが隊員らを停止させる。

 彼らの目の前には、元・アヴァリティアス騎士団指揮官 メア・ゲーティス。

 しかし、彼女は両手を挙げて無害さをアピールしながら四番隊に近づいていく。その様子を見たディクトは、


「『止まれ』。メア・ゲーティス、騎士団を裏切った君の狙いは何だ?」


 ディクトの"王の命令"によって行動を制限された状態でメアが答える。


「あなた方に危害を与えるつもりはありません。むしろ、探している場所まで案内しましょう……。


 バーンモルトの、居場所に」



「その行動、君に何のメリットがある? 僕たちに協力するなんて、騎士団を裏切った『ACE』の一員としてはあり得ない行為だ」


「そうですね。ですが『ACE』の一員としての役目など関係ありません。

 私のあらゆる行動は『王』のためではなく、カノン・グラキエス様ただ一人のために。最終的にはあなた方のためにもなります。なんせ、カノン様の目的は『王』を倒すことですので」


「カノン・グラキエスの目的が、『王』を倒すこと、だと? おちょくらないでくれ。彼女は『ACE』の中でも古参の幹部だろう。そんなことあるはずがない。君のことも信用できない。


 全員、戦闘準備」



「「了解!」」


 ディクトが右腕を挙げた途端、四番隊員らが武器を構える。しかし、メアは抵抗するどころか武器を取り出す素振りさえ見せず、話を続ける。


「そう言うと思っていました。三、四番隊の頭の固さは尋常でないと聞いていたので。丁度良い、どうやら彼の方から来たようですよ」


 メアが下に視線を向ける。ディクトら四番隊員の耳に誰かが駆け上がってくる音が入る。


 段々と音が大きくなっている、そうディクトが気づいた直後、メアとディクトの間に穴が空いて飛び出してくるバーンモルト。

 その腕には目を閉じた銀髪の女性を抱えていた。

『境界を越える者(スヴェラトール)』のリーダー、クラリス・ヴェリテである。


「ディクト! 四番隊か!」


「うわあっ! び、ビビらせないでくれよ!」


「早いお目覚めですね、バーンモルト。もう少し波導に酔って寝ていると思っていましたが。これどうぞ」


 メアがバーンモルトに投げたのはマギア、レディン。


「ああ、ありがとう……。言っとくけど俺はまだお前のこと警戒してるからな?」


「構いません。私はカノン様が目的を果たすことができればそれで良いので」


 ディクトがバーンとメアの間に口を挟む。


「な、なあ。メアのこと分かってるのか、バーン?」


「あー、元・騎士団なのは知ってる。俺はここの下にある実験装置の中に入れられてたんだが解放してくれてな。俺もどう対応すればいいのか……」


「うーん、それは困った。これまでの害悪さと君を解放した功績が釣り合いそうな気がしてきた。厄介だな。信用したくないけど、協力してくれるならありがたすぎる。


 なあ、メア・ゲーティス。君は僕たちをどうするつもりで来たんだ?」



 バーンとのコソコソ話を切り上げ、ディクトがメアに問いかける。


「どうもこうもありません。あなた方四番隊はシン・ルナールのもとへ向かうべき、と伝えに来たのです。彼の元に厄介な幹部が二人向かっていますので。それに、この後起きるであろう事態に対処してもらうために」


「シンがピンチなのか!?」


「まだ間に合います。すぐ向かってください。私があなた方へ手を出すこともありません」


 ディクトは少し考える様子を見せてから、


「……。分かった。行くぞ、みんな。バーン、クラリスは僕たちが医療班に連れていく。『境界を越える者』のみんなにものちほど伝えておく」


「頼むぜ。かなりキツい状態みたいだからな。俺には、どうしようもない」


 バーンからクラリスを受け取った四番隊は数人を調査のために残し、多くは来た道を引き返していった。





 彼らを見届けたメアがバーンモルトに話しかける。


「バーンモルトにはカノン様のもとへ向かっていただきたく。カノン様は、ずっとあなたとの再会を心待ちにしておりましたので。例えそれが、ご自身の最期になるとしても」


「最期?」


「はい。カノン様を殺してください。それがカノン様自身の望みなのです。あなたに殺されることこそが」


「カノンを殺せって、俺にとっては家族も同然だったんだ。そんなこといきなり言われても……。戦うことも、俺は――」


「お願いします。カノン様に、お会いしたいのでしょう。でしたら、決断はあなたにお任せする他ありません。ですが、どうか……」


 深く頭を下げるメア。これ以上バーンモルトが食い下がるのならば、助けた対価だと言おうとした彼女だったが、


「まあ、とりあえず会いには行く。約束したからな。そこから先は、俺が決めるよ。ずっと、聞きたいことがあったんでな」


「そう、ですか。カノン様のこと、よろしくお願いします。救えるのは、あなただけですから」


 メアの言葉を背に、バーンモルトは『ACE』の本拠地から出ていく。そして辿り着いたカノンの前。二人に、再会の喜びに浸る猶予はなかった。






 俺が片腕を切り落とした氷像の上、カノンが立っている。お互いもう引き下がれないところまで来てしまっていた。


 騎士団を攻撃してきたカノン。

 騎士団の一人として戦う俺。

 もう、剣を納める鞘はない。


「カノン、聞きたいことはいくらでもある。話したいこともいくらでもある。でもまずは、騎士団に捕まってもらうぜ」


「それはできないね。言ったでしょ? 私を殺してって。メアからも聞いたの?」


「ああ、言われた。それでも、俺は。騎士団にだってすぐには殺させない」


「貴方が私をどうしたいかなんて関係ない。バーン、覚悟を決めて。私と戦う、覚悟を。嫌なら、貴方を殺して私も死ぬだけ。

 じゃあ、行くよ」


 突然、氷像が動き出し、街の上空を覆い尽くすほどの翼を広げた。抜け落ちる氷の羽が降り注ぐ。



「"氷嵐花吹雪(ひょうらんはなふぶき)"」



 氷像が翼を羽ばたかせる。突風とともに氷の羽が地上を駆ける。このままでは俺どころか後方の騎士団も巻き込まれてしまう。



 レディンを持ち上げる。星の波導を受け入れたことで波導神経の全てが使用可能になった今の俺ならば、レディンを振るった際の肉体および波導神経への負担というデメリットは踏み倒せる。


 レディンを地面に突き刺し、波導を流し込む。



「"炎牢(えんろう)・千間業火(せんげんごうか)"」



 騎士団を囲むように地面から吹き出た炎。氷の嵐が雨へと変わる。

 水蒸気の霧が晴れたそのとき、俺の頭上には植物でできた大蛇が迫っていた。



「セルーバの波導か。よく燃えそうだな。


 "不欠焔琰(ふけつえんえん)"」


 蛇の首を炎の斬撃で焼きながら切断する。首から下にも炎が伝わっていき、街に蔓延る緑の蔦が燃え始めた。




 炎が広がりきる前にシエルとレレアに伝えておく。


「シエル、レレア。ここにいる全員を下がらせてくれ。巻きこみたくないからな」


「そうやってカッコつけて死なれたら困っちゃうし悲しいんだけどなー。せめて、カノン以外はアタシたちでやっとくよー」


「あなたのことを信じておりますので。私たちはできることをするのみです。どうか、無事で戻ってきてくださいね」


 そう言って二人は離れていく。セリンとセルーバのいる場所へ向かい、戦闘が始まった。騎士団員らも中心から離れながら『ACの部隊』を制圧しに向かっている。





 氷像から降りてきたカノンが目の前に立つ。


「こんな状況で言いたくなかったけど、一応言っておこうかな……。せっかくだし。


 やっと二人っきりになれたね、バーン。たっぷり愛し合おう、ね?」



「武器構えながら言う奴があるか。調子狂うな。でもまあ、とりあえず大人しくしてもらう」



 右手に握ったレディンに波導を纏わせ、全身の波導神経を励起させる。

 カノンは何処からともなく氷の剣を取り出し、両手で構えていた。

 互いの一挙手一投足に意識を集中させる。



 同時に踏み出した一歩目。

 次の瞬間には剣が交わっている。

 舞い散る氷と火の粉。


 こうして、俺とカノンの戦いが始まった。

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